第3章 第7話
雲が空を覆い、雨を降らす。風は強く、幼子であれば簡単に攫われて飛んで行ってしまいそうなほどだ。ミレラル国は創造大陸クレアトライ・ディミルゴの一部として捉えられてはいるものの、実態はただの諸島国である。更には、諸島であるため国土がとても小さいく、海の上に建てられた建築物が多々ある。そして、そのミレラル国の首都ミネがあるイイラ島の海岸付近の都市スクイアにおいて、雨や満潮といった自然災害が毎週尽きることなくやってくる。そのため、魔法で天気や潮の満ち引きを予測し、それに沿った準備をし、被害を抑えている。それが嵐になろうものなら、事前に予想できていても、やらなければいけないことは1日を潰さなければならないほどだ。
建物の支えの柱や屋根などに”時間停止”の魔法陣を刻み、風や雨、海水などが入ってこないように戸締りをする。それを知っていてなお、自然の猛威というのは恐怖を覚える。
次第に高くなっていく海の波音や雨音、風の音は防音の魔法で結界をはらない限り耳朶を打つ。
ついに海の波は家々を飲み込まんばかりに高く打ち上がり、街中いたるところに海水が飛び散る。石で作られた道の傾斜に沿って海水は流れていく。打ち上がった海水の行き着く場所は海。このサイクルが変化しないこの街において水没を危険視する必要はなかった。これまでも、そしてこれからも人々は変わらないと思っていた。
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夜中、ミレラル国の沖合の海にて、水面が割れ、一匹の蛇のような水龍が姿を現した。その水龍にはひとりの女性が立っている。白藍の髪と瞳に青白い肌。冷たい瞳に、固く結ばれた唇は凛としているという言葉がしっくりくるだろう。女性はその固く結ばれた唇から言葉を紡ぐ。
「静まれ」
ゆったりと落ち着いた声が海上に響く。その瞬間、海が凪、雨が止み、風が止まる。そして、その変化は彼女の周りに留まらず、ミレラル国、イイラ島の上空までもが嵐がやみ、海が凪いだようになる。
凪いだ海の上を女性を乗せた水龍は悠々とミレラル国へと泳いでいく。その姿はとても神秘的であり、一瞬にして人の心を奪う。空の雲がなければより一層、綺麗な景色に見えたことだろう。
水龍はイイラ島の船場に近い海に止まる。何事かと、都市から顔を出し、覗き見やる人々がいる。異変に気付き、やってくる衛兵。そしてーー教会から来た双子の勇者と聖女。
舞台は整い、戦いの火蓋が切って落とされる。
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夜の闇は空にある星々の光を遮る雲により、さらに深く、暗くなっているように見える。そんな中、都市では家々や港の建物から漏れ出た光で明るくなっている。しかし、明るいとは言っても、薄暗いと多くの人々は感じるだろう。その、暗さの中、双子の勇者と聖女は前方の水龍とそれに乗った女性を見やる。そして、二人同時に目を見合わせーー
「あれって噂に聞く魔王ってやつやな…」
強気なのは双子の姉であるミーシャ。
「そう、みたいだね」
弱気でおどおどしているのは双子の妹であるミーチャ。
「物語では一番最後にやってくるのがお約束の魔王やな」
「そ、それは物語によると思うけど…」
「どっちにしろ、普通はこんな田舎の国にのこのこやってくるか?」
「や、やってきたんでしょ?」
「うちの勇者と聖女は半分以上がお飾りやのに」
「け、けど強い人もいるよ」
「その強い人の代わりに私たちが来てるんやけど?」
「た、タイミングが悪かったね」
「これからその魔王と戦うことになるんやけど…」
「け、けど手を出してこないね」
「……う〜ん。何がしたいんや? あの魔王」
「こ、これからわかるんじゃないのかな」
「声をかける?」
「そ、それはちょっと」
「じゃあ、私がやるわ」
「ちょ、ちょっと」
ミーシャはミーチャの言葉には気も止めず、大きく息を吸いーー
「お〜い。魔王がうちみたいな弱小国家に何の用なんや〜」
その声は、よく響き、水龍の背中に立っている女性ーー魔王の耳にも届いた。
「……」
魔王は呆れたのか、一切の返答をせず、口を引き締め黙っている。数秒して、意を決したのか口を開く。
「……安心してください。私は魔王シャネハです。今から、あなた方の街を破壊させていただきます。住民の皆様がたには街を破壊すると同時に即刻、浜辺に打ち上げておきますのでお気になさらず……」
その冷徹な声を聞いたミーチャはーー
「れ、礼儀正しいね……」
「んな訳あるかい‼︎」
冷静(?)にツッコミ役をこなすミーシャ。
「そ、そうだったね」
「おう、いきなり街を破壊します宣言してるやつに礼儀もクソもねぇ。見せてやんよ、勇者と聖女の力ってやつを」
「……安心してください。そちらから攻撃をしても五体満足で生かしておきます」
さすがは魔王というべきか、双子はそれなりに大きい声で話しているが、魔王との距離では人の耳では音を捉えることすらできないであろう声をいとも容易く聞き取る。
「おい、余裕ぶっこいてんじゃねぇよ。これからそのお花畑の頭直してやんよ。覚悟しとき」
「……安心してください。謝って殺してしまうことはないです」
ギリッ、とミーシャは唇を噛み締め言う。
「……うちも舐められたもんやな。やるよ、ミーチャ」
「み、ミーシャ。気をつけてね」
「当たり前や。あの憎たらしい顔に一発ぶちかましたる」
ミーシャが腰から細剣を引き抜き、ミーチャが杖を構える。
「今夜は眠れへんよ」
舌なめずりをしながら言うミーシャを呆れたように魔王シャネハは見やる。どうも締まらない戦いが今、始まろうとしていた。
次話は4月11日(予定)です。




