第3章 第3話
傷を治す魔法というのは大雑把に分ければ傷の治りを早くするものと、傷を治すものという二つがある。前者は概念魔法によって肉体の新陳代謝を活性化させ……ウンヌンカンヌン、というふうに相手の体に直接作用を齎す魔法で、主に小さい切り傷などに使うことが多く、一般的によく使われるのはこちらだ。後者は概念魔法によって魔素を使って肉体を強制的に治す作用を齎す魔法で、大きな怪我や戦場において使うことが多いい。そして、失った細胞、皮膚や筋肉などの部位を再生させるという魔法は後者に当たる。もちろん再生する部位の大きさ、精密さによって魔法の魔力消費量は上がり、魔力の扱いも難しくなる。
なので、部位の再生などたかが知れており、腕のようなものを再生することができるのはほんの一握りだけだ。才能を持ち、努力を怠らず頑張ってもたどり着くのには並大抵のことではない。しかし、今その並大抵ではたどり着けない魔法をシュバリスは目にしている。自分の粉砕された右手が再生していく。魔法を発動しているのは軍人さん(シュバリス命名。もとろん本名はある)。
「再生まで出来るとはすごいね」
「そう思うならば少しは敬意を払って欲しいです」
「はっはっはっ、この戦いで生き残ってたら敬意を払ってあげるよ」
感謝の欠片もない言葉でシュバリスは軍人さんの文句を受け流す。
「終わった?」
そして、その二人の会話に割り込んできたのはバネッタ。シュバリスはこちらが傷を治すまで待ってくれたため案外いい神なのかなどと、意外と気性の良い本人(神?)が聞いたら喜びそうなことを考えながら少ない体内の魔力を掻き集める。
「あぁ、万全じゃないが本気は出してやる」
「そう」
先に仕掛けたのはシュバリス。使ったのは”聖炎”属性の魔法。”聖炎”属性は”魔炎”(”獄炎”)と対になる魔法であり、どちらが勝るのかと問われればそればかりは使う者の力量や技量しだいというほかなく、相反する属性が使われての勝負のとき相手の力量を最も簡単に推し量れる方法といえる。聖なる白の炎はバネッタに向かっていき、黒き炎に消し飛ばされた。
「つまんない。これだけ?」
「…っ」
さすがは神、この程度の攻撃では牽制にすらならない。
「しょうがありませんね」
シュバリスはそう呟き魔法を発動する。地中から二つの縄のような”聖炎”が湧き上がり、バネッタを取り囲むようにして旋回する。そして、その炎はバネッタに迫っていく。しかし、その聖炎はバネッタが作った黒の”魔炎”に阻まれバネッタに傷一つ付けることすらできない。
「本気で行きますよ」
白色の、あまりにも強い光を放つ炎がシュバリスの手に絡みつくかのように生まれ出る。そして、シュバリスは腕を左右に振る。炎は閃光となり、バネッタの”魔炎”を両断し、バネッタに直撃する。炎は直撃とともにさらに強い光を放ち、消える。そして、そこには白い炎を片手に掴み、”魔炎”を手に纏わせ聖炎を握り潰すバネッタがいた。
「この程度?」
「今のは挨拶ですよっと、”串炎”」
針のように細い”聖炎”があらゆる方向からバネッタを串刺しにしようとする。バネッタはそれら全てを魔炎を放ち、相殺していく。そのため、攻防は単純化していき、端から見れば二人は動かず魔法を放っているだけだ。そのため、バネッタはその”聖炎”の中に一つだけ違うものが隠れていたことに気づくのが遅れた。バネッタはちょうど腹の辺りをその炎に撃ち抜かれ体をくの字に曲げる。シュバリスは”聖炎”の中に”混沌炎”を紛れ込ませたのだ。バネッタはシュバリスがなんらかの大技の準備のために”聖炎”を打ってきていたと思い、”聖炎”そのものを隠れ蓑にすることには頭が回らなかった。
「かはっ」
神とはいえ今の彼女、バネッタは人の肉体でこの世界に存在している。属性の最高神ともなれば別だが普通神は肉体を持った状態でなければ【現界】に存在できない。そして、バネッタは人から魔人を経由して神に至った存在だ。正規の経過を辿って神になったがそれでも神になるまでユリカ界歴での1万年以上の時がかかっている。その間一回も怪我をしなかったわけもなく、死線をいくつもくぐり抜けてきている。しかし、神になってから人や魔人との戦いで擦り傷一つ負ったことがない。そして、バネッタは久しく感じていなかった痛みを覚えた。
人間の肉が焼けた匂いが、血の匂いがする。久しく感じなかった痛みを遮断することを忘れたため強烈な痛みが身体中を駆け巡る。そして、痛みに耐えきれなくなった思考は痛みを処理するために魔力を爆発させ”魔炎”が放たれる。大量に放たれた魔力は大気中の魔素を変質させていき連鎖的に魔法の威力を上げていく。”魔炎”は半球型となりシュバリスや軍人さんはもちろん、大地を溶かし、『枯れることなき森』の”魔木”を飲み込んでいく。
魔王領とウェステル帝国に挟まれたところに位置する『枯れることなき森』はその広大な小国に匹敵する大きさを持つ土地をどうにか自らの土地に開拓できないかとなんども挑戦されている。しかし、結果は芳しくなく数日すれば切り開いた”魔木”はいつの間にか再びその巨大な幹を見せ、青々とした葉を生い茂らせている。時として森の大きさすら変化し、大きくすることもある。その森が”魔炎”に飲み込まれた。
森が生まれてから一度として枯れることなく、燃えることなく、その姿を保ってきた森が”魔炎”に包まれ、この星から『枯れることなき森』は消滅した。炎は無慈悲だった。森だけではなく森に住み着いていた生き物を殺し、地中の生き物も為すすべなく命を落としていく。
”魔炎”が森を全て焼き払い、消滅させ、地を溶かし、生き物を全て殺す。それに満足したかのように、全てを燃やし尽くした”魔炎”は最初から何もなかったかのように消えていく。
”魔炎”が消えた後には溶岩と化した大地、一切の傷がなくなったバネッタ、服が燃えてなくなり満身創痍のシュバリス、頭や胴などの重要な部分に重点的に強い結界を纏わすことでどうにか生き残った軍人さん。
バネッタは空中で胎児のように丸まっている。パチリと目が開き、顔を前に向ける。足を伸ばし、手をだらりと垂らしてシュバリスに目を向ける。シュバリスもその視線に気づき睨み合う。バネッタが口を開く。
「終わり」
そして、一瞬。バネッタの”魔炎”を纏わせた手に背後から貫かれて心臓を握りつぶされたシュバリス。そして、シュバリスの口から大量の血が噴き出す。バネッタがシュバリスから胸を貫いている手を引き抜くと、胸から大量の血を流し地に落ちていく。なにが起こったのかはバネッタと、胸を貫かれたシュバリスの両者だけしか理解し得なかった。そして、それはとても単純なことが起こっただけである。バネッタが音速を超える速さで動き、背後からシュバリスの心臓を貫いた。言葉にすれば簡単であり、実際に行うとなれば少し努力したぐらいでは届かぬ領域だ。現にシュバリスはバネッタの動きを知覚することは出来たものの、魔法を起動し防御することまでには力が回らなった。
バネッタは目から光を失ったシュバリスを見る。
「今回は疲れた」
バネッタは無意識なのかぼそりと呟き、シュバリスと軍人さんを放置してどこかへ行こうとする。
「なにが狙いなの」
軍人さんの言ったその言葉をバネッタは聞き逃さず問うた。
「なに?」
「なんで私たちを殺さないの」
「あぁ、そんなこと。けど……それは秘密」
口元を曲げ、さも嬉しそうなバネッタの笑みはとても冷酷で無慈悲だった。惚けた軍人さんを残しバネッタは魔王領への空に消えていく。
惚けていた軍人さんは気を取り直しシュバリスの傷を治すために空中から地面に降りていった。
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魔王イフェスティオの城は破王フィーニスの拠点としても使われているために幾人もの魔王が城に在留している。そして、”獄炎”神バネッタと同じ神たる存在は破神の眷属神たる破王ぐらいだ。逆にいえば破王と同格たるバネッタが城にきた戻ってきたというのはそれだけで幾人かのそれなりの立場にある者が出迎えなくてはならない。そのような共通認識がある者が多かった。故に、彼女ーーバネッタが城の露台に降り立った時、4名の人物が出迎えに立っていたのはある意味必然と取れるかもしれない。
男女2名ずつで、明らかに誰かに仕えているであろう人物が男女2名。女性は魔王イフォスティオの住まう城、通称『火山城』の副メイド長で、名前をシャーネットという。男性はバネッタの側近であり魔人で、なぜか執事服を着たイホホス。残りの二人はそれなりに背の高く、周りを威圧するような鋭い目をした女性と、顔が隠れるまで深くローブを被った男性だ。
「御帰りなさいませ、バネッタ様」
最初に口を開いたのは執事服を着たイホホス。残りの3人は沈黙し、バネッタの様子を伺う。
「そう」
そっけなくバネッタは応じる。まるで興味がないと言わんばかりだ。
「それで、なんでポイエインがいるの?」
「偶然通りかかったからだそうです」
「ふ〜ん」
寝惚け眼で自分を見てくるバネッタにポイエインは言葉を発する。
「手酷くやられたみたいね」
彼女がこの言葉を発したのは決して嘲りや、嘲笑といった類いではないことをわかっていてもバネッタは頭にくるものがあったらしい。売り言葉に買い言葉。
「いつまで城に篭ってるの?」
「……私の力は知っているでしょ?」
頬をピクピクと動かしながらそう言うポイエイン。
「そうね。言った私が馬鹿だったわ」
いつになく饒舌に言葉を発するバネッタ。
「喧嘩をここでやらないでください」
苦言を呈したのは、副メイド長のシャーネット。このままでは城が跡形もなく消えてしまいそうな恐怖を感じたため出した悲痛な言葉だ。内心は悲痛であっても聞いただけでは落ち着いているように感じられたかもしれないが……。
「そうね、不毛だったわ」
そう言ってバネッタは側近のイホホスを連れて自分の部屋に戻っていく。あとには副メイド長のシャーネットとポイエインとローブを被った男性が残っているだけだ。シャーネットはポイエインと男性にお辞儀をすると仕事場へと戻っていく。ポイエインはそれを見届けると自分も部屋に戻ろうと城内に入ろうとし、立ち止まる。
「何の用?」
ポイエインは露台の手摺りにその鳥のような足で立っている女性に声を掛ける。彼女は”風”魔王ダジエという。鳥人族(足と羽以外は人と同じ外見をしている)から魔王になった存在であり、まだ魔王の中で若いということもあり鳥頭と揶揄される。簡単に言えば考えるより先に行動をするといったタイプだ。なので口も悪い……なんてものではないほどに悪い。なのでポイエインのそばに付き添っている男性を見てもこのようにいいう。
「お前まだ人形ごっこしてるのか?」
……ご覧の通り。
「……喧嘩を売っているのですか?」
「いやいや、本音がついね、出ちゃったんだよ」
「次言ったら殺しますよ」
「お〜怖い。そのお人形みたいに?」
ゴギッ
ダジエの手が潰れる音がした。鈍く、音を聞いただけで痛みを感じるような音が鳴る。ポイエインが”何か”をし、ダジエの手を潰したのだ。
「次はその頭を潰しますよ」
「……お、まえっ」
歯を噛み締めなが出るその言葉は所々不自然に途切れる。それは、痛みを、怒りを、込めた言葉だ。
「これだけで許してあげた私に頭を下げるべきだと思いませんか? 鳥頭」
「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……」
最後の方はもはや悲鳴に近いその罵詈雑言を言うダジエを侮蔑の目で見つめるポイエイン。
「黙って死になさい」
ポイエインが”何か”を行ないダジエを殺そうとしーー
「おやめください。ポイエイン様‼︎ それと、ダジエ様も落ち着いてください‼︎」
一人の男性が仲介に入った。その彼、シバはダジエの従者として付き従っており、毎回短気なダジエを止めるのに身を粉にしているため気苦労が多いい。現在も二人の殺し合いに口を挟んだことで睨まれている状態に胃をキリキリと痛めている。
「なによ、シバも私の邪魔をするの?」
「そうではなくてですね、こんなところで殺し合いをしないでくださいと言っているんです」
「煩い‼︎ こんな女が死んだところで誰も困らないでしょ‼︎」
「破王様に同じことが言えるならいいですよ」
「……わかったわ。ここはシバに免じて引き下がってあげるわ」
そう言ってダジエは背の羽を広げ、飛び立つ。シバもポイエインに頭を下げて、ダジエを慌てて追いかける。
後には毒気を抜かれたポイエインと無口を貫いているローブを被った男だけ。ポイエインは遣り場のない怒りをため息とともに捨て去り、自室に戻るために露台から場内に入っていった。
次話は4月3日(予定)です。




