第3章 第2話
黒き炎は溶岩をまるで溶かすように飲み込む。溶岩は黒き炎を吸収するようにして一層熱く。そして、恐怖を覚える色をを醸し出す。喰らい、喰らわれ、喰らい返す。溶岩はついには空中を駆け巡り、イフォスティオを飲み込もうとする。それをイフォスティオは自分の上下横前後ろ、ようは全方位に魔法を展開し、それを防ぐ。しかし、イフォスティオの魔法も万全ではなく、魔素がほんの少し薄くなった部分を付き、シュバリスはイフォスティオの腹に溶岩の魔法を叩き込む。その魔法はイフォスティオの腹の部分の衣服を焼くことには成功するが、肌には少し火傷の跡を付けるぐらいで、その火傷の跡もすぐ消える。
「貴方だけで勝てると思うの? 後ろの配下も一緒に戦わせたら?」
「黙れ、貴様には私一人で十分だ」
「そうなの? けど、これで貴方一人じゃ無理になるよね」
そう言った瞬間、イフォスティオが防いでいた溶岩の魔法が一気に炎を振り撒き、イフォスティオの身を焼く。一瞬の判断が功を奏し、身体の半分を焼け爛れさせるだけで済む。しかし、それは直ぐには回復せず、なお一層火傷の傷を開かせようとすらしている。
「それは呪いだよ。貴方を弱体化させ、身を蝕ませる呪いの魔法」
「なんだ、と…っ」
「貴方が得意としている魔炎魔法と僕の得意な聖炎魔法の複合属性、名付けるならば”混沌炎”と言ったところかな?」
「貴様……」
「けど僕にはもっと上があるんだ。”混沌溶岩”。いい名前だと思わない?」
そう言って彼は溶岩を使いイフォスティオたちと同じ高さまで上がる。空中を網目状の溶岩が幾重にも張り巡らされている光景はどこか恐怖を覚える。怪しく光る赤い溶岩は夜の闇に映える。幻想的であり、神秘的であり、それでいて地獄のような光景。赤の光がシュバリスの顔に当たり、彼の笑顔を一層引き立てる。黒い炎がイフォスティオの身体を這うようにして広がり、火傷の傷を癒し赤みを帯び白い肌に戻していく。
「これからは本気でいく」
「ふっ。仮初めの肉体で私に勝てる思っている時点で貴方の負けは確定していると言ってもいいでしょう」
「なっ⁉︎」
「気付かないと思いましたか?」
イフォスティオは苦汁を噛み締めたような表情をする。
「魔力量は私以下、身体能力も龍人族と言うにはお粗末。元々持っている戦闘感や見切りのよさはそのままのようですが身体がそれに追いついていない。貴方ほどの年でそのようなことはあり得ません。導き出されるのは本来の身体ではないということです。大方、貴方の身体は自らの城で寛いでいるのではないのですか? 意識だけをこちらに飛ばして偽物の身体で私を倒そうなど、手抜きにもほどがありますよ」
不愉快そうにシュバリスはそう吐き棄てるようにして言う。
「確かに、今の私では貴様を倒せないということははっきりしました。ですから、貴方の望み通りにやってあげましょう。ラージル、ハデイ、シシャル、やるわよ」
「「「わかりました」」」
「ふ〜ん。いいじゃん。 きなよ」
笑顔を浮かべシュバリスは悠然とローブの裾に仕舞っておいた人の頭ほどの長さの短い杖を取り出し上段に構える。
「その傲り正してやろう」
イフォスティオが先ほど出した黒炎は螺旋状に渦巻き、一つの剣を作る。それは漆黒に所々罅割れたようなと禍々しい赤き光を灯す剣だ。シュバリスはどこまでも冷たい炎だと思った。だらりと剣を地に向け、構えとも呼べない構えをする。
そして、一閃。
赤き光がイフォスティオが剣を振ったことを認知させる。空中に網目状に展開されていた溶岩は形を失い、黒炎に飲まれ、地に落ちていく。唯一、シュバリスの周りの溶岩だけが残っておりそれも今まさに黒炎に飲まれていく。シュバリスが立っていた溶岩も黒炎に飲み込まれている。そして、ラージルの拳がシュバリスの胸を殴打し、シシャルがシュバリスを空間に縫い付けるようにして固定し、光の速さでハデイの魔法がシュバリスの心臓を貫かんとする。
しかし、シュバリスは臆することなくその攻撃を受けきり、溶岩から足を踏み出し空中に立つ。黒炎から出る赤い火の粉がシュバリスの肌を照らす。
杖を一振り。
ありえないほどの溶岩がシュバリスを守るようにして吹き出し、近づいていたラージルを飲み込む。
「まずは一人」
混沌の炎が溶岩から吹き出し、ラージルの細胞一つ残さず燃やし尽くす。
「おまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」
叫んだのはシシャル。
「なんだよたかが仮初めの肉体が無くなっただけだろ?」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「うえっ、怖」
「万死に値する」
空間が螺子切れたよう歪み、シュバリスの肉体を四散させんとする。世界から音が消える。そして、爆音。鼓膜を破るほどの音が鳴り、魔法の威力を示す。被害は周りにも及び、周りで取り残された軍人と戦っていた竜や龍を纏めて一掃する。しかし、軍人の方は怪我一つなく立っている。それに気付いたシュバリスは彼女が生きていたことを知っていながらこのようなことをほざいた。
「君、生きてたんだ」
「死んだと思われていたとは心外です」
「いや、君の僕への怯えようを見ると弱い人だな〜って感想しか出てこなかったし」
「いい度胸ですね。私は魔王と張り合えるほどの実力は持ってないけれど、貴方に一矢酬いることぐらいはできると思ってるんですよ」
怒気の籠った声で言う軍人さん(シュバリス命名)に少し後ずさるような仕草で戦々恐々する振りをするシュバリス。そんな彼に残虐な魔法が発動する。”空間破壊”に分類されるその魔法は”空炎”と言い、シシャルのオリジナル魔法だ。空間を燃やすように破壊することが目的であり、シュバリスに対しての直接的な攻撃ではなく間接的な魔法で攻撃をしようとしているのだ。空間を破壊したことで歪んだ空間に四肢を捥がれないかなと少々の期待を寄せながら。
しかし、結果は無傷であり、その期待は裏切られる。さらにーー
「裾が切れたんだけど……」
ーーなどと言う始末。ピキッと音がし、シュバリスに向かってシシャルはある魔法を放った。分類としては”重力魔法”さらに正確を記すならば”引力魔法”と言われる魔法だ。空間の歪みによってわざと引力を生み出し、小規模のブラックホールを作り出す。あらゆる物質、それこそ光さえ吸い込むその力に押し潰されることを防ぐのは魔人であっても至難の技だ。そう、普通の年端もいかない(魔人の場合500歳以下は若造と言われる)魔人であればこれで死んでいたかもしれない。しかし、彼女の前に立つその魔人は300歳でありながら地上最強の称号を手にする化け物だ。この程度で死ぬはずがない。現に、ブラックホールは赤き炎で引き裂かれ、消滅していく。
「さすがにこれは効いたよ……」
所々、ローブが裂けたところから皮膚が切れ、血を流すシュバリスはこれまでの余裕の笑みはなく、興奮した笑みがある。この命の奪い合いがまるで楽しいと言わんばかりだ。
シュバリスの傷口を這うようにして炎が動き、傷はなくなる。
「けど、これからは本気だ」
「ふん、どうするっていうの?」
「私は”炎”英雄なんだよ。これまで使ってきた溶岩なんて師匠の真似っこさ。これから見せるのが本当の私の魔法であり、本気だ。誇っていいよ。仮初めの肉体相手に本気を出す羽目になるとは思っていなかったよ」
「言ってろ」
その言葉が合図になったかのように、シュバリスは炎の魔法を発動する。炎の塊が柱となり頭上からシシャルを飲み込む。空中から放たれたその魔法は地面に直撃する。後には蒸発し、抉られた大地があるだけだ。シシャルの姿はなく、消えていた。
ただ、シシャルはただでは負けず、置き土産を残していった。シュバリスの右腕を”空間破壊”で潰したのだ。杖は砕かれ、腕からは大量の血がドクドクと流れ出す。それを炎で燃やすことでシュバリスは止血をし、笑う。
「あいつ、殺せないと知って右手を貰っていきやがった」
シュバリスはシシャルの行動にどこか嬉しそうに言う。それを見て、軍人さんはこれがバトルジャンキーかと戦慄し、破王とハデイはどこか呆れを視線に込め、傍観していたバネッタは面白そうに眺めている。
呆れた視線でシュバリスを見ているものの破王とハデイは攻撃に入る。それを見て取ったシュバリスは重力に逆らわず空中から落ちていく。地面に着いたシュバリスは軍人さんが近くにいるからか大声で叫ぶ。
「あっ、軍人さん。ちょっとこっちきて」
「誰が軍人さんですか‼︎」
シュバリスよりも大きい声で軍人さは叫ぶ。哀れ、口ではどう言おうとこの状況下では相手に逆らわらない方がいいと考えたのかシュバリスの元へ走って向かう。数歩の距離のため疲れることもなければ、破王とハデイが攻撃を仕掛けるまでもない。
「これで終わりだね」
炎の竜巻が生まれる。とは言っても竜巻のように渦を巻いているだけであって吸引力があるわけではない。しかし、その威力は凄まじく、水分を空間から無くしたように思え、大地は溶岩の魔法を使っていないのにもかかわらず溶解し、煽りを受けるだけで枯れることなき森の木々が燃焼していく。
そのような熱にたかが仮初めの肉体が持つはずもなく、破王とハデイの肉体は燃えて、灰となる。後に残っているのは”獄炎”を司る神バネッタ。濃紅の長い髪が風に揺れ、冷たい瞳がシュバリスを射抜く。
「殺しはしない。精々足掻くといい」
そして、始まるは神と魔人の戦い。万全であっても勝てる可能性が0.000000000000000000……1%未満の神という存在にシュバリスは半分以上魔素を使った状態で勝負をすることになる。これから始まるのは一方的な嬲りと言い換えた方がいいかもしれない。
次話は4月1日(予定)です。




