第2章 嵐の前のエピローグと波乱の幕開け
#side フォールティア
薄暗い部屋だ。魔道具の光が仄かに室内を照らすだけ。調度品は最低限度しかなく、簡素なものばかりが置いてある。その調度品は、年季が入っており、古びたようにも感じるが、部屋には埃はほとんど無い。その部屋の真ん中に古びた椅子と机が置いてある。その椅子や机は古びていてもしっかりとしており、酷い扱いをしない限り壊れることはなさそうに見える。そして、その椅子に一人の男が座っていた。灰色の少し伸びた髪を持ち、80歳を越えた頃に見える。顔付きは厳つく、若い頃はさぞ女性に持て囃されたであろうことが窺える。その男性が持つ灰色の眼光は鋭く、固く結ばれた口元や頬からは表情が読み取れない。そしてなにより、近より難い寡黙な雰囲気を纏っている。そして、その年老いた男のいる部屋の扉を叩く音がし、一人の男が入ってくる。
「お久しぶりです。トイスタン卿」
入ってきた男は仮面を被っており誰かはわからない。しかし、その仮面の特徴や声から年老いた男ーートイスタン卿は彼が誰だか分かったようで一言答える。
「久しぶりだな」
はっきりとした低音の声に仮面を被った男は少し気圧される。80歳という歳でありながらその歳を感じさせない風格、そして、歳をとったからこそ持つその底知れぬ威圧に、恐ろしさを覚えずにはいられない。
「先日の予知についての質問に伺いました」
「あぁ、その件については聞いている。確認もとってある」
「それでは?」
「今回の予知をした内容に神が介入したと見るべきだ」
一言に神といってもいろいろ存在する。定義をするならば限りある生を持たなく無くなったもの。不死になったものと言われる。他にも信仰上にしか存在しない神もいる。一番有名なところで言えば神崇帝国の初代皇帝マリウス・カータリウス・モーテルだろう。凡そ六千年前に実在し、5000年の時を生きた神の化身とまで謳われた魔人だ。生と死を意のままに操り、生と死の体現だと言われた。彼が生きていた時代はまだサケリウス帝国が出来た初期の頃だ。そして、彼が死んだのではなく、自ら転生の秘儀を完成し、姿をくらましたことも彼の神秘性をあげた。しかし、今トイスタン卿が仮面をつけた男に言っている神というのは前者の不死になった存在だ。人智を超えた神という存在は世界の理を無視し、未来を捻じ曲げる。
「神が、ですか?」
「そうだ」
「計画に支障は出るのですか?」
「いや、そうのような話は聞いていない。計画は続行ということだ」
「承りました」
「苦労をかける。ジャンネル侯爵」
仮面を被った男ーージャンネル侯爵は考える。本来であればあそこで息子は死ぬはずだった。蘇生も意味をなさないと”未来視”を使える予知者が断言したと、トイスタン卿が言ったのだ。これに間違いはないだろう。それに、息子が死ななかったのは予想外だがそれによって生じる計画の修正はないに等しいのは素直に喜ぶべきだろう。ここは気持ちを切り替えて次の時を待とう。そう思いジャンネル侯爵は答える。
「いえいえ、これも国を消すためには」
「そうだ、この腐った国を滅ぼすには彼らを頼らなければ。それが最も近道なのだから」
「この国を滅ぼすために……」
「また用があれば呼ぶ」
「わかりました」
そう言うとジャンネル侯爵は部屋を出て行く。それを、トイスタン卿が椅子に腰かけ、腕を組みながら扉が閉まるまで微動だにせずにいた。目の前に置いてある机の上に置いておいたロケットペンダントを手に取る。中には魔導具によって描かれた絵が描かれている。本物の人と遜色の無い色合いをしたその絵は女性と小さい子供が描いたものだ。幸せそうな二人が微笑みながらこちらを見ているようにも見える。トイスタン卿は初めて表情を動かし、口元を震わせる。
「マリアナ、ジャイル……」
思わず溢れたように言われたその言葉はどこか哀愁を帯びており、またどこか熱気を持っていた。
「後少しだ。マリアナは喜んでくれるだろうか……」
頬を涙が伝う。手で彼は頬を拭い彼は過去に思考を廻らせそうになるのを防ぐ。ロケットペンダントを首に掛け、服の奥にしまう。トイスタン卿の表情にはもはや悲しみは残っておらず、覚悟を決めた表情をしていた。
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『火山大陸フローギウス』の魔王イフェスティオが住む城にて、星を左右するような壮大なることが始まろうとしていた。それはある者によっては祝福であり、ある者によっては絶望である。そして、そのようなことは御構い無しに、城の露台に立つ女性がいま口を開いた。
「準備は整った」
高らかで心を鷲掴みにされるような声は広く暗い場所に響く。その言葉を言った彼女の周りを囲むようにして幾人もの魔王が並び、彼・彼女らの足元には幾人もの人類が、意思ある魔物が蔓延っている。それらを歯牙にも掛けないとばかりに彼女は尊大に言葉を紡ぐ。
「長い長い時が掛かった」
声は小さい筈であるのに足元にいる魔物達全てに届く。そして、彼女は不遜そうに周りを見渡し、座っている椅子の肘掛けに肘を乗せ、その手で頭を支えていたのを止め、優雅にそれでいて堂々と立ち上がる。
「色々な苦労があった。
苦しみがあった。
悲しみがあった。
悲願があった。
世界は理不尽で何人たりとも手に届かぬ場所があり、叶えられないことがある」
彼女は言葉を区切り息を吸う。
「仮令そうだと知っていても、私たちには諦められないものが、ことがある。
願いは千差万別だろうが、私の目的に協力をしてくれていることはそういうことだろう。
そして、その我慢の時も終わりだ」
彼女の声は次第に熱気を持ち始め、大きくなっていく。
「今、始められる。
願いを現実にすることが。
示そう、この世界に。
我こそは最強と。
知らしめよう、この世界に。
我らが名を。
齎そう。
彼らに絶望を。
そして、叶えよう。
我らに叶えぬと罵り、罵倒されてきたこの願いを。
世界に刻もう。
今、胸にあるのは幻想ではなく現実にできることだと。
始めよう。
もう後戻りはできない。
する必要もない。
私たちの願いを、いまこれから成就しにいこう」
オオォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
ーー空気が震えた。
声は空にも届かんばかりに大きく、そして熱狂的に次第に大きくなっていく。
「これは始まりの戦だ」
彼女は不敵に笑いそう零し、彼女はたった今いた露台から城内に入る。それに続くようにして魔王が背後をついてくる。
「これで、約束を叶えられる。長年待った。けれど、あと少しだ。あと少しぐらい待てる。油断をせず、最後までやりきろう。あの約束を守るために」
その言葉は誰にも聞かれることなく彼女の口元で呟かれるだけであった。
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#side ナタイ
夢を見た。
昔よく見た夢。
救世の英雄の夢。
救世の英雄はどんな困難が待ち受けても、どんな恐怖を味わっても、どんな悲しいことを経験しても、涙を流さず、剣を手に取り戦い続けていた。
困難は彼の力を強くした。
恐怖は彼の闘争心を強くした。
悲しみは彼の戦う理由を補強した。
身体中を血で濡らしても、腕を切り飛ばしても彼は止まらなかった。
死にたくなかったから。
そして何より、家族が、友が死んでいくのを見たくなったから。
彼は戦い続けた。
平坦な人生ではなかった。
むしろ、崖を登るような人生だったとも言えるかもしれない。
だからと言ってそれが彼を止める理由にはなりえなかった。
そんな救世の英雄の童話を聞き、夢を見て憧れた。
どんな苦しみも物ともせずに生ききった彼の波乱万丈な人生に、彼の生き様に。
最近はめっきり見なくなった夢だ。
理由はわかっている。
これまで出来なかったことだ。
諦めたことだ。
そんな夢を見るような余裕などなかった。
その代わりに一つの感情が芽生え、一つの妄執となった。
その願いも叶わないと知っていながら、諦めることができないこと。
今ならば、両方とも叶えることが出来るだろう。
だから、時が来ることを願う。
願いを叶えられる、その時が来ることを願う。
この胸に燻っている感情をいつか発散出来るように、と……。
今回で第2章は終わりです。
次話の第3章『破滅を告げるプロローグ』は一週間後の3月26日(予定)です。




