第2章 23話
#side フォールティア
朝方、悲鳴が上がった。そして、時間を置いて二回目の悲鳴が上がる。今度は違う方向からだ。体を起こし普段着に着替える。原因の予想はついている。だけれども、それを認めるのは癪にさわる。なぜなら気配を感じなかったのだ。勇者として寝ていても異変を感じられるように訓練をしてきたつもりだった。しかし、現実は無情で時に残忍だ。だから認めたくないので、現実を見るまでは何も考えないようにしようと思う。大丈夫だ手は打ってある。そのためにここを選んだのだから。
廊下を歩く。声がした方はフイがいる部屋の方向だ。二回目の悲鳴はビュバルの部屋の方だ。僕は一番近いフイの方の部屋へ向かう。扉の前には数名の使用人がいる。
「ナータリウヌ様」
使用人の一人がそう声をかけてきた。その声で周りの使用人も僕がきたことに気付いたらしい。
「入らせてもらうよ」
部屋の中は大きな寝台が置いてある。そして、その寝台にフイが横たわっている。苦しみも恐怖も感じさせぬ安らかな表情だ。
寝台の脇にいたフイの父親、パトリッシ・ウラル・ジャンネルが座っていた。僕に気付いたのだろう、こちらに目をやり言う。
「息子は大丈夫なのですよね?」
真剣にそれでいて不安を抑えきれない表情をしている。
「そのために来たんです」
「お願いします」
2週間前、パトリッシ・ウラル・ジャンネル侯爵がサケル教の教主ミャーイリ・ハーライル・ジャエイリと帝王ヒーラリル・ミナル・ハーライル・サケリウスに嘆願を要請してきたのだ。嘆願の内容は一つ、『破王の配下から脅されている』ということだ。逆らった場合子供を殺すとも仄めかされたという。そのため急遽死者蘇生を成せる人を派遣しなくてはならなくなった。それも不自然ではない人物。そこで上がったのが”聖”聖女オラリエムイ・ポラストウルスの名が挙がった。ちょうど勇者と聖者の交代期間と重なっていたこともあり、抜擢されたのは不幸なことに僕と、更に(小言を言われるため)不幸なことにオーリと相成った。
そして僕はもう一つ、頼まれていたことがある。
「貴方もですよ、ジャンネル侯爵殿」
そう言って鳩尾に拳を食らわす。大丈夫だ。全力は出してない。出したら殺してしまう。それやったらまじで笑えないからちょっと叩いたぐらいだ。ちょっと叩いただけで倒れたのは僕が”聖”属性魔法の概念魔法”聖眠”を使ったからだ。ま、簡単に言えば強制的に眠を誘う魔法だ。唯一問題と言えなくもないのが、聖属性の魔素の光が漏れること。隠密には向いていないのだ。”幻”属性ならば極めれば相手の感覚をすべて掌握することが出来るのだが……。そうすれば相手を眠らせるなど造作もない。いや、ないもの強請りをしたって意味がない。
「永眠させてないわよね?」
僕がジャンネル侯爵を長椅子に凭れ掛けさせているとオーリが碌でもないことを口走った。
「冗談?」
「そうね、不謹慎だったわ。貴方がそんなへまをするわけないわよね」
なぜ不安そうに言うんだ。
「……」
不信な目で睨んでみる。おい、なぜ目を逸らすんだオーリ。
「それじゃあやるわよ」
「任せたよ」
オーリはフイの首にかかっているペンダントを手に取る。
あのペンダントは僕が作った魔道具だ。そのペンダントを付けていた人が命を落とした時、そのペンダントにその人の魂を閉じ込めておくことのできるペンダント。これを作るために3年から4年まで魔道具実技の授業を頑張ったのだ。魔法技術(魔法理論 Ⅲ の次に習うことになった授業。)で使う魔法陣の知識などを総動員しても半分も出来上がらず。ついには学園の禁書庫を読み漁るようにして作り上げた僕の努力の結晶だ。このペンダントさえあれば肉体がとても破損していない限り蘇生の確率がとても上がるのだ。具体的には30%が95%ぐらいまで引きあがる。ちなみにこの魔道具を僕は卒業論文として提出したのだが、なぜか呆れられた、というか惚けられた? まぁ、僕の予想していたすごいですねと言われることもなく、あちらこちらにこの魔道具の使用権利だとかなんだとか言われた。
回想に耽っている僕を置き去りに、オーリは魔法を発動する。”聖”と”生”属性の複合魔法ーー”死者蘇生”。一般的に慣れてきた魔法使いの成功率は前述した通り本来であれば、どんな魔法も使えば精度や効果は上がる。しかし、蘇生系統の魔法は蘇生する対象の魂がなければ意味がないため、そもそも魔法を成功させるのがとても困難だ。さらに魔法が発動しても効果が現れないこともしばしばあるときた。なのだがオーリはその数値は当てにならない。聖女の加護は凄まじく、驚異の99%を誇っている。
その驚異の99%の魔法が発動した。ペンダントから白い球のような光が生まれ、フイの肉体に入っていく。そして、フイの体から光が舞った。強烈な光ではなく、温かみがあるその光が部屋の装飾物などを照らし、煌めかす。光は舞い踊り、渦巻き、フイの体に溶け込むようにして消えていった。
「次はビュバルを確認しにいってよ」
「そうね」
ビュバルがいる部屋は客室だ。二階の一番おくにあるその部屋にも使用人が集まっている。中にはビュバルの専属の使用人もいる。僕は中に入るのは怖いので、ビュバルはオーリに任せてジャンネル侯爵の操りの呪いを解こうと思う。呪いは魔法の形態の一つだ。目標の相手の行動を縛ったり、命を奪ったりなど、使用方法は多岐にわたる。だが”聖”魔法には”浄化”という魔法がある。”浄化”は呪いなど生物の行動を縛ったり、意のままに操る、病気をかけているように見せかけることや土地にかけた不浄の魔素などの効果をなくすことができる。浄化の効果は幅広いが逆に言えば効力にかけることがある。そのために浄化にはいくつか種類がある。僕が今回使うのは肉体の浄化を行える浄化の魔法”正常化”だ。とは言っても無詠唱の場合イメージをするだけで魔法は発動できるのだが……。
白の光がジャンネル伯爵の体を包み込み、本人以外の魔素の影響をすべて浄化させる。これでジャンネル侯爵は大丈夫だ。それにしても今回のやつはとてもお粗末な計画だった。ジャンネル侯爵を脅すならもっと迅速にばれないようにするだろう。少なくともジャンネル侯爵が帝王陛下に嘆願を出さずにそのまま時を伺って行動に移したはずだ。今回はわからないことが多すぎる。相手がどうしようもない馬鹿か、それとも何かを行なうために織り込み済みの計画か。はたまた嘆願は想定外のことか。どれだっていいが今はこの考えは放棄するとしよう。僕がいくら考えたところで答えは出ない。なんたってここにいるのは後半年ぐらいもある。その間にゆっくりと考えれば良いのだ。
呪いで操られていたジャンエル侯爵をみながらそう思った。
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#side ナタイ
怪しく、恐怖を覚えるような濃い紫色の光がパーゴジウム王国が首都パデルリアを覆う結界と衝突し、結界がシャボン玉のように爆ぜた。光は乱反射をし、勢いを失うも建物に降り注ぐ光の雨。瞬く間に家々を穿ち、砕かんとしーー
一瞬のうちに消え去った。まるでなにごともなかったかのように、最初から攻撃があったのかどうかと目を疑ってしまうほどだ。
「面倒っちいことをするなー」
パーゴジウム王国の城の最も高い屋根の上にたっている”幻”勇者であり、3000年以上の時を生きる魔人のハネリウ・スーヴェルティウはそう嘯く。
そんな彼に向かって光の速さをも超えた一条の怪しい紫色の閃光が飛来した。そしてその光はハネリウの体に触れることなく霞むように消滅した。しかし、光は消えたがその光を纏っていたであろう人物は消えることもなく平然と空を浮かんでいる。赤く爛れたようにも見える翼を広げ、不敵にその男は笑う。
「酷い挨拶だね。最近の若者は礼儀を知らないと見た」
「これから死に逝くものに持ち合わせている礼儀はないものでね」
「君が今回の化け物騒動の犯人かい?」
「化け物……訂正してもらおうか、あれはそんなものではない」
「じゃあなんなのさ」
「魔王だよ。僕が作った魔王」
「魔王? 比較にならないほど弱いみたいだけど?」
「それこそ、貴様のような化け物どもと一緒にするな」
「化け物は酷いな〜。見た目は人間なんだけど」
「見た目は、だろ?」
「ははは、これは一本取られた」
「……御託は良い、死ね」
男が手を振ると、一瞬にして紫色の光が四方八方からハネリウを貫く。そして、血を流し屋根の上から倒れ、落ちていく呆気なく死んだハネリウの体を眺めながら男は目的を達成させるために移動しようとしーー心臓を背中から貫かれた。
自分のちょうど心臓に位置する場所から手が生えている。血で赤く染められた手だ。口から血が垂れる。
「貴様っ……」
「殺す時はちゃんと確認しないといけないよ。相手が本当に死んでいるか、殺した相手は本当に目当ての人だったどうかを、ね?」
ハネリウは子供にでも接するように笑いながら言う。
「それは貴様にも言えるようだな」
その男の背中からまるで針のようにいくつもの骨が飛び出し、ハネリウの体を串刺しにする。その勢いでハネリウは後退し、その拍子に男の心臓から手を抜いた。そして、口を歪ませ言う。
「驚異の再生力だね」
今しがた手を抜いた男の胸あたりに開いたぽっかりとした穴がグチャグチャと歪に蠢き閉じていく。
「それはあなたも同じでしょう?」
ハネリウが体中に受けた骨は薄く霞むように消え、開いた傷口はまるでなにごともなかったかのように閉じていた。傷口が修復するのでもなく、まるで溶けるようにして傷が治っていったのだった。
「それが噂に聞く”幻想世界”ですか」
「ふふん。全然わからないだろう?」
「世界を騙す幻想には勝てませんよ」
「だったら負けを認める?」
「真正面から勝とうとするから負けるんです。搦め手があればその限りではないでしょう?」
「ふ〜ん。ぜひその絡め手を見せてもらいたいね」
「そう、ですか。では見てください。この素晴らしき魔法を、『蘇ろ』」
一言だった。その一言で全てが変わった。首都のいたるところから紫色の魔素が噴き出し、地上を塗り替える。
「それが取って置き?」
「しょうがないな〜。あれはどうにかできるけどそうしたら君には勝てない……」
ハネリウは懐から魔道具を取り出し発動させる。
「準備は整った。それじゃあ、見せてあげる。これが本当の”幻想世界”だよ」
そう言ってハネリウは不敵に笑う。そして、世界の色がなくなった。そう、黒と白がごちゃ混ぜになったような異様な色に世界は塗り替えられた。それはあっという間に首都パデルリアを蝕むように飲み込み。そして、霧のように消え失せ世界は元の色を戻した。時間にして数秒足らず。首都パデルリアの外装は何一つ変わっていない。しかし、一つだけ変わったことがある。これまで地を這うように犇いていた紫色の魔素が消え失せたのだ。それは魔王因子を持っていた『サタナス・ゴニビオ』が倒されたということだ。
それを確認したからか、ハネリウは城の露台に置いてある椅子に腰掛ける。
「なんだと、ありえない‼︎ 何故だ。何故魔王因子を持つものがこうも簡単に倒される‼︎」
「いや〜。さすがに梃子摺ったよ」
「ふざけるな。貴様がいなければ。貴様は何としても倒さなければ。今後の行動に支障が出る。死ね」
空から紫色の光が落ちてくる。城を丸ごと包むようにしてその光は落ちてーー突然現れた黒い靄のようなものに衝突し消えていった。
「僕が相手ですよ」
そこには片手に短剣を持ったナタイが浮遊していた。
次話は3月16日(予定)です。




