第2章 18話
#side フォールイティア
聖祭、そう名付けられている聖サケル教の最も有名な行事といっても良い祭りが始まろうとしている。恒星ランヴォが最も長い時間空にある日であるため、聖精霊神サケルが最も長い間、地上にいる日ということで宗教的に重要な日にならないほうがおかしいというものだ。
そして、その日の朝早くから露店が稼ぎどきと、立ち並び始め賑わいが増していく。その雰囲気を感じながら僕は歩く。教主がこの祭りの開催を宣言してすぐに街に繰り出したが特にすることもなく困っている。
毎年行われるこの聖祭の日は必ず学園は休みだという。そして、もちろん今年も例に漏れずということだ。露店で売ってある串焼きを一本買い、歩き食いをする。周りには走り回る子供に手をつないで二人だけの空間を作っている男女、それに仲間付き合いをしているであろう数名の集まりが騒いでいたり、一人為すこともなく歩いている人、家族団欒を満喫している人達、服装から外国からきたと思わしき人々、何か問題はないかと目を光らす衛兵、いい鴨でもいないかと目を光らせる盗人……などなど。祭りとは色々な人を呼び寄せる。
食べ終えた串を祭りのために用意された円柱形のゴミ箱に放り込む。すると、カランと小気味良い音を立てて中に入っていった。そのまま来た道を背にまっすぐ歩いて行くと大きい広場に出た。二本の大通りが交わり、十字の形をした道の真ん中を丸く切り取ったように開けた広場には噴水を中心として民間の大きい本店、もしくは支店が立ち並ぶ。なのでここからは来た道と違い露店は道端ではなく噴水と建物の丁度中間あたりに数店だけ立っている。露店と露店の間は広く、噴水に入りやすく配置されていた。
そんな噴水の水を囲む石に座っていたのは聖女オラリエムイ。決してオラエロムイなどという笑いを誘う名前ではない。そんな彼女がなんともなしに空を見上げている。あのいつも近所の煩いおばちゃんが如く小言を言ってくるあのオラリエムイことオーリが!
これはただ事ではないと思いオーリの視界に入らない場所の噴水の石に腰掛ける。口元を綻ばせているのは不可抗力だ。断じてオーリのあられもない姿を見て笑っているのではなく、この他人の本来は見ることのない裏の姿をみるということに笑みを浮かべているだけだ。どちらにしても性格が悪いって? 鏡をみるといい、そしたら僕と同じような笑みを君もしていることさ。もちろんお供の長持ちする袋に入った菓子を忘れずに露店で買って。
そんな言い訳を心の中でしながらーーって言い訳じゃなかったーーオーリの方を窺う。果たして彼氏は来るのだろうか‼︎ それとも来ないのか‼︎ まぁ彼氏がいなかったら意味のない煽り文句だけど……。そんな意味もないことを考えながらオーリが何をするかを眺める……とは言っても座っているだけなんだが。
同じように空を見上げると雲が悠々と風に流されている。それを見ているとまるで心が浄化されていくような気がした。
「あなたはなにをやっているの?」
声をかけられた方をみるとそこにはオーリがいた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ 出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
と言ってみた。
「煩いわね」
煩わしそうに目を細め、彼女はそういった。しかし、周りはそうもいかないようで何事かとこちらをみる。驚きの目、心配の目、そしてーー衛兵の目。……やばい、逃げよ。
くるっと回れ右をして全力で走る。屋根の上を走るという前回怒られた方法ではなく、人ごみをすり抜けながら。大通りから脇道に入り傾斜のある坂道を全速力で走る。一番頂上に見えてきたのは落ち着いた雰囲気のある教会。かつてこの丘で初代皇帝ハイリオウス・ミナル・サケリウスは建国を宣言したという。いつの間にやらその丘には建物が立ち並び現在に至る。過去の歴史を想起させるのものは、建国された当時に彫られた石碑が教会の中庭の樹齢1200年を超える長い月日の間、枯れることなく緑の葉を着けている老樹の根元に立っているだけ。
教会は開放されているので普通に入る。誰一人いない中庭に入り、一本だけ生えている石碑が根元にある老樹に腰をかける。手に持っていた菓子の入った袋を開け一つ取り出す。赤いジャムの塗られた菓子パンを口に放り込む。口の中にジャムの甘みが広がりパンの苦味がそれを追うようにしてくる。しばらく噛んでいると、ジャムの甘みはなくなり、パンは舌に溶けて喉を通っていった。その後僕は暖かい日差しに釣られて眠りに就いてしまったようだ。
= = = = = =
目を開くと、風が吹き老樹の枝を揺らし葉がザワザワと音を立てる。それと同じ時に僕の首筋を風が通り抜ける。真上を見上げれば恒星ランヴォの光が葉にあたり煌めいている。カサリと草を踏む音がしたのでそちらを見やる。そこにはオーリがいた。
「釈明、もしくは弁明の準備は出来たのかしら」
「釈明……?」
「なんで私をみて叫んだのかよ‼︎」
「それはびっくりしたからだけど?」
「あの後、私が衛兵に説明を求められたのよ。私の方が説明が欲しかったっていうのに」
「それはご愁傷様でした」
「……だから、あなたは私に納得のいく説明をしなさい! 今すぐに‼︎」
「まぁ、そうかっかしないで。これでも食べて落ち着いたら?」
「確かに美味しそうね。って、そうじゃない」
「チッ」
「今舌打ちしたわね」
「なんのこと?」
惚けながらオーリに菓子を差し出す。
「は〜」
溜息を吐きながらも菓子を手に取るオーリ。ふっ、チョロい。
恒星ランヴォは天高く昇り、最も高いであろう位置にいることが葉に隠れていてもわかる。風が吹きオーリの髪を棚引かせる。
オーリと目を合わせる。二人の間を気持ち良い風が再び吹いた。
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#side ナタイ
短距離転移ではなくもはや長距離転移と言い換えてもいい距離をアバディはシシリアを連れて転移した。それほどまでに『サタナス・ゴニビオ』が開けた穴の距離は長かった。だが、長いだけで直線であったため視認をした長い距離を確実な転移ができたとも言える。そして、その転移した場所は地上からおよそ3人分の背丈の高さだ。アバディは周りを俯瞰し、手頃な場所に行くためシシリアを抱える。空間固定で足場を作り空中を走り地上に着陸する。
場所は『赤の谷』のすぐ傍。『サタナス・ゴニビオ』が開けた穴は『赤の谷』の反対方向に傾いていることがわかる。大量の雪が『サタナス・ゴニビオ』の移動方向を示していた。しかし、その雪のあとはまるで四足歩行の生き物が歩いたような跡。そして、遠くには四肢と顔、尾を持つ『サタナス・ゴニビオ』の姿。『サタナス・ゴニビオ』とわかるのは体の筋肉が剥き出しになっているからだ。速く移動していないように見えるが、人が走っても追いつけないだろう。なにせ歩幅が明らかに違う。『サタナス・ゴニビオ』の一歩は人の十歩に等しいと思わせるほどもの。圧倒的な存在感をもつ『サタナス・ゴニビオ』を見てシシリアは足を竦ませる。
「あれを足止めするんですか」
「あぁ、するんじゃない。やらなきゃいけないんだ」
『サタナス・ゴニビオ』の進行方向にはパーゴジウム王国の首都パデルリアがある。直線的に移動すれば間違いなく『サタナス・ゴニビオ』は首都に着き、灰塵と化すまで暴れるだろう。希望的観測ではないが、空の雪雲を丸ごと消し去ったあの魔法を首都の人達も見ているであろうし、確認のために人を派遣してくれるだろう。問題は強者が来るかどうかだ。あれは生半可な実力では気を引けるかどうかすら怪しい。確実を期すならば軍部が千名いたら安心できるが……。
「とにかく、行くぞ」
シシリアの手を握りアバディは再び長距離転移を使い『サタナス・ゴニビオ』の前の空間に転移する。
「本当に、随分と姿が変わりましたね」
そういった言葉に反応したのか『サタナス・ゴニビオ』がアバディとシシリアを向く。
ギャァァァァッッッッッッ
雪を踏み締め『サタナス・ゴニビオ』は目に前に現れた二人に向かって咆哮する。そう、咆哮したのだ。あの肉塊が裂けて出来たような口ではなく。言うなればその口は爬虫類のような口だった。歯と呼べるようなものはなく、蛙のような 大きい口を広げ黒い火を撒き散らす。それはわざと放ったものではなく自然と撒き散らされたようだ。目と鼻はなく、舐め回すように黒い火が顔だけではなく身体中をを覆っている。しかし不思議なことに、四肢にも覆っている黒い火によって雪が溶けたり蒸発している様子はない。
シシリアは腰の腕を簡単に入れられそうなリングに右手を突っ込みすぐに右手を出す。リングの正式名称は異空間収納と言い、リングに手を入れると中に入れておいたものを取り出せるというものだ。当たり前だが異空間にものがあるためリングがものを入れることで重くなるようなことはない。そんな貴重品の中から出てきたのは一本の細剣ーーレイピアだった。長さがもっているシシリアの足の長さと同じぐらいかそれ以上。これに先ほど彼女が使った経過短縮の魔法を纏わす。
「それ効果あるか?」
「対人戦だったら最強と言ってもいいですが?」
「……強いということは認めるが最強という言葉は否定するぞ。それと今から戦うのは人の10倍以上の大きさを誇る化け物だぞ。魔力抵抗も高いときた」
「注意を向けることぐらいはできますよ」
「それじゃあ、お前が攻めな。俺は支援をしてやるよ」
「上司だからって超うえから目線、うざ(ボソ)」
シシリアの恨みつらみはアバディに届くことはなかった。もしこれがアバディに聞こえていたならば無用な口喧嘩が勃発していただろう。もちろん『サタナス・ゴニビオ』をそっち退けで。そして、『サタナス・ゴニビオ』はそんな二人を無視しパーゴジウム王国の首都へまっしぐらに進んで行ったことだろう。怖や怖や。
「文句は後で聞いてやる、今は魔力が3分の1を下回ってきてるんだよ」
「けっ、使えない」
「おい、今のは聞こえたぞ」
「それじゃあ、行きま〜す」
そう言ってシシリアは後ろから突き刺さる視線を無視して『サタナス・ゴニビオ』に向かって走りだす。二人が『サタナス・ゴニビオ』をそっち退けで口喧嘩を始めなかったのを褒めるべきかどうか迷うところだ。大抵の人は『大丈夫か特別捜査衛兵』と思うこと間違いなしかもしれないが、それは置いておいて。シシリアと『サタナス・ゴニビオ』の戦いが始まった。
『サタナス・ゴニビオ』が右前足を振り上げ走ってきたシシリアに振り下ろす。シシリアは横にずれることで避けながらレイピアを突き出す。『サタナス・ゴニビオ』の右前足の表面を滑るようにして剣が動いた後の赤い筋肉の部分のみが萎んで消えていく。レイピアは『サタナス・ゴニビオ』の右前足の肘の手前まで肉を裂き、そのまま振り切られる。シシリアは振り切ったレイピアを無駄な動き一つなく引き戻し、雪を蹴り飛び退る。
『サタナス・ゴニビオ』にできた傷を黒い火が舐めるように這う。そして、そこには傷一つ残っていない状態の周りの体と同じ、赤い筋肉のようなものが姿を現した。
目がないはずなのにシシリアは『サタナス・ゴニビオ』から目線を感じた。それは射抜くように、そして舐め回すようにして身体中を這われるようにして。その時シシリアが感じた感情、それは恐怖だった。理解できない存在への、圧倒的強者に対しての。
アバディが『サタナス・ゴニビオ』に”空間断絶”の魔法を放つ。その魔法はアバディの狙いを寸分たがわず為してみせる。『サタナス・ゴニビオ』の頭と体とを結ぶ首の空間を歪ませ、刎ねる。頭は重力に逆らうことなく落下し、雪の上に音を立てて転がる。
そして、『サタナス・ゴニビオ』の巨体はぐらりと傾き、倒れることはーーなかった。
『サタナス・ゴニビオ』の首から黒い火が吹き上げ身体中の火が膨れ上がり『サタナス・ゴニビオ』を中心とした半球体を作り出す。その火は触れた雪を溶かすでも蒸発させるでもなく消し去った。まるで最初から存在しなかったかのように。火が天に舞い上がり『サタナス・ゴニビオ』の姿が現れた。欠損した部位ひとつない状態で。
それをアバディとシシリアは黙って眺めていたわけではない。アバディは『サタナス・ゴニビオ』にさらなる魔法を放つために準備をしていた。放つ魔法は”空間粉砕”といい、アバディの今の魔素量では放つことができない。しかし、空気中に漂う魔素を使うことでその問題はクリアし、放つまでの時間も『サタナス・ゴニビオ』は動いていないため確保することができている。
一方シシリアは”時間停止”の魔法を発動しようとしていた。この魔法は名前の通り対象を決め、その対象の時間のみを停止させる魔法だ。ようはその対象だけ時間軸を外すということができるのである。ここで重要なのがこれは時間軸を止めるだけであって存在自体の時間進行しているのである。簡単に言えば、その瞬間の時間を停止したままこの世界の時間軸に存在させるというのがこの魔法の真骨頂である。これだけ聞くと内部からも外部からも一切干渉できないだけで戦闘に使えないと思うかもしれないが、この戦いで重要なのは首都に行かせないために足止めをすることなのである。よって、倒す必要はないわけである。そのためにシシリアはアバディと同じように空中の魔素の魔殻に情報を均等に刻み魔法をいつでも発動できるようにした。
二人と一匹は互いに隙を窺うかのように相手を窺う。先に動いたのは『サタナス・ゴニビオ』。雪がなくなった大地を踏み締め黒い火を吐く。もはや吐かれた火は火と呼ぶのも烏滸がましく”炎”という方がしっくりくるものであった。雪を一切残さず消し去り炎は空のアバディに向かっていく。それを簡単に避けアバディは空を舞う。『サタナス・ゴニビオ』は口を開き空中にいるアバディに魔法を放つ。その魔法はまさに目にも留まらぬ速さと言うに相応しいものだった。一条の閃光が通り抜けていった。
アバディはかろうじで生きていた。なにせ彼が来ていたコートは最高級品の性能を誇るもの。一切の魔法を通さずあらゆる物理攻撃も威力を吸収する。だが、それは見るも無残にボロボロになっていた。魔法の攻撃を受けた部分はもはや消えてなく、攻撃を受けていない方も風で飛ばされている。体には所々血が滴っている。息をしているのが不思議なほどだ。
そして『サタナス・ゴニビオ』といえばーー体を微塵切りにされていた。理由はアバディが魔法を受ける直前、待機させていた魔法を放ったからだ。空間をまるで粉砕するがごとく罅をいれ歪ませる。抗うこともできず肉体を空間の歪みに翻弄されズタズタに引き裂かれる。
そしてさらに追い討ちをかけるようにしてシシリアの”時間停止”の魔法が発動する。肉体が引き裂かれたままの状態で『サタナス・ゴニビオ』は時間を止められ倒された。
次話は3月1日(予定)です。




