第2章 10話
#side フォールティア
さてと、今僕は一週間前に引きに引きまくった学園の入学式に出席している。そして、学園長のとても長く、有り難いかどうかも判らない挨拶を聞いている。為になるのかもしれないが、それは自主的に聞こうと思って初めて意味をなすものだと思っている僕としては暇で仕方がない。それに、やはりというか、一部の奴らも僕と同じく話半分程度にしか学園長の話を聞いていない。それを見て僕は思った『やはりいたか同志よ』と。
「伝統ある我が学園ですが……」
まだ言っている。この大演説はいつになったら終わるのだろう。学園長、副学園長、来賓、保護者会、保護者代表、生徒代表、指導部、学年指導部などなど、そうそうたる顔ぶれだ。これだけいるのだ、入学式が始まって1時間60分(1時間は100分)経とうというのに未だに続いていることにも大抵の人は納得してくれるだろう。
「それでは、クラスごとに分かれてください。学科の1組はーー先生、あそこにいらっしゃる……」
やっとだ。やっと希望が生まれた。考え事をしていれば時間はすぐすぎる、あの言葉は嘘ではなかった。そんなことを考えながら組ごとに分かれ、それぞれの教室へ向かう。今いる場所は多くの人を入れる為に大きく作られた建物なので、数十名ごとに分けられ授業受ける為の教室がある建物に移動しなくてはならない。今日は雨でなくて良かったが、炎天日でなければなお良かった。ここ最近、異様に暑い日が続く。普通だったらもっと涼しい日の方が多いいのにと、近所のおばさん達も言っていたとオーリが言っていた。
教室に着くと、座席には学年、組、出席番号、名前が書いてあった。それに、いつぞやの液晶画面にも座席ごとに出席番号が書いてある。もともと、始業式が始まる前に出席番号は知らされているので同じクラスの生徒も特に迷ったりすることなく席についていく。僕の席は一番窓側に近い列の一番後ろだった。いわゆる角席だ。そんなことを考えている間に教師が液晶画面の前に立つ。
「初めまして、この組の担当教師のミーチェル・ハティコだ。これから、よろしく」
担任教師は軽い感じでそう自己紹介をした。種族は見た限りエルフのようだ。僕のファンタジーにおけるエルフのイメージは清楚で高飛車な感じだったはずなのだが、現在目の前にいる担任のエルフは陽気で誰とでも仲良くなりそうなイメージだ。エルフとは……僕のエルフのイメージがガラガラと崩れていく。
「今日は、必要な書類の配布と全員の自己紹介をして終わりなので最後まで頑張って起きていてくださいよ」
無理です。僕はその前に寝てしまうと思います。冗談で言ったのだろうが僕にはこの睡魔には耐えられない。けれど、周りは緊張した面持ちでいる。さすがは中等実技科の1組。試験の成績上位者たちが集まるだけある。こちらに目を向けている人が多いいと思うが、気のせいだと自分に言い聞かせる。それに、気にしたら負けだ。なので、机に突っ伏しながら、担任教師の言葉を聞く。
「それでは配ります」
前から配布された紙が回ってくる。何も言わず前の人から手渡される配布物はさながらゴミのように見えたのは、きっとこれを捨てたい意欲が湧いたからだろう。丸めて焼却炉に打ち込みたい、と思ってしまった僕を責める人はどれだけいるだろう。いや、いないな。みんな心は一緒なはずだ。
「捨てたりしちゃいけませんよ」
担任教師が何か言っているが気のせいだ。そうに違いない。その後も3枚程度配布物が回ってきたが全て焼却炉行きだ。汚物は消毒だーー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
「それでは自己紹介を始めてもらいましょうか。それでは出席番号1番の人から」
僕の出席番号は7番だ。自己紹介まで時間はある。その間に何を話すのか考えよう。いや、話す必要はないんじゃないか。別に何か言えと言われたわけじゃないんだし。
「それでは、次は7番の人」
……やべ、他の人の自己紹介一つも聞いてなかった。しょうがないここは腹を決めよう。だが、席を立っていたことは覚えている。それさえ順守すればいいだろう。
「フォールティア・ナータリウヌです」
よし、やりきった。言うことは言い切ったとばかりに席に座る。
「えっ、終わりですか?」
担任の教師が信じられないとばかりにこちらを向いてくる。逆に何かおかしいですかといった顔をして迎え撃つ。
「……まぁ、いいでしょう」
よし、担任の確約もでたことだ寝るとしよう。そのあとも順調に同じ組の自己紹介は続き32番で終わった。もちろん僕は半分以上を聞き流していたが。これからの学園生活が不安にならなくもないが、睡魔には勝てないのだよ。なので、一人も名前を覚えていないということになってしまった。
しかし、安心したまえ。僕は積極的に他者とのコミニケーションなどの交流をしようとは思っていない。よって、このような態度で臨んでも大丈夫なのだ。
「それでは、自己紹介も終わりましたし、最後に終わりのホームルームですね」
ホームルーム、嫌な響きだ。誰しもが嫌悪感を抱き、吐き気を催す、最低で最悪で最凶の時間が今始まった。
= = = = = =
「……明日から、授業が始まります。最初は顔合わせが目的といってもいいので難しいことはありませんが、それでもだらけずに取り組んでください。それでは、ホームルームを終わらせたいと思います。起立 気をつけ 礼 ありがとうございます」
「「「「「「ありがとうございます」」」」」」
長かった。始業式が始まってはや2時間と50分。疲れたと思っているのは決して僕だけではない……はずだ。
「帰るか」
そう呟き、席を立ち上がる。明日は一体どうなることやら。そう思いながら校門の前で僕を待っていたライヒさんと合流し帰途についた。
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#side ナタイ
闇の帳がパーゴジウム王国の城下町を隠すようにして降りる中、たった今恒星ランヴォが地に沈んだ方を眺める人がいた。
「綺麗でしたね。いつ見ても夕陽は心を落ち着かせてくれる」
そう言ったのは知性的な雰囲気を持つ男性だった。外見は暗く、よく見えない。
「お前の人生に心の落ち着きがあるってことが驚きだよ」
同じ部屋の大きなソファに座っていた大柄な男が重圧を感じる声で言う。
「いったい私をなんだと思っているのですか?」
「さてな、予想がつかねぇか?」
「えぇ」
「なら、俺はお前に一本取れたってことか」
「いえいえ、下々の考え方がよく解らなかっただけですよ」
「お前にも弱点があったのか」
「苛つきますね」
「人間味があってよかったじゃねぇか」
「私に人間味があるとどうなるんですか?」
「知るか」
「……さすがは組織一番の脳筋と言われるだけありますね」
「おう、喧嘩なら買ってやるぞ」
「そうですか、ならば1億ナジル(パーゴジウム王国の通貨単位)を払ってください」
「はっ?ふざけんじゃねぇ。んな量払ってやるか‼︎」
「どうしました?喧嘩を買うのでしょう?」
「お前、わかって言ってやがるだろう」
「当たり前でしょう?」
「あぁ、畜生め。お前はそういう奴だったよな」
「思い出してくれたのですか。嬉しいですね」
「心にもないことを言いやがる」
「そんなことはありませんよ」
知性的な男性はフッと笑う。それに大柄な男性がチッと舌打ちをする。
「いけすかねぇ」
「それはどちらも同じでしょう?」
「そうだったな」
「それより、本題に入ってもいいですか?」
「本題ってなんだよ?」
「今日ここに人を呼んでいるんですよ」
「……大丈夫かよ」
「大丈夫でしょう。彼も私たちと志を共にする同志ですから」
「そういう意味じゃねぇんだがな」
「そちらの意味でもですよ」
「お前がそう言うならいいってことか……」
「私も信用されているようで嬉しいですよ」
「それで、そいつはいつくるんだよ」
「あと数分経ったら来るでしょう」
雲から出た衛星クラミを見上げて知性的な男性は不吉に笑う。光は冷たく、無慈悲に、善悪の区別なく地表を照らす。それはさながら、全てを見、抱きかかえる神の如くだった。
トントン
扉を叩く音がする。
「来たか?」
「来たようですね。入っていいですよ」
キィー
扉を開いたことで軋んだ音がした。
「お招きに預かりました。シラハナ、と申します」
キィー
扉が閉まることで再び軋む音の中、入ってきたのは背の低く、声ものっぺりとしたフードを被ることで顔を隠している男性だった。それを見た大柄な男はまるで興味がないとばかり、耳掻きをし始める。
「聞き及んでいます。それでは?」
そんな大柄の男を無視して知性的な男は話を始める。
「完成させました」
「完璧に、ですか?」
「使うものの力に比例しますが……」
「それは上々です。ちなみにどれほどですか?」
「過去の再現も、修正もできております。修正した方は長時間の使用には些か難がありますが、場所を見誤らなければ、再現したよりもさらに価値を見せるかと」
「ほう、それはそれは。期待していますよ」
「ご期待に添えるよう、努力いたしました」
「それでは、予定に変更はいりませんね」
「今からでもできますよ」
「ふふふ、それは良かった」
「それと、試験台に使ったやつですが要りますか?」
そう言って彼は一枚の布を取り出す。そこには幾何学模様のような魔法陣が描かれていた。それに魔素を注いだためか、魔法陣は光り、人が一人生活をできそうなほど大きい檻をそこに取り出した。
「……良いですね。それを渡してくれるのですか?」
「はい、無償で。さすがにこれはこちらでは扱いきれなかったものでして」
檻の中に入っているのは人の大きさ、形をした肉塊だった。
「ていの良い厄介払いというわけだ」
「そう、言われて仕舞えばそうですが。あった方が良いのでは?」
「あった方が嬉しいのは同意するよ」
「それでは?」
「貰うとするか」
「そうですか、重荷がこれで下ろせました。それでは、これにて」
「あぁ、頑張りたまえ」
キィー
キィ
扉が開き、閉まる。
「王女を攫うことが失敗したのは計算外と言えなくもないけど、それは出来たら良かった程度だ。けど、今回のこれは本当に良い拾い物をしたよ」
「そんなに良いのか?」
黙っていた大柄な男が声を出す。
「良いなんてもんじゃないよ。これがあるとないとじゃ大違いだよ。これからの計画も良い方向に修正されていくと思うよ」
「そうか、こっちは言ったことを完遂してくれれば文句はないぞ」
「馬鹿にしているのかい? 私たちは何より契約を重んじる悪魔だよ。全ては私たちの思う通りに動いているよ。ふふふ」
その笑い声は古い建物の中にやけに響いた。そして、誰かがこの声を聞いていたら怖気を催したことだろう。なぜなら、その笑い声はあまりに陰湿で、心臓を鷲掴みにされるようなものだったから。
次話は2月4日(予定)です。