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ユリカ界  作者: 碾貽 恆晟
第1部 2つの勇者の物語
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第2章 4話



#side フォールティア


 ここは教主が普段、仕事を行なうために使われる執務室だ。しかし、教主というのは普段することはほとんどない。魔道具で教主でしか対応できないと判断された仕事のみ教主は行なう。よって、教主の執務室というのは比較的、重要でないものの置き場となっている。もちろん執務室なので1日に一回は教主以外の人が来るので整理整頓され、見苦しくないように保たれているが。そのような執務室で、部屋の主であるミャーイリ教主と、そのに案内された”聖”勇者のフォールイアが机を挟んで対面していた。


「はい、お茶だよ」


 軽い口調でミャーイリ教主が僕にお茶を勧めてくる。紅茶のように薄い茶色のお茶は机に置かれたばかりだからだろう、細波を立て、天井の魔道具の光を反射している。


「ありがとうございます」


「あぁ、細かい作法については気にしないから普段どおりで良いよ」


 そう言われたのでカップを楽な持ち方に変え、音を立てずに一口飲む。最初に苦味が口を満たし、甘味が後を追うようにして口に広がる。その独特な後味はすぐにはに引かないが、執拗いわけでもないからだろう。僕の舌には程よく感じられた。


「美味しいだろう。特注品だからね。作られているのも我が国だけだし1000年飲んでも飽きない。僕が言うんだから間違いない」


「はい、本当に美味しかったです」


「うんうん、素直なのは良いことだよ」


 孫を慈しむようにミャーイリ教主がこちらを見てくる。


「僕を呼んだのはなんでなんですか?」


 部屋に入ってからミャーイリ教主とは雑談をしたり、お茶を作ったりと、いまいちなぜ呼ばれたのかがわからないことばかりしている。なのでこちらから聞くことにしたのだ。


「もうちょっと話してくれても良かったんだけど、時間も無限じゃないしね。それじゃあ話そうか。これからの君の生活についてだ」


 生活。教会に所属しているのだからしなければいけないこともあるだろう。その説明ということか? とてもではないが宗教の教主ともあろうお方がすることではないと思うのだが。


「不思議そうな顔をしてるね。僕がなぜ君にこんな話をしているかが、かな?」


 顔に出ていただろうか。それでも気付くのが得意なようだ。伊達に1000年も生きていないということか。


「ぶっちゃけるけど、僕は暇なんだよ。することはほとんどないと言っていい。1週間に1回、外に出るような仕事があるかないかといったところなんだよ。しかも、相手は勇者だ。我が国が信仰する”聖”サケル神様が加護を与えたもう存在。僕が何もしないというのはおかしいだろう?」


 暇潰しに呼ばれたわけではないようで安心した。いや、今言ったのは建前で本当に暇潰しって可能性もあり得るが、今はその考えから目を背けよう。本当だったら冷静でいられる自信がない。


「というのは建前で……」


「暇潰しですか?」


「よく解ったね」


 『プチッ』と自分の血管が切れるような音がしたのは気のせいだろう。念のため”聖”魔法で治療をするけど。案の定、見ただけでは治療をしたのかはわからないのに教主にはばれた。


「頭でも怪我でもしたのかね」


「えぇ、怪我はしてないと思うのですが心配だったので一応」


「健康には気を付けたまえ。なんたって君は勇者だ。これから嫌でもやらなければいけないことが増える。体調管理を疎かにすると痛い目を見るよ」


「以後気を付けます」


「そうそう、これからの生活はそこまで忙しくはないから今のうちに体調管理をするための効率のいい方法を見つけておくといい」


「忙しくはない……ですか」


「あぁ、君には学園に行ってもらう」


「学園、ですか?」


「そう、正式名称は国立教育学園ハウリア。ハウリアっていうのはこの学園の初代、学長の名前でね。本人はもっといい名前があるはずだとかなんとか言ってたけど結局は周りに押し切られて今の名前に落ちついたってわけだよ。600年の歴史を誇る由緒ある学園だよ」


「その学園にはいつ入学するのですか?」


「1週間後に試験があるんだよ。けど、はっきり言って勇者だったら成績がどの位酷かろうが関係なく入学させてもらるんだよ。けど、試験をするのはどのクラスに入れるかを決めるためだね」


「なんで、絶対に入学できるんですか?」


「解らないかい? 勇者というのは何時でも国の一位二位を争うような猛者なんだよ。時代によって民間の勇者でない存在が国最強と言われる時もあるけど。多かれ少なかれその存在は”聖”サケル神様の”英雄”などの加護を受け、”聖”サケル教に所属することになる。一部の例外はいるが。それでも、”聖”サケル教の権力は皇帝でも無視できないんだよ。だから、若いうちから勇者とパイプを繋がないと貴族やらなんやらが煩いんだよ。簡単に言えば政治の都合上だけど。話してあげたんだから王族の人と喧嘩はしないでくれよ」


「善処します」


「そこは確約してほしかったな〜」


「言質を取られるのは嫌なんですよ」


「流石はナータリウヌ家の次男だね、とでも言っておこうか?」


「有り難いお言葉として受け取っておきます」


「う〜ん、褒めてないんだけどな」


「それえは貶されたのでしょうか?」


「君、よく口が回るねって言われない?」


「そのようなことはなかったですが」


「君の周りの人はいい人だったのだね」


「そうですね。いい人たちです」


 会話は途切れ部屋には音一つせず、衣服が擦れる音さえよく聞こえる。ぬるくなったお茶を飲み干す。冷え始めたお茶も美味しいが、個人的には温かいお茶の方が好きだ。飲み終えたカップをソーサーに置く。


「君は今年で5歳だろう?歳もぴったりだ。君が入るのは中等実技科だ。実際に日常生活や、戦闘において使う実技を重点的に行う科目だ。これの反対に中等学科というのがあるが勇者の場合こちらには選択肢にも入らない。理由はわかると思うが、勇者というのは戦闘に駆り出される。それが、魔物が相手であれ、人が相手であれ。最低限防衛ぐらいはできなければ話にならない。オラリエムイも中等実技科に通っているから、質問は彼女に聞くといい。2歳離れているから学園内で関わるのは少ないと思うが」


「……」


 つい苦い表情になってしまったのがわかる。


「彼女は嫌いか? 大丈夫だ、私も彼女は苦手だからね。その考えには大いに賛成だよ」


 まるで同志ができたと言わんばかりの表情でこちらを見る教主の顔は今日一番の笑顔だった。


「1000年生きていても苦手なものってあるんですね」


「当たり前だよ。僕は常に苦手なものに囲まれて暮らしているからね。君とは良き隣人になりたいものだよ」


「考えておきます」


 無難な返答を返す。


「それは残念だ。さてと、話すことは全部言った。もう自室に戻っていいよ。なにか話したいことがあるなら聞くけど」


「大丈夫です」


「それは良かった。ではまた」


「失礼します」


 扉を開けて頭をさげ、廊下に出て、扉を閉める。きっと落ち着いて僕がこれから過ごせる場所はあそこぐらいだろうと思いながら。もちろん一番は実家の家なんだけど。そう思いながら豪華な廊下を歩いて自室へ戻った。



_____________________________________




 #side ナタイ


「都市内で勇者を確認、ですか」


「はい、貴方には調べて欲しいのですよ。”虚”勇者がどこにいるのか」


「7年探しても見つからなかったのにそう簡単に見つかると?」


「見つけなければいけないのですよ。それに、”氷”聖女ヴァセリシャに手を貸してもらうのです。見つからないというのは許せますが、行動をしないというのは認められないのはわかるでしょう?」


「こちらも暇ではないのだが」


「それはどこも同じでございます」


 二人は睨み合う。


「お引き受け願いますよ」


 依頼は拒否することができない。苦渋の決断を迫れるフイラーミは、まるで苦いものでも食べたような表情をして答える。


「……解った」


「ありがとうございます」


「ただし、遂行できなかった場合でも」


「もちろん、咎めはいたしません」


 咎めはしない、これが最大限の譲歩と言われたようなものだろう。これは、手を抜くわけにはいけないな。


「”氷”聖女とどう協力をして探せと?」


「最初にまず顔合わせをしてもらいます。あとは、そちらのやりやすいようにしてもらって構いません」


 やりやすいように……本気で事に当たれというわけだ。やな事だ。しょうがないナタイに任せるしかないか。


「努力をさせていただきます」


「期待していますよ」


「はい」


 さて、彼がこの『はい』というのをどう取るかは解らないが、嫌がらせぐらいになればいいだろう。それより、今は誰を仕事に就かせるかだ。”氷”聖女はまだ若いと聞く。なので、成人前の若い人物でこの仕事に向いているものがいればいいのだが。生憎、若い子供は潜入やちょっとしたお使いと両極端だ。なので、誰かの補佐や、警護には向いていない。しかし、ここで成人をしているもので、手が空いているのは”氷”聖女に合わせるには作法がなってなさすぎる。アレに任せるしかないか。最低限の作法はできるだろう。


「それでは私は失礼しますよ。朗報を期待していますよ」


「期待しておいてください」


 彼は部屋から出て行く。その背を眺めながら考えをまとめる。扉が閉まったところでハジリに声をかける。


「ナタイを呼んでくれ」


「承りました」


 ふぅ〜、と一息つく。前の一件でも無理をアレにはかけたというのに、すぐにまた面倒ごとを押し付けなければいけなくなるとは。アレの運が悪いのか、私の運が悪いのか、はたまた、この国に運がないのか。いや、この国に運がないのは2400年前から変わらないか。いや、滅びてないだけ良い方か。つらつらと、物思いにふけっていると扉を叩く音がした。


「ナタイです」


「入れ」


 苛立ちからいつものように振る舞えない。まだまだ、私も若いな、などと考える。


「新しい仕事ですか?」


「そうだ」


「何か、不味いことでも?」


「不味いというより面倒なことだ」


「……どのような」


「”氷”勇者ヴァセリシャ様の手伝い、もしくは補佐だ」


「とてもではないですが闇ギルドに出す仕事ではないと思うのですが」


「闇ギルドではない。私への仕事だ」


「……それを僕に?」


「私は手が離せない。しかし、手が空いていて聖女に無礼を働かない最低限の礼儀をできるのはお前くらいだ。精々励んでくれ。そうしたら私の胃腸薬の量も減る」


「知り合いの薬屋に良い胃薬を販売しているところがあるのですが紹介しましょうか?」


「そうしてくれるとありがたいよ」


「それにしても胃が悪いというのは初めて聞きました」


「胃が悪くなってきたのはここ最近だからだろう」


「理由はわかってるんですか?」


「嫌という程わかっている」


「……それは?」


「無理難題な仕事が増えているからに決まってるだろう」


「それは、ご苦労様です」


「それで、胃薬を売っているところというのはどこだい?」


「今3代目のドワーフが鍛冶を行なっている店って判りますか?」


「あぁ」


「あの店の横にある薬屋ですけど」


 顎の髭を手で摩りながら言われた場所を思い出す。


「今度買うか」


「僕が行きましょうか?」


「いや、自分の目で見てみるさ」


「そうですか」


 まだ、仕事の話が終わっていない。また胃が痛くなってきた。頭を振り思考を切り替える。


「話を戻すぞ。次の陽日、3時に迎えが来る。そしたら、”氷”聖女ヴァセリシャ様と対面するだろうが仕事内容については本人に聞いてくれ。その後、話し合って仕事の遂行の仕方を決めてもらう」


「行き当たりばったりですね」


「そうせざるをえないのだろう」


「そうでしたら」


「陽日まで時間がある。睡眠をしておくといいだろう」


「お言葉に甘えます」


「戻っていいぞ」


「失礼します」


 退出していく義息を見送る。これから忙しくなる。私は嫌でもその処理に明け暮れることになるだろう。陰日には薬屋は開いていないかもしれない。


ーー次の陽日でも買いに行くかーー


 ため息を吐き痛む胃をさする。回復系の魔法が得意でない自分を今ほど呪ったことはないだろう。練習さえしていたら、痛みを和らげる程度はできたかもしれないというのに。そうして彼は胃の痛みとともに、この陰日が過ぎるのを待った。その次の陽日が薬屋の定休日だと知り、ハジリに確認させれば良かったと後悔するまで、あと4時間。



次話は1月17日(予定)です。

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