幕間
誤字報告お願いします。
出来るだけ直します。
魔物の大群が来た、その報を受けたのは陰日の7時ほどのこと。ムライ都市の軍団長を務める私こと中将グライース・ネーイウルは飛び起きることになった。服を着て家を飛び出て正門の両隣の外壁に併設されているような歪な形の砦へ向かう。中に入ってすぐ見張り台へと向かう。見張り台には狙撃部隊の隊長、オーベラル・シーモスが”遠見”の魔術が付与された魔道具を片手で持ち夜空を見ていた。
「どういう状況だ」
「南東方面から夥しい数の魔物が空を飛んでおります」
「空の魔物の正確な数字は?」
「10万は超えるかと」
「地上には?」
「存在は確認されていますが、数は判明していません」
「どんな魔物だ」
「竜型の魔物、翼竜に似た魔物がいます。特定は目視では不可能です」
「数は不明、種族も不明。危機が迫っていることしかわからんのか」
歯噛みするしかない。遠目で見ただけで空と魔物を判別できるほどの大群が飛んでいる。街には結界が張られているとはいえその結界にも限界がある。空飛ぶ魔物が四方から攻撃されてはもって1時間だろう。
「魔物の特定は?」
「魔法使いが早急にやっていると」
「狙撃部隊の準備はできているか?」
「今起こしに行っております」
「対要塞用武器の用意は?」
「準備しています」
「これだけの大群だ。ここだけではなく東と南にも魔物は行くだろう。兵は?」
「全体の半数が揃っていると聞いています」
「正面から突撃するのは無理だ。あとどれくらいで来ると予想する?」
「予想では一時間ほどでと」
「それまでには部隊の準備を整えろ」
「解りました」
ここにはもうすることがないので執務室へ行く。見張り台の階段を下りそのまま真っ直ぐ進めば自分の使っている執務室へ着く。扉前には副団長デイズの従者、ヒシミが立っていた。
「中には?」
「副団長と領主様がいます」
頭をガリガリと掻く。頭の痛い話を聞いたという気分だ。あの方は相も変わらず周りへの配慮という物がないのかと問いただしたくなる。あの赤髪の女性の領主を思い出しため息を吐きたい気分になる。しかしすぐにその思考を追い出して扉を開けて執務室に入る。
「お邪魔させてもらってるよ」
「応接間で待つなどという配慮はないのですか」
「今は緊急時だろ。そんなことは言ってられん」
「それで、ご用件は?」
「解っているだろ?魔物の大群とやらについて報告してくれたまへ」
「解っていることは少ないです。南西方面より、魔物は10万に届く大群で、上空を飛ぶ魔物、地上にも数は確認されていませんが魔物がいると」
「勝算は?」
「防衛戦で魔物を削り消耗させるぐらいしかありません」
「打って出ることは無理か」
「非常に危険が大きいかと」
「冒険者は」
「魔法職は外壁の上に行ってもらい、接近職は数を減らすために門を出るときのために待機で」
「透過を行うのか?」
「なければいいのですが使うしかないでしょう」
「解った。」
「そういえば明日は”聖”勇者が来る予定だったのだが大丈夫なのか?」
「5歳だとか」
副団長が話に入る。
「聖騎士団の副団長ガイラル殿がいるから万が一はないと思うが、……トラウマにならなければいいのだが」
「会議室の準備ができました。団長、今回は戦うことがないでしょうから部隊の先頭に出るようなことがないようにしてください」
会話は終わりか。これから始まる戦闘を思い胃をキリキリと痛めながら会議室へ向かう自分の足取りはどうなっているだろう。ふとそう思った。
= = = = = =
会議室の壁には東や西の外壁の外の森のいくつもの場所を映していた。それは全て魔物が迫ってきている光景だった。ゴブリン、コボルト、オークや虫型の魔物(大量の種族が混在しているため割愛)などの魔物が地を歩き、風竜や翼竜(大量の種族が混在しているため割愛)が空を飛んでいる。
「魔物の博覧会かなにかか?」
「領主様、不謹慎ですよ」
「魔物の氾濫でもここまでバッラバラの種族が移動することはないぞ」
「ダンジョンからの氾濫だったらあるでしょう。変な魔素を纏っているのもそれで説明がつきます」
「この近くにダンジョンはない。あったら経済が回るだろうからあったらあったで嬉しいが」
「もしあっても今はその話じゃないでしょう。問題はどうやってあの魔物の大群を追い払うかでしょう」
「ふむ、それもそうだ。しかしあの魔物は普通の魔物では纏っていることのない魔素を纏っているのだろ。それだけでも迂闊には手を出せない」
「危険度がわかりませんからね」
「魔王の加護か何かか?」
「縁起でもないことを言わないでください」
真剣な話も一旦だが区切りがついたので画面を見ると、魔物の大群の前に馬車と馬に乗った人が走ってきているのが見えた。その馬車の紋章には見覚えがあった。聖サケル教会の白金の大杯にそれを囲むようにして恒星ランヴォが後ろに描かれている紋章だ。それに馬車そのものもナータリウヌ家のお抱え技術者の最新の技術を使っているようだ。揺れないように車輪と車体を独立させていると聞いた。下の車輪がいくら揺れても車体には魔法の力で繋がっているのだけで触れていないので揺れず、傾きがとても大きくならなければ倒れることのない優れもの。なぜこんなことを知っているかというかと軍部の上層部でこの技術を魔法砲に組み込んだりなどという話が持ち上がっているからだ。これまでこの技術はあったが一般的に大量生産されるように出来たので生まれた話だ。
「……団長、団長‼︎」
「なんだね」
「いま現実逃避をしていましたよね⁉︎」
「そんなことはないぞ」
「じゃあ言いますよ。あの馬車に乗っていると思われる勇……」
手で耳を塞いでいた。これは決して故意ではない、ただの反射だ。
「だから、あの馬車には勇者がいると思われるのですがどうしたら良いですか‼︎‼︎」
手を強引に奪われ耳元で騒ぎ立てる副団長。
「確認は」
私より現実に向き合っているであろう領主様が団長(私)は使い物にならないと思ったのか、副団長に問う。
「取れております。あの馬車に乗っているのが今回発見された”聖”勇者です」
「あの馬車が外壁の近くに来たら魔法職の攻撃準備を始めよ」
現実逃避をしている私を放っておいて話は進んで行く。
「突撃隊は?」
「準備完了しています」
準備が着々と済む中、私はいくつもの画像の一つを見て”聖”勇者が乗っていると思われる馬車が正門の近くに止まるのを確認した。その馬車から2人の大人と1人のまだ小さい子供が下りていた。聖騎士団の副団長のガイラルは一目見てわかる、もう一人も聖騎士団の団員だろう。最後に出てきた子供は勇者なのだろう。画面越しに見た勇者は、透き通るような白花色の髪に勿忘草色の瞳に白い肌、髪が短くなかったら女性と見間違うであろう容姿だった。
勇者は何か聖騎士団の副団長のガイラルと話していた。その間に魔法職の狙撃隊、冒険者の準備が整ったからか魔物へと一斉放射が始まった。森で火災が発生しないように”炎”属性以外の魔属性の魔術が空を彩り魔物を倒していく。それでも倒したのは1000に届くかというほどで全体の1%ぐらいしか削れていない。戦いは始まったばかりだがたったこれだけの数しか減らせられないとは、どれほど戦いが続くのかはわかったものではない。
その時、”聖”勇者が動いた。森とムライ都市との間にある平原の一本道をまるで散歩でもするように歩いていく。魔物の大群は森を出て平原に足を踏み入れた。勇者と対面している魔物は吼え”聖”勇者へ突進する。魔物を認識していないかのように歩みを止めることなく歩く”聖”勇者。しかし、あと十数歩でかち合うかというところで歩みを止め楕円形の灰色の結界を張った。そして灰色の波動を放った。魔術だということは判るが、属性は判らない。
”聖”勇者の放った魔法について考えているうちに、事態が動いた。魔物は灰色の結界を難無く通り抜け魔物の爪が”聖”勇者を貫かんとする。その爪は”聖”勇者が抜いた剣によって軌道を外され逆に剣は魔物の喉を掻き斬り絶命させる。続くゴブリンやコボルト、オーク、スコロペンドラ(ムカデのような魔物)、スカラヴェオス(黄金虫のような魔物)なども”聖”勇者には傷一つ付けることもできず倒れていく。
その瞬間”聖”勇者は途轍もない魔術を行使した。黒い柱が立ち昇り天を貫き、その魔術の範囲内にいた魔物は跡形もなく消え去った。その魔術だけで空中の魔物の5分の1が為すこともなく消えた。これはいいことであるが、それをまだ5歳になったばかりの勇者がしたというのは信じられない光景だった。
それでも5分の1だけ、残りの魔物はムライ都市の上空の結界に阻まれ魔法職の的と成り変っているが、それでも数は力なり。弱い個体ばかりが最初に飛んでいたようで、一匹が、結界の一部を突き破った。それからは決起の瓦解の始まりだ。結界の修復速度を優に超える速さで魔物が結界内に入ってくる。魔術で魔物の体が四散し血の雨を降らす。魔術で地に落ちた魔物の体が潰れ血を流す。地獄絵図という名に相応しい光景が一瞬のうちにして出来上がった。
「結界の修復は?」
「今、大至急やらせています」
「結界の崩壊が進んでいるぞ」
「判ってます‼︎」
結界を魔物は修復しようとする度に結界を攻撃し、穴を大きくしていく魔物達。その時”聖”勇者が魔術を行使した。強く暖かい光だった。そしてそれは静謐で、神秘的、幻想的な光景だった。空を駆け上がっていくその光は魔物に触れた瞬間、花のように四方へと広がり魔物は光に触れた途端、塵となって消えた、まるで空の雲を取り払ったようにして。光は収まり後には結界内に入っていた魔物以外は重傷を負うか、なに一つ残さず消えたかだった。一匹を除いて。
「結界内に入った魔物は早急に片付けよ。外の魔物はそれが終わってからだと魔法職の部隊には告げておけ」
「……珍しいね」
会議中なに一つとして声を発しなかったギルド長のジャイラーが発した言葉は会議室になぜだかよく響いた。
「なにが珍しいのだ?」
「あの四つ首の竜のことだよ」
「あれがどうしたというのだ?」
「あの四つ首の竜はね、ミニアトゥーラキーポ・パラゴと言って、意味はたしか災厄を生み出す者。見てわかる通り魔素を纏って、魔物を魔力が続く限り際限無く生み出すことができるとても珍しい竜。それに厄介なのは本体も口から属性の違うブレスを出す。記録では”炎” ”氷” ”光” ”闇” だったかな?それに鱗の硬さはは龍にも匹敵し、魔素の完全反射もあったかな?」
「厄介ね……。化け物の間違いじゃないかい?」
「あれでも魔王には届かないんだよ。精々、魔王幹部に入るかなって言ったところさ」
「”聖”勇者なら勝てると」
「あの感じだとね」
「本題は?」
「そろそろ、部隊を突撃させたほうがいいと思ったんだよ」
依然として森から魔物が平原へと出現しており、途絶える兆しはない。ここで、打って出るというのも一つの手か。
「突撃部隊に突撃許可をしろ」
「解りました」
四つ首の竜と”聖”勇者が戦っている。”聖”勇者が四つ首の竜の首を3つを魔術で爛れさせ、肉体に纏っていた魔素を吹き飛ばした。中には一般的な竜と同じ2対の足に尾。首より尾が長いのはあまりないらしいが、いないわけではない。例を挙げるとすれば水竜だろう。と話すと長くなるのでここは割愛して。”聖”勇者は地上から空中戦に変えるようで空を駆け出した。なにやら”空歩”を応用させた武技を使っている。しかし、その数秒で四つ首の竜の首は再生し、ブレスを放とうとしている。”聖”勇者は当たり前のようにそのブレスを避け再生していた2本の首を刎ねた。そこに、一体の昆虫の魔物、カンタロス(黒に白のメッシュが入ったような兜虫型の魔物)が”聖”勇者のいた場所を通る。2対1は危険と判断したのか、”聖”勇者は最初に空を飛ぶ魔物の5分の1を倒した魔術と同系統と思われる魔術を行使した。
それからは一方的に戦いは続いた。いや、正確に言えばそれは戦いではなく一方的な虐殺とも言えるかもしれない。為すすべなく引き寄せられ、体を塵へと変えられる2体の魔物の姿は私に衝撃を覚えさせた。ここまで、圧倒的有利にあのギルド長が魔王幹部級と称した魔物を倒すとはと。
私が勇者の戦いに気を取られているうちに突撃隊の準備ができたらしい。突撃隊は外壁の石から、通り抜けるようにしてムライ都市の外の平原に出て行く。これは、外壁の中に外壁の一部を通り抜けれる場所を作っている。これは大抵の大都市の外壁や要塞には絶対と言っていい割合で付いている。それ以外の外壁はというと、”時”魔法の”時間固定”が掛かっている。もちろんムライ都市もだが。故に、魔物が外壁までたどり着いても欠けも割れもしない。そこから人が出るなどとは考えもしなかったようで、ゴブリン、コボルトやオークは死んだことにも気付かずに倒れる。
「そろそろ私が出ても……」
「ダ・メ・で・す」
見れば般若も飛んで逃げ出すであろう表情をしている副団長デイズ・ジーニアトラスがいた。顳顬をピクピクと動かし、眼は爛々と光った笑顔を浮かべている。
「だが、後ろに強い魔物が控えているかもしれないし」
「”聖”勇者がいるんですから問題にはなりません」
「”聖”勇者とはいえあれ程の魔術、魔技を使って消耗しているはずだ。ここは私が出るのが正解だろ?」
「けれど……」
ドスン
ドスン
バキバキバキバキ
威嚇をするためにわざと足音を近くになってから立てたのだとわかる。が、それが解っても何か変わるはずもない。その魔物は現れた。数年に一度、目撃される最も身近で有名な脅威を齎す化け物、オークエンペラーがいた。木をなぎ倒し、人の2倍以上もある高さ、大きさを誇るその魔物は、平原に足を踏み入れた。
「あれの攻撃を外壁は防げるか?」
「数発持てば良い方だよ」
漏れ出た独白に答えるギルド長の顔はいつもの不敵な笑顔を浮かべている彼さえ、笑みは引き攣っている。当たり前だ”聖”勇者は簡単に倒していた魔物だが、なんらかの魔素を纏っている所為で、普段より強い個体が多いい。それがオークエンペラーにまで纏っているときては。ちょっと強いだけだが、それでも”ちょっと”というのは馬鹿にできない。それが強ければ強いほど。
”聖”勇者が魔術でオークエンペラーの気を引くためにしたのだろう。オークエンペラーの身体中から致命傷ではないものの血が滴り落ちている。
『グオォォォォォォ』
傷をつけられた怒りからだろう。金棒を地面に叩きつけ、”聖”勇者に向かって吠え、突進する。”聖”勇者は慌てることもなく武技の準備をしていた。そこに、金棒を振り下ろすオークエンペラー。”聖”勇者は武技でそれを迎え撃ち、オークエンペラーの持っていた金棒を斬った。そして”繋ぎ技”で剣を流れるように返し、オークエンペラーの左手に剣を振るった。しかし、切り傷一つ付けるだけで終わった。
「手こずっているな」
ポツリと呟きが漏れた。
「そうですね、やはりあのミニアトゥーラキーポ・パラゴとカンタロスを倒す時に使った魔術の負担でしょうか」
副団長も同じ意見のようだ。
「それもあるだろうな」
「普通、なりたての勇者が魔王幹部級を2対同時に倒すっていうのがすごいんですが」
「あれを見てしまうとどのくらい強いのかわからないぞ」
領主様が言う。
「あの歳でこの強さですか。末恐ろしいですね」
そう話し合っていると、”聖”勇者がオークエンペラーの首を刎ねた。しかし、それでもオークエンペラーは死なず、勇者に首が無くなったまま攻撃をしたのだ。さすがの”聖”勇者も驚き、剣を落としてしまった。”聖”勇者はそれでも慌てた様子がなく、両手を前にまるで剣を握るかのように出した。そしてその手から黒い魔素の塊が集まり渦を巻き、刀身を作り出した。かの有名な”鬼剣”の使う武技と属性魔素の併合ーー”属性剣”だ。
「「「なっ」」」
会議室にいた全ての人が驚いた。あの技は聞いたり見たりして使えるものではない。普通なら使った属性魔素で体に怪我を負い、下手をしたら死の危険まである。そもそも魔法において属性を付けるということは、その属性の影響を自分も受けるということを魔法を始めるにおいて徹底的に理解するまで教授される。よって、概念魔術が自分の意思で自分(相手)に影響を与える、与えないを決めることができると理解できていても、本能的な恐怖心で負けてしまいとても長い間、慣れるまで練習をすることになる。だからこの魔法を使えることができるのはほんの一握りだけだというのが常識。たとえできたとしても威力が上がるのにも時間がかかるので使おうとする人が少ないのも少人数だけが使っている理由に一役かっているかもしれない。
”聖”勇者はその”属性剣”を使いオークエンペラーをまるで解体するようにして九つに斬り分けた。さらには再生しないように”聖”魔術の”浄化の炎”を使い、属性魔素を取り払う。これではさすがのオークエンペラーも為す術なく命を散らした。
「強い……」
「これで5歳とは……」
「少し嫉妬しますね」
「嫉妬するのも烏滸がましく感じますよ」
”聖”勇者の戦いは圧倒的だった。これが勇者だとまざまざと見せ付けられた気分だった。本人にはその気がないのがまた余計にタチが悪い。
「……修行し直すか」
「どんなに頑張ったって勇者はもっと速いスピードで成長すると思いますよ」
「目標は高いほうがいい」
「どうでもいいですけど。書類の審査や報告をちゃんとしてからにしてくださいよ」
「なっ⁉︎殺生な」
「やらなかったら国の文官達が殺生なっていうに決まってます」
結局ながら、いやいや書類仕事をやる羽目になった。人生儘ならないものだと思った。
投稿日を忘れていました。
誠に申し訳ございません。