第3話 質疑応答
「ごちそうさまでした!」
ぱちん、と幼女は手を合わせて挨拶をする。なるほど、行儀はしっかりと身につけているらしい。
やはりこの子はどこかの金持ちの令嬢なのだろうか。あんな高そうなドレスに行儀の良さ、結構な世間知らず。ペットボトルの開け方を知らないまでとなると相当なものだ。そもそもペットボトル自体を知らなかったかもしれない。
「満足か?」
「うん!おにいさんのおむらいすとってもおいしかった!」
幼女は満面の笑みを男に向けた。純粋無垢な笑顔である。
その愛くるしさに男の胸はどきり。また少し頬を赤くする。しかし自分は大人でれっきとした男だ。それらしい態度を示さなければ。
「それはどうも。さっそくだが聞きたいことがある」
と自分の心落ち着かせながら幼女を大きな黒いソファに誘導し座らせる。男も同じように横に座った。
まず、聞かなければいけないこと。
「お前の名前はなんていうんだ?」
「わたしのお名前?セルアだよ!セルアっていうの!」
元気と自信たっぷりにそう言った。無邪気な笑顔がまた可愛い。
「そうか、セルアか」
(日本人の名前ではないな…確かにこの子は日本人らしい顔つきではない…?その判断は難しいな。まぁ構わない)
「セルア、名字はなんて言うんだ?」
「みょーじ?名前の上にくっついてる?」
「そうだ」
「う……えっと…はち、じょう?」
セルアは今度は自信が無いように首を傾げる。自分の名字にピンとこないのだろうか。
「名字を知らないのか?」
「う、うん…。あのね、わたしあんまりお外に出たことなくてみょーじを言うこともないから…えっと」
(なるほどな、それならあそこまで世間知らずなのもまぁ頷ける)
「そうか。なら仕方ないな」
ならば次に進もう。
「じゃあ次。セルア、お前はどこから来たんだ?」
「えっと、森のお屋敷!」
「森の屋敷?聞いたことないな」
「んふふ〜。秘密の不思議な森だもん!」
なんてセルアは得意げに言った。
男は少し考えた。
…まず、男が住んでいる都市や先程の公園周辺に森は無いのだ。ほとんどが高層ビルやマンションや住宅街で埋め尽くされている。 1番近いところでも15Km以上はかかる。そんな所からここまで徒歩で来たとでもいうのか?こんな小さな子がその距離を一人で歩いてこれるなど不可能なのだ。
「…途中まで誰かと来ていたのか?」
「ううんずっとひとりで…えっと」
セルアの言葉が詰まる。
「…あの、その」
セルアがもじもじし始めた。なにか言い難いことでもあるのだろうか。
「どうした?」
「…ううん、なんでもないの」
セルアはなにか言うのを諦めたらしい。しゅん、と体を縮めた。
まぁいい。言えないこともあるのだろう。心配だがこのままでは話が進まない。
「…じゃあ次だ。どうしてお前はあの公園にいた?」
「あの公園にいた理由?えっと、それは」
その瞬間。 セルアの顔が真っ青になった。
何かに気づいたかのように顔が青ざめ、目を見開き身体を震わせた。何かを思い出したかのように。自らの罪に気づいたかのように。
「セルア?どうしたんだ、大丈夫か?」
「あの、あのね」
セルアの体が小刻みに震え金色の瞳から涙が溢れだしてきた。男は驚いて咄嗟にセルアの小さな手を優しく握り背中をさすってやった。
「セルア、話したくないならそれで」
「ううん、ううん。ちゃんと話すの…」
ぽたぽたとセルアの涙がシャツに零れ滲む。涙ぐんで何度も涙を拭くセルアに男は胸を締め付けられた。
少しの沈黙が続きセルアは顔を上げて男の瞳を捉える。彼女はやっとその口を開いた。
「お姉ちゃんが死んじゃったの」
それがはじまりだった。
姉の死がすべてを変えた。