表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/103

9通目

レフ・ティルグ・ネイラ様


 わたし、チェルニ・カペラは、〈世界に数多ある真実のひとつ〉にたどり着いたのかもしれません。(この間読んだ冒険小説が、〈隠された世界の真実〉を求めて、巨大湖の底に潜っていくお話でした)

 何のことかというと、早く結果を出したいときほど、小さなことから始めるべきだと学んだんです。


 ネイラ様からの手紙で、〈手編みのセーターを着てみたい〉と書いてもらったので、早速挑戦してみることにしました。

 まず、いつも行く本屋さんで、〈素敵な手編みのセーター 図案集〉っていう、すごく綺麗な挿絵のついた本を購入。ネイラ様の瞳の色にちょっとだけ似ている、柔らかな灰色の毛糸も買いました。何種類かの灰色が混ざり合った、なかなか高級っぽい毛糸です。お父さんにもらったお小遣いが貯まっていたので、悩まずに買えました。

 ネイラ様のルビーみたいに綺麗な髪には、きっと似合うだろうなって嬉しくなって、この時点で、半分以上成功したようなものだと思っていたんです、わたし。

 

 家に帰って、目的のセーターの図案を開いて、編み棒を手に取って、慎重に編み始めて、本を一冊読み終えるくらいの時間がたったところで、ようやく気づきました。チェルニ・カペラは、全然、まったく、少しも、手芸には向いていません。

 編み物の図案って、古代の暗号か何かなんでしょうか? 編み物用の棒針って、手を傷つける凶器として開発されたんでしょうか? まっすぐに編んでいるはずなのに、どうして放射線状に広がっていくんでしょうか? そもそも、三百ページの小説を読破するだけの時間をかけて、ほんのちょっとしか編めないって、おかしくないですか??


 ショックを受けたわたしは、どう見てもネイラ様が二人くらい入りそうな、〈二目ゴム編みの裾五段分〉を持って、アリアナお姉ちゃんに相談に行きました。(なんとなく恥ずかしくて、お姉ちゃんにも内緒で編みはじめたんです)

 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、わたしの差し出したセーター予定の物体を見て、〈あ〉の形に口を開けたまま、ちょっとだけ固まりました。そして、エメラルドみたいに綺麗な瞳を泳がせながら、〈チェルニには、セーターは、ほんのちょっとだけ早いかもしれないわね〉っていったんです。

 

 アリアナお姉ちゃんからの、実質的な敗北宣告を受けて、わたしは悟りました。初めての編み物で、不器用なわたしが、〈超絶技巧の編み込みセーター〉は無理でした。ネイラ様に良い格好をしたくて、やりすぎました。反省しています。

 お姉ちゃんに慰めてもらい、いろいろと教えてもらったので、今は〈かぎ針編みのショートマフラー〉の制作に移行しています。今年は、それで我慢してくれますか? 同じ毛糸を使うので、とっても素敵な灰色なんです。

 あんまり下手だと、ネイラ様に差し上げるわけにはいかないので、受験勉強の合間に頑張ってみますね。十年くらいしたら、それなりに技術も向上すると思いますので、セーターの方は、それまで気長に待っていてもらえると嬉しいです。


 あれ? まだセーター制作に挫折したことしか書いていないのに、すでに長くなってしまいました。〈巫覡ふげき〉のこととか、受験勉強のこととか、お父さんの作ってくれるご飯のこととか、校長先生のこととか、神霊術の実技のこととか、書きたいことはいっぱいあるのに。

 ネイラ様に手紙を書いていると、どんどん長くなって、あっという間に時間が経ってしまう気がします。不思議ですね。


 というわけで、また次の手紙でお会いしましょう!



     お姉ちゃんに手伝ってもらわず、自力で完成させる決意のチェルニ・カペラより




        ←→




常に真実に向き合っている、チェルニ・カペラ様


 わたしが不用意なことを書いてしまったばかりに、きみに多大な労力を使わせ、お小遣いまで減らしてしまったのですね。とても申し訳なく思いますが、反面、わたしのことを考えて、きみが心を砕いてくれたことに、喜びを感じている自分もいます。

 わたしにとって、寄せられる好意のほとんどはわずらわしく、押し付けがましいものだったというのに。現金なことだと、我ながら呆れています。きみのおかげで、わたしは日々、未知の自分自身と向き合っているのでしょうね。


 ともあれ、きみに大きな負担を強いるような真似はできませんので、セーターやショートマフラーというものについて、わたしの方でも少し調べてみました。

 王国騎士団で、わたしの副官を務めてくれる騎士の一人が、手芸の得意な奥方を自慢していたことを思い出し、いろいろと教えてくれるように依頼したのです。


 わたしが知りたかったのは、セーターやショートマフラーを編むために必要な時間、毛糸の購入にかかる費用、製作の難易度といったことです。

 それほどむずかしい質問ではないと思ったのですが、話を聞いてくれた副官は、目を見開いて絶句していました。意図を正確に伝えるために、きみとの手紙のやり取りについても、大まかに説明したのに、なぜか理解が追いつかなかったようです。いつもは、とても優秀な副官なのですが。


 結果的には、その副官が、奥方から答えを聞き出してくれました。わたしが想像していた以上に、セーター製作というのは、根気のいる作業なのですね。わたしは、十年でも二十年でも待っていますので、どうか気にしないでください。

 そして、きみが作ってくれるショートマフラーも、楽しみでなりません。きみの行為に甘えるようで、大変申し訳ないのですが、よろしくお願いします。

 

 お返しに、わたしもきみのためにマフラーを編もうかと思ったら、部下たちから真剣に止められてしまいました。きみを幻滅させるだけだから、止めておいた方がいいそうです。世間一般の常識というのは、わたしにはむずかしい面があるのかもしれません。

 試しに、紅い鳥にたずねてみたら、〈羽根をあげるから、それを編み込め〉とか、〈羊を司る神霊に毛を分けてもらおう〉とかいう意味のことをいわれてしまいました。それはそれでどうかと思い、少し悩んでいるところです。


 きみと同じように、編み物の話題だけで、手紙が終わりそうな長さになってしまいました。わたしも、とても不思議な気持ちになります。


 本格的に秋の気配が漂ってきたので、きみの父上が焼いておられたりんごパンも、今年は終わってしまったのでしょうね。いつの日にか、きみの大好物のりんごパンを食べさせてもらいたいと、心待ちにしています。


 では、また。次の手紙でお会いしましょう。



     サクラ色のショートマフラーを編む気になっていた、レフ・ティルグ・ネイラ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 部下に止められたところで声出して笑ったw その後で紅い鳥氏が羊の神霊から毛をむしりとろうとしてて更に笑ったwww
[一言] はやく結婚してくれ…と思いました。 10年後も20年後でも手編みのセーターを待つ気でいるんですか…?この手紙を見せられた第三者のなんとも言えない気持ちがわかってしまう。 無自覚な恋は厄介だな…
[良い点] 二人が当たり前のように10年後も、20年後も、交流してるって思ってること [一言] チェルニちゃんは多分ネイラ様がマフラー編んでも幻滅はしないんじゃないかと思います。 ネイラ様って天然さ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ