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幕間書簡(6) ジョナサン・ヨンドリヲとローレン・パテオ

幕間書簡(6)


ジョナサン・ヨンドリヲとローレン・パテオ


〈ルーラ王国一の手芸店・雑貨店チェーンを営むジョナサンと、他国にまで入手ルートを持つ繊維・毛織物問屋の経営者であるローレンとの書簡〉




   ∞




ローレン・パテオ様 御貴下


 敬愛するあきないの先達せんだつにして、我がヨンドリヲ商会の恩人の一人でもあられるローレン殿に、一筆啓上けいじょう申し上げます。  

 日頃は、当商会をお引き立ていただき、誠にありがとうございます。貴商会からご提供いただいている、上質にして個性溢あふれる品々のお陰で、当商会の評判も良いものになっているのだと、商会員一同、深く感謝しております。


 本日は、通常のお取引とは別に、お力を貸していただきたい最重要案件があり、こうして手紙を書かせていただいております。貴商会の担当者殿には、頭越しに話を進めるつもりはなく、あまりにも重要であるがゆえに、ローレン殿に一筆添えさせていただいた旨、お口添えをお願い申し上げます。


 ……ということで、ローレン。助けてくれよ! 何か、とんでもない頼まれごとをしちゃったんだよ。とにかく、毛糸を集めてほしいんだけど、注文がむちゃくちゃなんだ。〈我らがルーラ王国の国花たる桜を思わせる、美しく優しく、清々しくいとけなく、見る者の心を洗うような色目の毛糸〉が必要なんだってさ。

 前半は良いよ、まだ。桜色の毛糸ならいくらでもあるし、美しく優しい色合いも、ローレンなら簡単に揃えてくれるだろう? けど、〈清々しく幼い〉って何? 〈心を洗うような色目〉って、毛糸に使う形容詞じゃないよな?


 注文の単位は、ほんの数玉。マフラーを編む程度で良いらしいんだけど、数玉だろうが数百玉だろうが、むずかしいことには変わりないよな? わかってる。わかってるんだけど、助けてほしい。それらしい毛糸を並べて終わり……なんてことは、絶対にできない相手なんだよ。

 私がヨンドリヲ商会を継いで三十年、同じ頃にパテオ商会を継いだローレンとは、もう長い付き合いだ。若さや未熟さに任せて、お互いに腹を立てたこともないじゃないが、いつでも真正直な商売をしてくれるローレンは、得難えがたい親友であり、私にとって兄にも等しい男だと思っている。だから、打ち明けるけど、毛糸の注文主はルーラ王国の王国騎士団だ。正確にいうと、王国騎士団が窓口となって、団長閣下のお求めを伝えてこられたんだよ。

 

 ルーラ王国騎士団の団長閣下といえば、この世にたった一人、レフ・ティルグ・ネイラ様しかおられない。畏れ多くも、ネイラ様からのご依頼だぞ? 信じられないけど、王国騎士団の副官方、それも筆頭副官であられるマルティノ・エル・パロマ子爵閣下が、直々に商会をご訪問になられたんだ。信じるしかないし、ご期待に添えなければ、この首を捧げたって追いつかないじゃないか! どうしよう。どうしたら良い? 助けて、ローレン!



     親友のジョナサンより         




        ←→




困ったジョナサンへ


 あのな、兄弟。良いから落ち着け。手紙をもらって、すぐに駆けつけようかと思ったんだが、最低限の事情を把握して、商品の見込みをつけてから会った方が早いと思ったので、先に手紙を送ることにしたよ。読んだら、すぐに返事を書いてくれ。良いな?


 まず確認だ。依頼主はルーラ王国騎士団の団長閣下で間違いないんだな? 筆頭副官のパロマ子爵閣下は、パロマ侯爵閣下のご嫡男で、近い将来、パロマ侯爵家をお継ぎになるはずだ。その子爵閣下が、王国でも屈指の商会とはいえ、いち商家に足をお運びになるんだから、確かに最重要案件だろうな。

 

 王国騎士団の団長閣下といえば、口に出すのもおそれ多いことながら、生まれながらの〈神威しんいげき〉であられ、国王陛下に対してさえ、一度も頭をお下げになったことのないお方だ。このルーラ王国において、どなたが頂点に君臨しておられるのか、それなりの力を持った者なら、誰でも知っている。

 その団長閣下が、毛糸をお求めになられるなら、何かの神事にお使いになられる可能性が高くないか? 用途は聞いていないのか、ジョナサン? もし、何か聞いているようなら、小さなことでも良いから教えてほしい。国家機密に関わることなら、教えていただけないとは思うがな。


 それから、毛糸の色目以外で、何かご指定はなかったのか? 素材とか太さとか毛糸の形状とか糸の〈より〉の強さとか。条件がはっきりしている方が、探しやすくなるから、できるだけ詳細に頼む。


 団長閣下がお求めの商品を探させていただけるとは、商人にとってこの上のないほまれだ。私に声をかけてくれて、ありがとう、ジョナサン。一緒に全力でやろうじゃないか。万が一、お求めに応じられず、おとがめがあったら……二人仲良く首でも捧げようか。なぁ、兄弟?



     ローレン




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相棒で兄弟のローレンへ


 ありがとう、ローレン。送ってもらった手紙を読んで、ありがたさに涙が出て、それでようやく落ち着いたよ。そうだよな。私は、一人じゃないんだよな。一緒に首をかけてくれるような、得難い相棒がいるんだよな。本当に嬉しかったよ。ありがとう。


 さて、ご質問の用途だが、パロマ子爵閣下が仰ったんだ。〈我らが団長閣下、この世の輝ける太陽たる御方様が、《お友達》になられた稀有けうなるお嬢様にお贈りするため、閣下(おん)(みずか)ら、ショートマフラーを手編みなさりたいとの仰せである。初心者向けの教本と共に、お嬢様の髪色に似た毛糸を用意してほしい〉と。


 あ、今、白目になっただろう、ローレン? わかる。わかるよ。私だって、パロマ子爵閣下がそう仰った瞬間、気が遠くなったからな。パロマ子爵閣下も、ほかの副官方も、ものすごく真剣であられたんだが……正直、正気を疑うよな? 聞き間違いか、からかわれているのか、何かの暗号なのか、とにかく言葉通りの話ではないと思うんだがな……多分。


 毛糸については、細かい指定はなさらなかった。ただ、〈軽く柔らかく、手触りに優れた毛糸〉がご所望らしい。毛糸の用途が、本当にパロマ子爵閣下の仰せの通りなら、適切な選択だろう。ははは……はは。


 この手紙を読んだら、会ってくれ、ローレン。うちの商会でも良いし、こちらから訪問させてもらっても良い。返事を待ってるよ。



     ジョナサン




        ←→




ジョナサンへ


 今から行くよ。さっきの手紙の内容は、とても一人では受け止められないからな。二人で食事でもしながら、ゆっくり話し合おう。(私は、ルーラ王国が誇る、最強にして至高の王国騎士団を、信じる!)



     取り急ぎ、ローレン

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― 新着の感想 ―
[一言] 思ったより広範囲に混乱が撒き散らかされてルー! いやこれ、顧客の情報漏洩…?でも問屋だからセーフか…いやいや、そもそも注文の仕方が、そんな赤裸々でいいのか?誰が何のためにって、もうちょいぼ…
[一言] ネイラ様商会の方々にも自分の部下達にも色んなプレッシャーと苦労をかけてたのねえ… 商会への注文が細すぎるし部下の皆さんとのやり取りに腹筋と顔筋が痛いです 次は誰と誰とのやり取りなのか、楽しみ…
[一言] 結構詳しい事情が、商人さんにまで伝わってるね!? ここに相手の女の子が14歳という情報が加わったら、更に騒ぎが大きくなるんだろうな…。 ネイラ様からの手紙では、チェルニちゃんの髪の毛の色に似…
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