表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/103

51通目

レフ・ティルグ・ネイラ様


 クローゼ子爵家の事件に巻き込まれたことによって、わたしは、いろいろなものを目にしました。嫌だなって思うものもあって、それ以上に、見られて良かったと思うものも、たくさんありました。だから、わたしは大丈夫です。

 ネイラ様が、わたしのことを心配してくれる気持ちは、とってもうれしいです。でも、わたしは、本当に大丈夫なので、〈神罰を下す〉とか、〈業火で焼き尽くす〉とか、危ない冗談はいわないでくださいね? アマツ様のことは、この一部分に限ってまったく信用できないので、ネイラ様が頼りなんです。どうか、よろしくお願いします。


 ということで、今回の手紙では、フェルトさんのことについて、書いてみたいと思います。なぜかっていうと、フェルトさんのかっこ良さも、見られて良かったと思うものの一つだからです。

 アリアナお姉ちゃんを前にすると、すぐに真っ赤になったり、口ごもったり、硬直したりするフェルトさんですが、今回の事件では、とっても凛々しかったんですよ。わたしの手紙を読んでくれているネイラ様には、信じられないかもしれませんが、これは本当です。(アリアナお姉ちゃんといるときのフェルトさんは、いつもの十倍はポンコツです。すっごく幸せそうだから、別に良いんですけど)


 クローゼ子爵家の人たちから、最大の標的にされていたフェルトさんは、今日、犯人たちに誘拐されていきました。すごい書き方ですけど、正確な事実です。ヴェル様やマルティノ様の指示で、守備隊の本部から誘拐された振りをして、犯人たちの拠点に乗り込んでいったんです。(このあたりの経過は、ヴェル様やマルティノ様から、詳しく報告されていると思います)

 事件の初めから、我慢して我慢して、クローゼ子爵家への怒りを溜めていたフェルトさんは、犯人たちが拠点にしているお屋敷で、遂に大爆発しました。たった一人で、二十人以上いたはずの犯人たちを、圧倒しちゃったんです。


 スイシャク様のお陰で、その様子を見ることのできたわたしは、思わず口を開けて固まってしまいました。だって、すごかったんですよ、フェルトさん!

 剣を抜いてしまうと、うっかり犯人を殺しちゃうかもしれないからって、丸腰のままだったフェルトさんは、力を司る神霊さんの術を使いました。薄っすらと金色の光に包まれたフェルトさんは、ちょっと怖いくらいの迫力でした。


 馬車の鉄扉を蹴って、轟音ごうおんとともに吹っ飛ばす。犯人を殴って、遠くまでぶっ飛ばす。犯人が斬りつけてきたなたを、素手で軽々とつかんだかと思うと、ぐしゃって音がしそうな勢いでつかみ潰す。犯人の片足を握って、タオルみたいに空中で回転させる。挙げ句の果ては、ぶんぶん振り回した犯人の身体で、周りにいた犯人たちをなぎ倒す……。

 十四歳の少女であるわたしは、大人の男の人が戦っている場面なんて、今日まで一度も見たことはありません。ありませんけど、フェルトさんの戦い方って、いくら何でもおかしくないですか?


 力を司る神霊さんは、文字通り、とっても強い力を与えてくれる神霊さんだから、めったに印を授けないんだって、聞いたことがあります。フェルトさんの戦い方を見たら、そうだろうなって思いました。ちょっと力持ちになるくらいの術ならともかく、強い力を使える人が、もしも悪人だったら……って、考えるだけで怖いですよ。


 あれ? フェルトさんが、とってもかっこ良かったって書くだけのつもりだったのに、力の神霊術が怖いっていう話になっちゃいました。まあ、あれだけ衝撃的な戦い方を見たら、仕方のないところだと思います。


 ということで、また、次の手紙で会いましょうね。



     成人するより前に、ネイラ様に会いたいと願っている、チェルニ・カペラより




        ←→




困難に直面しても挫けそうにない、強い精神力が輝かしい、チェルニ・カペラ様


 きみの手紙を読んでいると、わたしは、いつも何らかの感情を呼び覚まされます。今回でいえば、それは〈いじらしい〉という気持ちでしょうか。

 突然、大きな事件に巻き込まれ、怖い思いをしているであろうきみが、前向きに物事と向き合おうとする様子が、いじらしく思えてなりません。〈神罰を下す〉というのは、もちろん冗談ではありませんが、きみが大丈夫だというのなら、きみの判断を尊重しましょう。ただし、少しでもつらいと感じたら、必ずわたしに教えてください。約束ですよ。


 きみの手紙からすると、フェルトさんは、かなりの神霊術の使い手ですね。力の神霊術を使える者は、確かに多くはありませんし、フェルトさんほどの力を発揮できる者は、さらに希少だといって良いでしょう。

 先代の近衛騎士団長だったマチアス卿は、素手で巨大な岩を砕くほどの、素晴らしい力の神霊術を使うことができる方で、当時も今も〈近衛の誇り〉〈騎士の中の騎士〉と呼ばれています。フェルトさんは、そのマチアス卿にさえ、追いつく可能性を秘めているのではないでしょうか。


 わたしが、力の神霊術を使うことは、よく知られているそうですね。正確にいうと、わたしは神霊術を使っているわけではなく、もっとも身近に存在する神霊の一柱ひとはしらが、力を司る神霊である□□□□□□□□□□□□なのですが。

 力の神霊は、きみのいう〈アマツ様〉と共に、常にわたしの側近くにいてくれます。意外にも〈人の子贔屓(びいき)〉で、平気で人前に顕現けんげんする〈アマツ様〉とは違い、あまり人の目に映ることを望まない神なので、その姿を目にしたことのある者は、わずかでしょうね。


 騎士たる者にとって、力を司る神霊と、剣を司る神霊は、特別な存在だと考えられています。そして、ルーラ王国では、このいずれかの神霊の印を持つ者が、騎士団の団長となる場合が少なくありませんでした。

 しかし、逆にいうと、力と剣、いずれの印も持たない者が騎士団長となったときは、軽んじられる危険性もあるのです。神霊が印を授けるのは、人の子には理解できない〈ことわり〉のなせるわざであり、神霊術に優劣があるわけではないというのに。


 思えば、今回の事件を引き起こした、先代のクローゼ子爵などは、神霊術に翻弄されていたのかもしれません。祖父である先先代のクローゼ子爵や、仮初かりそめの父であるマチアス卿が、力の神霊の印を持っていたのに、自分には授けられなかったことが、道を踏み外す上で、一つのきっかけになったのではないでしょうか。

 先代のクローゼ子爵を許せるはずはなく、同情する価値もありはしませんが、そう思うと、哀れとは思います。


 今までのわたしであれば、こうして感傷を呼び覚まされるなど、思いもつかなかったでしょう。これは、きみがいてくれてこそ、生まれた戸惑いなのだと考えれば、とても不思議な気がします。


 では、また。次の手紙で会いましょうね。



     あと何通で、事件が終わりを迎えるのかを考えている、レフ・ティルグ・ネイラ



追伸/

 きみが望んでくれるのなら、成人前であっても、会いに行かせてもらいたいと思います。わたしの部下や両親と一緒であれば、きみの父上にお許しいただけるでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 危ない冗談…確かに危ないけど全く冗談ではないというのが一番危ないわ フェルトさんの上位互換がマチアスさんで、ネイラ様は完全に別格ということかしら。今はまだ読めないし書けないネイラ様の身近にお…
[一言] > 〈神罰を下す〉というのは、もちろん冗談ではありませんが で す よ ね 〜 ! 知ってた…知ってたけどアカンやつやコレェ…! > 少しでもつらいと感じたら、必ずわたしに教えてください。 …
[一言] チェルニちゃんと手紙のやり取りを繰り返すうちに色んな勘定が生まれてるネイラ様。 「いじらしい」だと、まだまだ庇護者感からくるものが強そうだから、もう一歩進んでほしいところ。 でもチェルニちゃ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ