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レフ・ティルグ・ネイラ様


 お父さんのキャラメルを喜んでもらえて、わたしもうれしいです。ネイラ様のお母さんが、一日に食べる数を決めちゃった話をしたら、うちのお父さんも、とっても喜んでいました。ブランデーケーキとは別に、キャラメルも定期的にお届けするそうなので、召し上がってくださいね。(お菓子ばっかりで忘れそうになるんですけど、お父さんのパンやお料理だって、ものすごくおいしいんです。本当に、いつか食べにきてほしいです)


 実は、キャラメルって、作り方はわりと簡単なんです。材料をお鍋に入れて、火にかけて、焦がさないようにひたすら混ぜるだけ。簡単だからこそ、作る人によって、出来上がりに大きな差が出るんですけどね。

 うちのお父さんは、キャラメルを作っている間、絶対にお鍋の前から離れません。お鍋をじっと見つめたまま、ぐるぐるぐるぐる、木べらでかき混ぜてます。(調理器具の木べらって、わかります?)かなり時間がかかるので、退屈しないのかなって思ったら、その間はずっと歌を歌ってるんだそうです。


 料理に唾液が飛んだりすると大変だから、清潔第一の〈野ばら亭〉の厨房では、お鍋やフライパンの前にいるときは、会話は禁止です。もちろん、歌うなんてとんでもないことなので、口を閉じて、声を出さないようにして、頭の中だけで歌うんです。

 いつもじゃないけど、料理を作っているうちに、音楽が流れてくることがあるんだって、お父さんはいってました。歌の種類はいろいろで、流行りの歌もあれば民謡もあるし、一度もお父さんが聞いたことのない、変わった旋律もあるらしいです。そして、たくさんの歌が流れてくるときほど、料理もおいしくなるんですって。不思議ですね。


 ネイラ様に送るキャラメルを作るときは、アリアナお姉ちゃんも手伝っていました。お父さんが、何となく〈アリアナがいた方がいい〉って思ったからです。

 うちの家の台所で、お父さんが真剣にお鍋をかき回して、その少し後ろでは、アリアナお姉ちゃんが、ずっとお父さんが決めた歌を歌っていました。お父さんがくるっと振り向いて、〈アリアナ、《日輪はきらめきて》を歌ってくれ〉とか〈次は《月光の乙女》だ〉とかいうと、お姉ちゃんは、鈴みたいに綺麗な声で、いわれた通りの歌を歌ったんです。

 かなり意味不明な光景だったんですけど、スイシャク様とアマツ様は、すごく喜んでいました。神霊さんにとっては、きっと意味のあることなんでしょうね。


 ネイラ様に食べてもらうんですから、当然、わたしも手伝おうとしましたよ? でも、〈わたしも歌っていい?〉って聞いたら、お父さんは、断固として拒否したんです。〈すまん、チェルニ。最愛の娘の願いでも、味だけは落とせない〉って。ちょっとひどくないですかね、お父さんってば。

 わたしは、そりゃあ音痴ですけど、歌の上手い下手は、関係ないと思ったのに。いつも優しいスイシャク様とアマツ様も、わたしのいうことは何でも賛成してくれるお姉ちゃんも、黙って目をらしていましたよ……。


 そういえば、スイシャク様とアマツ様に一緒にいてもらって、ヴェル様に勉強を教えてもらって、スイシャク様の雀で情報収集をしているうちに、クローゼ子爵家の事件も、終盤に差しかかったんですよね? 本当にあっという間だったし、あんまり危険だったっていう実感もありません。

 わたしってば、本当に何の役にも立ちませんでしたけど、十四歳の少女は、大人しく守ってもらうのが仕事ですもんね。開き直って、残りの時間もしっかりと守ってもらいたいと思います。スイシャク様とアマツ様の紅白の光で、ぐるぐる巻きにされているので、ネイラ様も、どうか安心してください。


 では、また。次の手紙で会いましょうね!



     いろいろと不器用であることを自覚しつつある、チェルニ・カペラより




        ←→




歌はともかく、とても愛らしい声をしていると思う、チェルニ・カペラ様


 宛名を書いたところで、しばらくペンが止まりました。〈歌はともかく〉というのは、ひょっとすると失礼だったでしょうか。書き直そうかとも思ったのですが、きみに送る手紙には、そのときの素直な気持ちをつづろうと決めているので、そのままにします。気分を悪くさせてしまったら、すみません。


 そういえば、作り方は簡単だというキャラメルは、とても手間のかかる菓子だそうですね。きみの父上が作ってくれたキャラメルを、両親と一緒に食べているときに、母の侍女から教えてもらいました。作る量によっては、一時間も鍋をかき混ぜなくてはならないと聞いて、大変驚きました。

 わたしたちが簡単に口にしている一粒に、どれほどの手間がかかり、どれほどの誠意が込められているのかを考えると、すぐには言葉も出ませんでした。わたしにとって、食べ物とは、〈自動的に目の前に並べられるもの〉であり、作る人の手間も、そこに込められた思いも、何ひとつ理解していなかったのではないかと、恥ずかしくなりました。これで、また、きみに教えられましたね。ありがとう。


 前々から思っていたのですが、きみの父上は、神職に近い感性を持っているのではないでしょうか。神霊庁では、神事用の〈神饌しんせん〉を作るときに、神楽かぐらを受け持つ神職を控えさせ、歌舞をそうすることがあります。場を清らかにし、少しでも神霊の心に沿うような〈神饌〉を作るためです。

 きみの父上は、無意識のうちに、同じことをしていたのではないでしょうか。また、その父上に見込まれたアリアナ嬢も、神職としての才があるように思います。きみは……特別な才能を持った人なのですから、音痴だとしても、あまり気にする必要はないのではないでしょうか。本当に。


 ブランデーケーキやマロングラッセに続き、大変な手間のかかるキャラメルを、たくさん送ってもらったのだからと、わたしの両親が、きみの父上へのお礼を用意しています。値の張るものを送ったりしたら、喜ばれないばかりか、心証を悪くしてしまう可能性が高いと思い、わたしが許可したものだけを送るように、固く約束してもらいました。

 具体的にいうと、ネイラ侯爵家の領地から届いた何種類かの果物を、一応常識の範囲内といえるだけの量、用意しています。父も母も、〈レフに常識を問われる日が来るとは……〉とつぶやいていたのは、聞かなかったことにしています。


 クローゼ子爵家の事件が終わったら、きみの自宅に届くよう手配する予定です。白桃は特に美味しいと思いますので、きみも食べてくださいね。


 では、また、次の手紙で会いましょう。



     きみがしっかりと守られてくれることに、大変に感謝している、レフ・ティルグ・ネイラ

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― 新着の感想 ―
[良い点] > 〈レフに常識を問われる日が来るとは……〉 これ、ほんと、これ! チェルニちゃんに出会えて、本当によかったねぇ(親戚のおばちゃん感) [一言] 味、落ちちゃうんだ……そっか……。味落ち…
[一言] チェ…チェルニちゃんは祈祷だけで、御神霊に十分なものをお渡しできるから大丈夫だよ…(震え声) どれだけ行程が簡単なものでも、お父さんが作るものが神饌たりうるものになるのは、そこに込められた歌…
[一言] ネイラ様のご両親のぼやきに吹いてしまいました。確かにネイラ様に常識を説かれるのはなんかこう腑に落ちないものを感じますね チェルニちゃんのお父さん、無自覚に神饌を捧げてるんですね〜。そして神…
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