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41通目

レフ・ティルグ・ネイラ様


 ネイラ様ってば、あのショートマフラーを、ご両親や部下の方々に見せて歩いたって、本当ですか? 本当に本当ですか? 嘘ですよね? いや、ネイラ様は、嘘なんかつきそうにないから、冗談なんですよね? ね?


 ……。ここまで書いて、何とか落ち着きました。でも、優しくて親切で素敵なネイラ様は、実はちょっと変わっておられるのではないかという、わたしのかねてからの疑問は、今日、確信に変わりました。ネイラ様ったら、行動がぶっ飛んでますよ!


 そもそも、〈懸命な編み目がいじらしい〉って、編み物に対して、そんなめ言葉、聞いたこともありません。簡単にいうと、下手くそっていうことですよね?

 ネイラ様が、本気で褒めてくれていることは、ちゃんとわかっています。ちゃんとわかっていますけど、マフラーに〈いじらしい〉っていう表現は使わないと思うんです、普通。

 わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんは、完成したマフラーを前に、微妙に目を逸らしながらいいました。〈良いと思うのよ、チェルニ。一生懸命に編んだんだって、一目でわかるから〉って。つまりは、そういう褒め方をするしかなかったんじゃないでしょうか。


 ネイラ様だったら、下手くそなマフラーでも、きっと喜んでくれるだろうって、わかっていました。人を見る目のある少女ですから、わたし。

 でも、でも、ネイラ様のお父さんやお母さん、王国騎士団の部下の方々が、どう思われたのかと想像すると、とっても複雑です。わたしが、不器用な少女だってことじゃなく、その、ネイラ様がどう思われるのかなって……。


 お父さんやお母さんは、何といっておられました? あと、ネイラ様の副官の方々って、わりと、何というか、ネイラ様を神聖視している方が多いんですよね? ショックを受けて、泣いちゃったりしませんでした?

 わたし、チェルニ・カペラ十四歳は、ネイラ様の評判とか、体面とかっていうものが、ちょっとだけ心配です。まあ、実際のところは、〈少女の下手くそな贈り物でも喜んであげる、優しくて大人で人格者のネイラ様〉っていう評価に、落ち着くとは思うんですけど。


 ちなみに、ネイラ様のお手紙を読んだわたしが、うんうんうなっていると、マルティノ様が、優しく尋ねてくれました。〈どうかなさいましたか、お嬢様?〉って。

 混乱真っ最中だったわたしは、うっかり、マルティノ様に打ち明けてしまいました。わたしの下手くそなマフラーのせいで、ネイラ様が笑われちゃったりしたら、申し訳なさすぎるって。


 マルティノ様は、表情をほころばせて、いいました。〈我らが団長がお喜びとは、誠にありがたいことでございます。部下一同になり代わり、衷心ちゅうしんより御礼申し上げます、お嬢様。我らが王国騎士団に、団長のお喜びを己が喜びとせぬ者など、ただの一人もおりませんので、どうかご安心くださいませ。万が一、その月の満ち欠けにも等しき道理がわからぬとあれば……〉。

 マルティノ様ってば、どうして最後、口をつぐんで微笑むんでしょう? どうして、優しい瞳から光が消えちゃうんでしょう? マルティノ様って、穏やかな人格者……なんですよね? ね?


 ともあれ、ネイラ様が喜んでくれたことは、わたしも、とっても嬉しかったです。ありがとうございました。

 では、また、次の手紙で会いましょうね。



     王国騎士団って、少女には理解できないところのある組織だと思う、チェルニ・カペラより




        ←→




その率直さで、常にわたしを楽しませてくれる、チェルニ・カペラ様


 きみにもらった手紙を読んで、思わず声を出して笑ってしまいました。わたしにとっては、ごく自然な行動だったのに、きみを心配させてしまったのかと思うと、自分自身の世間知らずに、笑いが込み上げてきたのです。

 わたしは、自分が人からどう見られるかなど、あまり考えたことがありませんでした。きみの手紙を読んで、自分の行動を客観的に振り返ると、確かに恥ずかしい気持ちになるものですね。


 ただし、〈懸命な編み目がいじらしい〉というのは、〈下手くそ〉という意味ではありませんよ? ほんの少しばかり、編み目が詰まっていたり、真っ直ぐではなかったりするのも、大変に可愛らしく、いじらしく思えてなりません。きみの心の素直さや誠実さが、ひと目でわかる贈り物でした。

 きみのマフラーを手に取り、自分の行動を振り返っているうちに、わたしにも、気づいたことがあります。近い将来、きみにも、聞いてほしいと思っています。これは、約束ではありませんが。


 わたしの評判については、心配してもらわなくても大丈夫なようです。わたしの父は、最初こそ微妙な表情で硬直していたものの、しばらくすると、急に目を見開いて、〈瑞兆ずいちょうだな、レフ!〉と叫び、馬に乗ってどこかに行ってしまいました。

 父なりに、喜んでくれていたとは思います。わたしとしては、めったにない唐突さを見せた、父の評判の方が心配なくらいです。


 わたしの母は、大変に常識的で、穏やかな反応でした。わたしの許可を得て、マフラーを手にすると、〈何て可愛らしいんでしょう。素敵なお嬢様ね〉と、嬉しそうに微笑んでいましたから。

 先代王の姪である母は、家庭的な手編みのものを、目にする機会がなかったらしく、とても興味を持ったようでした。刺繍などは、かなり上手な母ですので、自分でも習い始めるかもしれませんね。とりあえずは、求められるまま、わたしが参考にした〈基礎から学ぶ 美しき手編みの世界〉という本を渡しておきました。


 わたしの部下たちは……大丈夫です。詳しくは、また書かせてもらいます。


 では、また、次の手紙で会いましょう。もう何日かしたら、きみも、きみのご家族も、自由に過ごせるようになると思いますので、安心してくださいね。



     マルティノだけは、穏やかな人格者だと信じることに決めている、レフ・ティルグ・ネイラ

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― 新着の感想 ―
[一言] これまで浮世離れしていた息子が、女の子からのプレゼントを自慢してくる…そりゃレフ父も瑞兆だな!と飛び出していくのもわかる…のか?w 行先は宰相のところかな(ツーカーなイメージ) もうここ数日…
[良い点] マルティノさん……で す よ ね ! [一言] つらい!公開処刑というより、公開青春真っ只中が、ほんとに、つらい! 文通して、慣れない編み物して、でも喜んでもらえて…、それを周囲の両親やら…
[一言] マルティノさんの目の光がー! マルティノさんは穏やかな人格者だと信じることに決めているって、それ自身に言い聞かせてるってことですよねネイラ様 全体的に可愛くて可愛くてニヤニヤしてしまいま…
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