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レフ・ティルグ・ネイラ様


 すっかり秋らしくなって、朝夕は肌寒いくらいになりましたね。風邪とか、引いてらっしゃいませんか? 毎日、たくさんご飯を食べて、ちゃんと寝ていますか? たくさんの人にとって、大切なネイラ様なんですから、身体には気をつけてくださいね。(今回は、常識的な感じで、手紙を書き始めてみました)


 ご飯といえば、昨日の晩ごはんは、すごく特別なものだったんです。何しろ、スイシャク様とアマツ様に捧げる〈神饌しんせん〉で、素敵な執事さんのヴェル様まで、一緒に食卓を囲んだんですから。


 スイシャク様が力を貸してくださるお陰で、今のわたしは、いろいろなものを見聞きすることができます。クローゼ子爵家の様子とか、守備隊にいるフェルトさんの姿とか、クローゼ子爵家の使者たちの言動とか……。

 その結果、嫌な気分になっちゃったので、わたしの大好きなお母さんが、〈ご飯を食べましょう!〉って宣言したんです。ヴェル様が来てくれた、記念すべき日だから、〈歓迎会をしましょう!〉って。

 そうしたら、スイシャク様とアマツ様まで、〈厄落としに神饌とは剛気ごうき〉っていい出して、皆んなでお父さんのご馳走を食べることになったんです。


 神饌って、いくつか決まり事がありますよね。〈鳥肉以外の肉類は禁止〉とか〈香りの強い野菜は不適切〉とか〈魚は尾頭つき〉とか。お父さんは、この決まり事を守りながら、たくさんの料理を作ってくれました。

 花畑みたいに飾られた生野菜のサラダに始まって、透き通った金色の魚介のスープ、純白の塩で蒸し焼きにした桜鯛、狐色に輝く揚げ鶏、色とりどりの野菜が宝石みたいに輝くゼリー寄せ、オレンジのソースが爽やかな鴨のソテー、ふんわりと膨らんだ黄金色のスフレオムレツ、何種類もの焼き立てパン……。


 うう。思い出したら、また食べたくなっちゃいました。とにかく、おいしい料理だったんですけど、スイシャク様とアマツ様ってば、すごく気に入ってくれたみたいで、ぱかぱかと可愛いくちばしを開けて、どんどん食べていっちゃったんです。


 町立学校では、〈ご神霊に実体はなく、いとも尊きご霊体で在らせられる〉って教えられました。でも、ご霊体って、本当に物を食べたりするんでしょうか?

 不思議で仕方なくて、スイシャク様のくちばしの奥とか、ちょっとのぞいてみたい気がしました。さすがに十四歳の少女ともなると、それを実行に移さないだけの分別がありましたけどね。


 歓迎会の主役であるヴェル様は、最初のうちは、スイシャク様とアマツ様の様子に衝撃を受けていたみたいで、むずかしそうな言葉をつぶやいていました。〈神人共食しんじんきょうしょく〉って熟語だけは、しっかり耳に残っています。

 そんなヴェル様も、しばらくすると開き直ったのか、おいしい、おいしいって、いっぱい食べてくれたので、わたしも嬉しかったです。お父さんの料理って、本当に最高なんですから!


 晩ごはんの最後の方には、今年最後になるかもしれない、りんごパンが出てきました。スイシャク様もヴェル様も、大喜びで食べてくれました。

 わたしは……りんごパンを見たとたんに、ネイラ様を思い出しました。この食堂にネイラ様も来てくれて、一緒にごはんを食べられたら、最高に幸せだろうなって、そう思ったんです。いつか、本当にそうなるように、こっそりお祈りしておきますね。


 読み返してみると、ごはんのことしか書いていないので、ちょっと恥ずかしい気がしてきました。次回は、もうちょっと賢そうな感じで書きますからね。また、次の手紙で会いましょう。



     ネイラ様の好きな食べ物を教えてほしい、チェルニ・カペラより



追伸/

 アマツ様から、わたしのことを聞いてもらうのは、基本的に大丈夫です。アマツ様には、少女の繊細さはわかってもらえない気がしますが、ネイラ様はすごく紳士で、信頼できる方だと思うので。


追伸の追伸/

 わたしも、ネイラ様のことを、いろいろとアマツ様に聞いてみたいです。これって、失礼に当たりますか?




        ←→




〈食〉への興味をかき立ててくれる、チェルニ・カペラ様


 きみの手紙は、いつも生き生きとした活力に満ちていて、読むだけでわたしまで楽しくなってきます。そして、今回の手紙では、〈食〉というものに対する興味を、深く呼び起こされてしまいました。


 きみの父上が、スイシャク様やアマツ様、そしてパヴェルをもてなそうと、特別な神饌をきょうしてくれたことは、□□(きみのいう、アマツ様の呼び名であり、御名の一部です。まだ、文字としては読めないでしょうね?)から聞いていました。

 わたしのもとへ現れるなり、部屋を極彩色に染め上げるほどの鱗粉を振りきながら、上機嫌で伝えてきましたから。


 神霊に捧げられる神饌は、五穀豊穣ごこくほうじょうを感謝するために、人が考え出した儀式のようなものです。霊的な存在である神霊は、飲食を必要としませんので、ほとんどの場合、現世うつしよの〈食〉には関心を示しません。ただ、人の子が捧げ、供えた供物くもつに込められた、真心を受け取るだけなのです。

 それなのに、□□□(きみのいう、スイシャク様の御名の一部です)も□□も、本当においしくご馳走になったそうですね? ルーラ王国の千年を超える歴史の中でも、公式には一度も確認されておらず、わたしと共に飲食するだけでしたので、パヴェルが驚愕するのも、もっともでしょう。


 神霊は〈融通無限ゆうずうむげ〉ですので、その気になれば、飲食をすることは簡単です。実は、きみの父上が贈ってくれたマロングラッセやブランデーケーキは、□□の大好物なのです。

 わたしと父母、□□が、そろって一切れのブランデーケーキを食べるのが、最近のネイラ侯爵家の習慣です。気難しい息子で、少しだけ距離のあった親子関係が、この習慣によって、ずいぶんと気安いものになったと思います。ありがとう。


 とはいえ、□□はともかく、わたしより先に、パヴェルがりんごパンをご馳走になったというのは、少し複雑ですね。来年のりんごパンは、きみと一緒に食べてみたいものだと、密かに願っています。


 では、また。次の手紙で会いましょうね。



     次回の手紙までに、自分の好き嫌いを整理しておきたい、レフ・ティルグ・ネイラ



追伸/

 きみのことを□□に聞くこと、許可をくれて、ありがとう。節度を守った質問をすると、約束しますからね。わたしのことは、何でも聞いてください。きみに隠したいことは、何もないので。

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― 新着の感想 ―
[一言] これまでのネイラ様だと、確かに普通の親子とは距離感が違ってたんでしょうね。 書簡の内容的に、ネイラ侯爵夫妻が息子を大切に想っているのはわかるのですが。 それを思うと、今団らんの時間が持ててい…
[良い点] 美味しいは正義 [一言] 本編もあいまって、りんごパン食べにネイラ様がいらっしゃったら、カペラ家の食堂の尊きお方(現世的にも常世的にも)濃度が半端なくなっております……!? そしてやっぱり…
[一言] きみに隠したいことは何もないってことは、噂や伝聞で聞いたことは信じず全部聞いてくれていいと言うことかなー 大人の包容力や誠実さよりネイラ様の必死さを感じてしまうのは何故なんだぜ(黒夜使って…
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