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25通目

レフ・ティルグ・ネイラ様


 さてさて。今日の手紙では、わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんと、基本的にはかっこいいフェルトさんが、めでたくお付き合いをすることになった経緯を、ご説明したいと思います。今思い出しても、きゃーっと叫んで暴れ回りたくなるほど、甘酸っぱい展開だったんですよ。


 約束の日、アリアナお姉ちゃんが女学校に行っている間に、フェルトさんが訪ねてきました。同行したのは、守備隊の総隊長さんと、優しそうな女の人でした。

 総隊長さんのことは、ネイラ様も知っていますよね? 子供たちの誘拐事件のとき、捕縛の指揮を取っていた、熊みたいに厳つい男の人です。総隊長さんは、ぱっと見ると怖そうなんですけど、キュレルの街では、誰もそんなふうには思っていません。優しくて、親切で、誰に対しても公平な人だって、皆んなが知っているからです。

 総隊長さんは、独身なんですけど、とにかく面倒見が良くて、守備隊の人たちに頼られています。今回も、お姉ちゃん限定で頼りないフェルトさんを心配して、仲立ちをしてくれたんだと思います。(総隊長さんの奥様は、ずっと前に病気で亡くなったそうです。生まれつき体が弱くて、大人にはなれないっていわれていたけど、幼なじみの総隊長さんと結婚して、何年かは幸せに暮らしたんですって。いっぱい悲しい思いをしたから、あんなに人に優しいんでしょうか、総隊長さん)


 一緒に来てくれた女の人は、想像の通り、フェルトさんのお母さんでした。うちのお母さんより、ちょっと年上なくらいの、綺麗で感じのいい人です。それに、とっても穏やかそうで、わたしにも優しく笑いかけてくれました。

 以前、何となく読んでみた小説の中で、お嫁さんがお姑さんに意地悪をされる場面がありました。健気に尽くすお嫁さんなのに、お姑さんは徹底的にいびっちゃうんです。

 〈あなたの何が気に入らないかって? 嫁だからよ。そう、それだけ。愛する息子を奪われた母親には、それだけで相手の女を憎み尽くす権利があるのよ〉っていうのは、そのお姑さんの台詞でした。怖すぎますよね?


 〈野ばら亭〉に来てくれるお客さんの間でも、〈嫁姑問題〉は深刻な話題だったみたいなので、密かに心配していたんです、わたし。

 大切なアリアナお姉ちゃんが、お姑さんに意地悪されるなんて、耐えられそうにありません。第一、うちの〈豪腕〉のお母さんが、それを知ったとき、どんな対応をするかを考えたら、背筋が冷たくなりますよ……。


 幸運なことに、フェルトさんのお母さんは、絶対に大丈夫な人でした。優しそうに見せているわけじゃなくて、本当に優しくて清らかな人だって思いました。これって、多分まちがいないです。勘のいい少女ですから、わたし。


 それに、フェルトさんのお母さんは、わたしの髪飾りをほめてくれました。目尻に柔らかなしわを寄せて、〈紅いりぼんの髪飾りが、とても可愛らしいですね。本当に愛らしくて、お似合いですよ〉って。えへへ。

 何となく、何となくですけど、ネイラ様から贈られたものをほめてくれる人って、神霊さんに好かれている人な気がするんです。わたしの大好きなアリアナお姉ちゃんも、たくさんの神霊さんに愛されている人だから、フェルトさんのお母さんとは、相性がいいんじゃないかなって思って、にまにましてしまいました。


 あれ? 甘酸っぱい展開どころか、フェルトさんの様子すら説明していないのに、いつもの長さになっちゃいました。とっても不思議だけど、続きは次の手紙にしますね。


 ところで、ネイラ様だけじゃなく、ネイラ様のお父さんまで、ブランデーケーキを召し上がったんですか? 気に入ってもらって、すごく嬉しいんですけど、それを話したら、お父さんが固まってしまいました。

 ネイラ侯爵様って、平民でも知っている大貴族で、とっても偉い人だそうですね。〈お父さんのケーキを気に入ってくれたんなら、きっといい人だよ。わたしも、仲良くなれる気がするよ〉っていったら、お父さんは、しばらく机に突っ伏していました。そんな問題じゃないんですって。十四歳の少女には、そのあたりのことは、ちょっとむずかしいです。


 では、また。次の手紙で会いましょう! 寒くなってきたので、風邪なんかひかないでくださいね。



     紅いりぼんの髪飾りも、とっても気に入っているチェルニ・カペラより




        ←→




嫁姑問題にも一家言いっかげん持っている、チェルニ・カペラ様


 きみの手紙を読んでいると、この現世うつしよは、優しく清らかな人で溢れているような気がします。それはきっと、大好きな人たちがたくさんいる、きみの心が美しいからなのでしょうね。


 キュレルの守備隊の総隊長殿のことは、良く覚えています。堂々としていて立派でしたし、とても部下思いの上司だということは、ひと目でわかりました。彼のような人材が、守備隊を統括しているのですから、キュレルの街の人たちも、さぞ安心なことだと思います。

 それに、きみから手紙をもらうようになってから、すっかり〈優しい熊みたいな総隊長さん〉として、記憶に刻まれてしまいました。もう、忘れようにも忘れられませんね。


 子供たちに人気のある、〈白熊ピウスののどかな生活〉という絵本を知っていますか? わたしは、王都の書店の店主に、〈子供向けだが、とても良くできている〉といって、見せてもらったことがあります。

 大きくて強くて優しくて、世話焼きな白熊ピウスは、わたしの中では、すっかり総隊長殿に見えています。黒々とした瞳も、ちょっと似ていると思いませんか? 失礼になるといけないので、わたしがこんなことを想像しているのは、二人だけの秘密にしてください。約束ですよ。


 フェルトさんの母上が、優しく温かい人柄だったことは、何よりでしたね。嫁姑問題について想像するのは、さすがにわたしには無理でしたので、いつもの通り、王国騎士団の副官に尋ねてみました。

 わたしの副官は、質問した瞬間、何故だか呆然とした表情になり、二度まで呼びかけないと、返事もできないようでした。温厚で有能で、〈王国騎士団の要石かなめいし〉とまで言われている副官が、そうした顔をするのは、ほとんどないことなので、嫁姑問題というものは、さぞかし深刻なのでしょう。

 きみの大好きなアリアナお姉さんが、婚家でも大切にされ、きみの〈豪腕〉のお母さんが、荒ぶることのない未来が見えそうで、とても喜ばしく思います。


 わたしの父であるネイラ侯爵は、気を許した相手に対しては、親切で飾らない人柄です。きみが、〈仲良くなれる気がする〉と手紙に書いてくれたことを、父に伝えたところ、それはもう大喜びしていました。

 きみに習って、わたしも勘で予想すると、きみと父とは、大の仲良しになれる気がします。いつか、紹介させてくださいね。


 そうそう。サクラ色のショートマフラーを、きみが気に入ってくれたと聞いて、紅い鳥が喜んでいました。その結果、きみに追加の加護をかけに行くと、屋敷を飛び出そうとしたので、慌てて止めなくてはなりませんでした。

 見た目は愛らしい鳥でも、その本質は神に他ならず、現世うつしよの〈加減かげん〉には頓着とんちゃくしませんからね。困ったものです。


 では、また、次の手紙で会いましょう。お姉さんとフェルトさんの話の続きを、楽しみにしていますからね。



     仕方なく、毎日父と一緒にブランデーケーキを食べている、レフ・ティルグ・ネイラより

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― 新着の感想 ―
[一言] 確実にいらん心労を感じているであろうネイラ様の副官さんに、牛用の胃腸薬を差し入れたい(by百姓貴族) めちゃくちゃ効くらしいんですよ! 心労の元には効かんと思うけども 人外じみた息子とのお…
[一言] おおっとぉ、ネイラ侯爵家御用達印のブランデーケーキとして流行っちゃえるやつですよコレは。 そんな事吹聴しなくても流行っているお店でしょうけども。 お父さん、仲良く…おとう、お義父さん…?が…
[一言] ネイラ様とチェルニ達の父親が仲良く成るには大分父親の葛藤が必要だけどね(笑)
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