剣術大会3
「ユウ選手、リン選手今すぐ大会本部まで来てください。」
もう俺とリンしかいなくなった控え室で三十分後の決勝戦に備え休んでいるんと、突然慌てた様子で大会役員の人が入ってそう言った。
ただならぬ様子にリンと顔を見合わせ役員の後をついて行く。
「よく来てくれたね。座ってくれ。」
本部のテントに入ると本部長のリンの父親が座っていた。その隣には、木剣を借りた店の店主もいた。手には小さめの袋を持っている。一度頭を下げ椅子に座る。
「お久しぶりです、おじさん。何故、俺とリンは呼び出されたんですか?」
隣でリンがうんうんと頭を縦に振る。おじさんは少し困ったような顔をしながら呼び出した理由を説明する。
「実はな、大勢の観客からの要望があったんだよ。決勝戦は二人とが刃纏が使えるのなら、刃纏を使った試合が見たいとな。」
「なっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
驚きのあまり二人揃って素っ頓狂な声を上げてしまう。
「観客だけの意見なら直ぐに拒否する事もできたんだけどな、協賛者からもその意見が多数出ているんだ。 そうなるとあまり無下に出来ないんだ。当然怪我の危険があるから二人の意思を尊重して決定するつもりだ。」
なるほど。大人の事情と言うやつだろう。おじさんは出来れば拒否して欲しそうな顔をしている。娘が怪我する所を見たくないだろうし、出場者が拒否すれば提案した人達も引き下がるだろう。それ以前に別の問題もある。
「例えばの話ですけど、刃纏を使って試合するとしたら木剣では直ぐに折れてしまうと思うのですが。」
すると、隣にいた店主が手に持っていた袋から二つの石を取り出して説明を始めた。
「それに関してはこの魔石がある程度解決してくれる。これを木剣に取り付ければ、刃纏に少しだが耐性がつくし、耐久力もかなり上がる。多分一、二試合なら問題ないだろう。横をぶっ叩くような真似をしなければだが。」
そこまで聞いて俺はふと疑問に思った。何故そこまでするのだろう。魔石なんて決して安いものでは無いだろう。魅力的だがそんな高そうなものは使えないので断ろうと口を開きかけると
「本来なら大金払わなきゃやらないが、無料でやってやる。俺も刃纏を使った試合見てみたいからな。やってくれるなら木剣と魔石そのままやるよ。」
それを聞いて俺は確信する。
「意見を言った協賛者ってあなたでしょ」
「よく分かったな。正確には他にもいて、俺がその代表だったっていう感じだ」
店主は感心した様子で頷いた。
それにしても魔石付きの木剣という贅沢な物を貰えるのならやってもいいかもしれない。どうするか確認するため隣に視線をやるとリンと目が合った。多分同じようなこと考えていたのだろう。
「どうするリン?任せるよ」
決定を委ねるとリンは即答した。
「やりたい。今まで刃纏を使って勝負した事ないもん。それに·····これならユウくんに勝てるかもしれないもん。」
おじさんはそれを聞くと、少し不安そうな顔をした。娘が怪我をする可能性があるから当然だろう。しかし、決心したように頷いてから周りに指示を出し始めた。
「分かった。それじゃあエレロさん、二人の木剣に魔石を取り付けてくれ。どれくらいかかりそうかね?」
まず最初に店主(名前はエレロと言うらしい)に話しかけた。エレロは俺とリンの持っている木剣を一瞥すると、少し考える。
「·····俺も魔石の取り付けの経験はあまりないからハッキリとは言えないが、多分長くて一時間くらいでできるぞ。早速始めるから二人とも木剣を渡してくれ」
意外と早いな。木剣を渡しながら内心つっこんでいると、既におじさんは別の人に指示を出し始めていた。
「今すぐ観客に決勝戦の開始は一時間半後と報告を、それと事情の説明をしてくれ。あ、すまない。リン、ユウくん話は以上だ。聞いてたとおり試合開始は一時間半後だ。それまでゆっくり休んでいてくれ。」
「はい、分かりました」
「うん、わかった」
俺とリンは同時に返事をして、大会本部を後にした。
「なんか凄いことになったね」
控え室に向かう道中リンは突然そういった。最終的にその凄いことにしたのはお前だろと言おうとしたが、判断を委ねたのは俺だったので別のことを言う
「確かにな。まぁいつかは刃纏を使ってやってただろうから丁度いい機会だろ。あと、刃纏を使ってもまだ俺には勝てないよ」
それを聞いてリンは少しムッとして小声で答えた。
「そんなことないもん」
それは聞こえるか聞こえないかの声量だった。辛うじて聞こえた俺は少し微笑む。本人でも曖昧な所なのだろう。
実際の所は、リンが勝つ可能性はかなりある。だから少しプレッシャーをかけるような真似をしたのだ。刃纏だと才能は圧倒的にリンの方が上だからだ。持久戦に持ち込まれればまず勝てない。だが昨日勝つのは十年早いと言ってしまった手前、さすがに今日負けるわけにはいかない。それに決勝戦は両親も見ているのだ。二人のためにも負けるわけにはいかなかった。
それでも、自分のやり方の汚さに嫌悪感を覚える。そのせいか、先程の行動が無駄になる発言をしてしまった。
「まぁ、お互い頑張ろうぜ。それに万が一の可能性だがリンが勝つかもしれないしな。俺も気を引き締めないとな」
それを聞いてリンが一気に元気になり、表情が明るくなった。
「そうだよ!まだ始まってもないんだから!」
そう言ってどんどん先に歩いて行って先に控え室に入っていった。その単純さに思わず笑ってしまった。
「まったく、何やってんだろうな俺」
そんな愚痴のようなことをぼやきながらも、先程まであった嫌悪感は無くなっていた。