剣術大会1
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。決勝戦には仕事片付けて見に行くから」
「うん。待ってるよ。仕事頑張って」
玄関で両親との会話を終えて家のドアを開けると、ちょうどリンがドアをノックしようとしていた。
「おはよう。早く行こ!」
「ああ、おはよう。まだ結構時間あるんだからそんなに慌てなくてもいいだろ」
リンは朝からテンションがかなり高かった。そのせいか、声もいつもより大きい。きっとこの日を楽しみにしていたのだろう。
その声に気づいて両親が俺の後ろから出てきてリンに話しかけた。
「あら、リンちゃん、おはよう。わざわざお迎えありがとね。今日はがんばって優勝してね!」
「おはよう、リンちゃん。こいつの優勝止めれるのはユウと同じで刃纏を使える君だけだ。頑張れよ!」
この二人は(特に父)息子の前でよくそんなこと言うな。冗談だって分かってるけど、絶対リンが調子に乗るからやめて欲しい。
「おじさん、おばさん、おはようございます。応援ありがとうございます。今日こそはユウくんに勝てる気がするので頑張ります。」
やっぱり調子に乗りやがった。これ以上話させると長くなりそうだからここで無理矢理にでも終わらせとくか。
「大会では刃纏は使えないよ。さぁ行くぞ。早く行きたいんじゃなかったのか?それに俺も木剣借りないと行けないから早めに行かないといけないの忘れてた。じゃ行ってきます。」
「あ、待ってよ。それじゃあ行ってきます。」
「行ってらっしゃい」
*
会場の広場に着くと既にかなりの人が集まっていた。受付の方に行ってみると長い列が出来ており、だいたい十五分程並ぶことになりそうだった。恐らく後ちょっと遅ければ並んでいる間に受付の時間が終了していただろう。
「急いで来てよかったね」
「ああ、普通に走ってたら間に合わなかっただろうな。俺は受付が終わったら木剣を借りに行くから先に周辺を回っといていいぞ。多分そっちも並ぶだろうし」
「そっちも付き合うよ。今日は屋台巡りじゃなくて大会に出場する為に来たんだから」
この言葉を聞いて少し驚いた。リンは俺が思っている以上にこの大会に集中しているらしい。多分俺が木剣を借りに行くのに付き合うのは、俺がどんな剣を使うか確かめる為だろう その後、軽い雑談などをしながら順番が回ってくるのを待っていた。
予想通り十五分程で順番がわ回ってきて、用紙に名前などを書いて係の人に提出すると、その係の人が怪訝そうな表情で俺に言った。
「平民ですか?私たちとしてはあまり出場をオススメできないのですが」
その言葉に俺は少し顔を顰めた。後ろにいたリンも少し怒った表情で何かを言おうとしたが慌てて手で制する。それは、この人が俺のことを心配しての発言だったかもしれないからだ。
この大会の出場者には貴族のような地位の高い人間が大半だ。大会が始まった最初の頃は俺のような平民も参加していたらしいが、今では滅多に見かけない。その理由は、平民が貴族との試合で、寸止めに失敗して誤って木剣を当ててしまったりして殺されたことが何度かあるからだ。もちろん大会では寸止めを失敗して貴族に当ててしまっても罪には取られない。両者それは合意の上で出場しているからだ。
だが、貴族のようなプライドの高い連中がそれを許すはずもなく、大会の終了後にあらゆる手段を用いてその平民に貴族に対して非礼行為を行わせる。タチが悪い事に、平民が貴族に対して非礼行為があった場合、それを独断で裁ける権利を貴族は持っているのだ。それに判例のようなものはなく、ほとんどが死刑にされている。
もっとひどい話は、ちゃんと寸止めで勝ったにも関わらず、それでも同じ目に合わされるということだ。指導者も付けられない平民に大勢の前で恥をかかされたようなものだから、貴族としては当然なのだろう。
だから、この係の人は俺の出場を止めようとしたのだ。
「ご心配ありがとうございます。だけど、俺は大丈夫ですよ。」
俺が係の人にそう言うと今度はその人が顔を顰めた。だが俺はそれに構わずに話を続けた。
「なぜなら俺は刃纏が使えるからです。」
俺がその事実を告げると、係の人は顰めっ面から驚きへと表情を変化させた。俺はその表情の変化に少し笑いそうになり我慢していると、我に返ったのか慌てて手続きを済ませてくれた。
「そうだったのですか。なら大丈夫ですね。失礼しました。それでは、箱から一枚クジを引いてください。」
後ろからは、なんで大丈夫なの?とリンが目で尋ねてくる。とりあえずそれを無視して差し出された箱の中に手を入れて一枚の紙を取り出すと、その紙には西―一と書かれていた。それを渡すと係の人が確認して後ろのトーナメント表に俺の名前を書き込んだ。
「ユウさんの試合は西ブロックの第一試合です。頑張ってください。」
俺はトーナメント表を見て、既に埋まっていた対戦相手の名前を確認してからお礼を言って後ろにいたリンに場所を譲り、少し離れたところでリンの受付が終わるのを待つことにした。
三分程で受付を終えたリンが走ってきた。
「終わったよー!試合は東の最初だったよ。そういえば·····なんで刃纏持ってるって言ってから係の人の態度変わったの?」
「そうか。·····分からなかったのか?とりあえず木剣を借りに行こう。歩きながら話すよ。」
するとリンは、すぐに木剣の貸出をしてる所に向かって歩き始めた。なんでこいつ自分のあるのに貸出場所知ってるんだよ。そんなことを考えながらリンに追いついて話を始めた。
「じゃあまず、こういう大会に出て昔平民が貴族に酷い目に合わされたって話はしってるよな?」
リンは少し考えてから頷く。俺はそれを確認してから話を進めた。
「だから最初、あの係の人は俺が出場するのにあまりいい顔をしなかったんだ。」
「そうなんだ。じゃああの人はユウくんを心配してたんだね。じゃあなんで刃纏が使えるってわかって態度が変わったの?」
やっぱりそこからが分からなかったのか。俺が予想していた所と全く同じ所で疑問を投げかけてきたので、少し面白かったが笑うのを堪えて話を続ける。
「刃纏を使えると平民でも騎士になってなくても貴族と同じか、少し下くらいの地位が与えられるんだよ。そして、貴族が独断で捌けるのは平民だけなんだよ。」
そこまで聞いてリンはようやく全部納得出来たらしい。てかこれこの世界では一般常識のはずなんだけどな。
「なるほど!貴族に酷い目に合わされる心配が無くなったから、係の人は安心して態度が柔らかくなったんだ。」
「そういうこと。刃纏が使えるだけで何かと国から援助して貰えるんだよな。今回木剣を借りる金も国から貰ったお金だし。それだけ魔物を倒せる人が不足してるんだろうな。」
その後も雑談をしていると、順番が回ってきた。
「いらっしゃい。·····て村長のところの娘さんじゃねぇか⁉︎ん、もしかしてそっちのけ子供は彼氏かい?」
「久しぶり、やっぱりおっちゃんが木剣の貸出してたんだ。この前に買った木剣、安くしてくれてありがとございます」
係の人というより本職のようだ。リンはこの人から普段使っている木剣を買ったらしい。やっぱりってことはこの人に挨拶する為に俺について来たのかもしれない。
「初めまして。リンの幼なじみのユウと言います。今日は俺も大会に出場するので木剣を借りに来たのですがまだ残ってますか?」
店主の彼氏か?と言う質問をやんわり否定して、時間もギリギリにだったので直ぐに本題を切り出した。
「へぇ、幼なじみか。じゃあ君がリンちゃんの練習相手をしていた子だなのか。木剣ならまだまだあるぞ。なんかリクエストとかあるか?まぁ子供にはあまりそういうのは無いか。」
「それは良かった。時間ギリギリだったので無かったらどうしようかと思っていました。リクエストですが、えっと·····片手直剣で、刀身は通常の物より少し細めのがいいです。剣の長さは僕の身長が百三十センチなので、それに合う長さでお願いします。」
なんでもあると言ったのと、子供だからどうせリクエストとか無いだろ的なニュアンスで言われて少しムカッと来たので、多分無いだろうなと思いながらも、前の世界で使ってた剣とできるだけ近い物をリクエストした。全て言い終わって本当に精神年齢まで下がってるんじゃないかと不安になってきた。
少し申し訳なく思いながら店主を見てみると、ポカンと口を開け固まっていた。やってしまったと思いながら、さっきの言葉を取り消そうとすると店主が不意にニヤッと意地の悪い笑みを浮かべると、少し嬉しそうにしながら俺を驚かせる発言をした。
「あるぜ。少し待ってろ」
と言って店主は奥に置いてあった木剣が入っている箱をガラガラと漁り始めた。数十秒ほどすると、戻ってきて一本の木剣を俺に差し出した。
「これでどうだ?お前さんの希望にピッタリだと思うんだがな」
受け取って見ると、俺が言った要望通りの木剣だった。文句の付け所など一切ない。元々文句を言うつもりなどなかったけど。
「完璧です。この木剣を借りてもいいですか?」
「もちろんいいぞ」
確認すると店主はにっこり笑って頷いた。
ここからが問題だ。国から援助して金を貰ったとは言ってもその額は決して多くない。できるだけ安く済ませる為にギリギリまで値切る必要がある。今までボッチだった俺にそんなスキルがあるとは思えないが、頑張るしかい。とりあえずは値段の確認だ。
「ありがとうございます。えーっと、値段は幾らになりますか?」
「値段か?ウチは後払いだ。返却された時の損耗具合で値段を決める。つまり少なければ少ないほど言い訳だ。ただし、折ったりしたら買う時よりも高い値段ふっかけるから大切に使えよ」
なるほど。おかげで出来もしない値切り交渉をやらずに済んだ。とりあえず折ったりしないように気をつけよう。
「わかりました。では、お借りします。大会終了後に返却に行きますね」
「おう、途中で負けた時は早めに返しに来た方がいいぞ。結構混むからな」
その言葉を聞いて、途中で負ける事なんてないだろうなぁとも思いながら、頭を下げてから俺とリンは控え室に向かった。