模擬戦
剣術大会の許可を貰ってから六日が経って、いよいよ明日が剣術大会当日になった。俺は今まで以上に訓練の内容を厳しくした。正直なところ、今まで通りでも充分優勝出来るのだが、俺が想像していた以上に応援してもらった事でやる気に満ち溢れていたのだ。リンも内容を厳しくしてから若干弱音を吐くようになったが、それは模擬戦の時だけだった。
訓練内容を今までと変えて競走形式にしてみると、森の往復では俺は手も足も出なかった。数字に表すと五十戦五十敗だ。刃纏ではやはり天才だったらしく、どんどん総量が増していき、おそらく俺との使用時間の差は二十分~三十分近くあるかも知れない。
ただ、俺もちゃんと増えているし年齢を重ねると増えもするらしく、また現状で時間も一時間くらいまで伸びてるからきっと大丈夫だろう。·····多分。
しかしリンは剣術の方はそうでもなく、刃纏のようには行かなかった。それでも同年代には負けることはないだろう。たぶん大人と戦ってギリギリ負けるぐらいだと予想している。普通に強いな。ちょっと求めすぎてたかもしれない。こちらの戦績は九十九戦九十九勝と俺が勝ち越している。当然と言えば当然の結果だ。前の世界ではトップクラスだったわけだし。
そして今日は、(記念すべき?)百戦目だった。ルールは単純でリンが動き出したら開始(開始の合図を言う人がいないため)。決着は相手の急所に木剣を当てるか、寸止めした方の勝ち。当てるのもありなのは、刃纏のおかげで基本すぐに治るからだ。当然俺は当てたことはないし、リンは俺に当てる気で木剣を振っているけど、勝ったことが無いからそもそも当てる機会がない。暫くは当てられることはないだろう。
いつもの森の少し開けた場所で俺とリンは十メートルの間隔を開けて立っていた。俺はこの森で一番硬い木の枝を一メートルくらいの長さに叩き折った物を右手で持ち、足は肩幅に開いて構えを取らずに立っている。
対してリンは、両手剣の木剣を持ち、それを中段に構えている。恐らく基本的というか、セオリー通りの構えだろう。
俺はリンから目を離さないために、瞬きもしないようにしていつ動くかと二分程待っていた。すると、森の奥の方で動物が動く音が届いた瞬間、剣を振り上げ凄まじい勢いと気合いを乗せて、突っ込んで来た。
「ハァッ!」
構えを見て瞬時に縦切りと判断した俺は、ギリギリまで引き付け剣が振り下ろされる瞬間を見計らって、左に半歩くらいズレながら右に半回転すると俺の目の前、約五センチ先を木剣が通り過ぎていき、地面に軽い音を立ててめり込んだ。
俺はそれを目視で確認する前に、ギリギリ首に当たる手前で止められるスピードで水平切りを放った。俺はこれで、今回の勝負も終わると思っていた。
何故ならリンは、今まで避けるという動作をしてこなかったからだ。いつも剣で受けていたが、今回は地面に若干めり込んでいるので、すぐに剣を首の高さにまで上げるという動作が間に合わないから、避けるしか選択肢は無い。これまでも似たような状況が何度かあったが、必ず剣を持ち上げようとして負けている。何故か尋ねてみると、本人は無意識でやっているらしい。
だから俺はこれで終わりだと思った。だが、俺の木の枝が当たるギリギリのところで、体を仰け反らせながら後ろに四メートルほど飛び退いて体勢を立て直そうとした。
俺は一瞬、驚きのあまり固まってしまったけど直ぐにリンの所までダッシュし、追撃を仕掛けた。後で聞いた話だと、俺は笑っていたらしい。
ダッシュと同時に右腕を上げて、縦切りの構えを取り右足に全体重を乗せて全力で枝を振り抜いた。
「セァッ!」
「ッ·····」
カァンという音が森に響いた。リンは頭の前で剣を地面と水平に構えて初撃を何とか防いだが手が一瞬痺れたようで顔を顰めた。防がれた影響で俺の枝の軌道が少し変わった。だが、その程度で攻撃を止めることはできない。枝の先が地面に当たる寸前、手首を切り返して切り上げを放ち、再びリンの木剣を打った。
「ラァッ!」
「あっ」
二激目でリンの剣が頭上にはね上げられた。最初にリンが取ったガードの構えは上からの縦切りを塞ぐものであった為、軌道が上下逆になると簡単に弾き上げられるのだ。しかも、再び距離を取るためにジャンプした直後に二激目を受けた為、空中でバランスを崩して尻もちを着いた。
「痛ったぁ·····あっ」
俺は尻もちを着いた直後に勝負を決めるために、リンの首筋に枝の先を触れさせた。
「今日も俺の勝ちだな。」
「うぅ·····、今日は勝てると思ったのに!」
リンは最初、しまったと言うような顔をして、直ぐに悔しそうな顔をして俺を見上げた。見上げたと言うより、睨み上げたと言った方が近いかもしれない。一応今日はいつもよりも良かったのでフォローの言葉を掛けておこう。
「まぁ、これまでよりは断然良くなってたな。ちゃんと避けられたじゃないか。あれには一瞬驚いたよ」
「うん!これなら明日はきっとリンが勝つね」
一瞬ふざけてるのかと思ったら割と真面目に言ってるらしい。
「アホか。まだまだだよ。お前が俺に勝つなんて十年早い。才能はそこそこあるんだからそれまで地道に頑張れ」
「十年もかからないもん!けど、分かった。頑張るよ」
何回負けてもめげないのがこいつのいい所だ。しかも負けず嫌いだから努力も出来るはずだ。十年早いと言ったが、もしかしたらもっと早く追い抜かれるかもな。
「よし、じゃあ早速頑張って貰おう。帰る前に森の周り二週な。そしたら今日の訓練は終わりだ。」
「えー。まだやるのー。二週だったらギリギリ大丈夫かな。じゃあ競走ね。よーいどん!」
と言って俺の返事を待たずに走り出した。競走と言っても勝てるはずないんだよな。しかも同時じゃなくてあいつから走り出してる。普通逆だろ?俺はため息を吐いて、その後を追いかけた。せめて五十メートルは離されないようにしたい。既に三十メートル程離されているが頑張れば何とかなるだろう。
結果だけ言えば差は十メートルで俺が負けた。なぜ差が縮まったかというと、俺が走り出し他途端、木の根に足を引っ掛けて凄まじい勢いで顔からずっこけたのだ。結構痛かったらしく、その後しばらく動かなかったので、遠慮なく追い抜いたのだが、あと半周でゴールという所で、凄まじいスピードで後ろから迫ってきたリンに追い抜かれた。何とか俺もスピードを上げて同着に出来ないか頑張って見たのだがやはり無理だった。
「いぇーい!ユウくんが競争で勝つのは十年早いね!」
いや、多分これに関しては一生勝てないぞ。心の中で呟いた。何故かわからないが、口に出すと起こりそうな気がしたので適当なことを言っておく。
「はいはい、そうだな。明日の為に家に帰って夕飯食べたらできるだけ早く寝て今日の疲れを取っとけよ。」
「うん。分かった。じゃあ明日ね!」
と言って手を振りながら家の方に歩いて行くのを見送って、手に持ったままだった木の枝を見ると所々にヒビが入り割れそうになっていた。
俺はこの枝を採った木のところまで走って行き、根元に穴を掘ってその中に埋めた。目をつぶり心の中で感謝の言葉を言って俺はその場を後にした。
評価、ブックマークしてくれた方々ありがとうございます。また、Twitterでいいねや、リツイートも沢山頂きました。本アカでもあんなに貰ったことがなく、フォロワーも本垢を超えたのでとても嬉しかったです。皆様ありがとうございます!
できるだけ早く更新していこうと考えてますので応援よろしくお願いします