驚愕の才能
二年年ほど前、 俺は村の近くにある人が立ち寄らない森で刃纏を使った訓練をしていた。内容は刃纏を使っての全力疾走で森を走り抜けるというもので、速さに慣れるのと刃纏の使用時間を伸ばそうというものだった。実際使用時間はどんどん増えた。最初は森の四分の一くらいまでしか走れなかったが一年くらいで走破できるようになった。
ちょうど走破できるようになった頃、いつも通り訓練にを初めて森の半分辺りに来たところで突然横から話しかけて来たのがリンだった。俺は驚いて前を見るのも忘れ、並走しながら笑っているそいつを見つめてしまったのだ。それでも一秒程で何とか冷静になれたが、前を見るのを思い出した時には木が目の前にあり、運悪くそのタイミングで顔を前に向けたので、顔面から木の幹に激突したのだ。
「ムギャッ!」
と情けない悲鳴を上げて俺を気を失った。その時、神があの謎の空間で今の失態を見て腹を抱えて笑い転げている光景が目に浮かんだ。
気がつくとリンが泣きながら俺を必死に揺すっていた。木にそれなりの速度でぶつかって、起き上がらなかったから当然だろう。まだ意識が朦朧とする中そんなことを考えていると、覚醒するにつれて鼻が以上に痛いのを感じ手を当てると、触れた途端激痛が走りすぐに手を話した。だが今ので鼻が折れていることが分かった。
「リン、鼻が痛いんだけどどうなってる?」
一応状況確認をするためリンに話しかけると、一瞬俺が起きたことに安堵の表情を浮かべたがすぐにまた泣き始めて
「···起きたぁー、よかったよー。ユウくんね、鼻が真ん中から曲がっててたくさん血が出てるんだよぉ」
マジか。予想してたけど、これはかなりの大怪我じゃないか。どうやって両親に説明しよう。まだ刃纏を使えることを話してないから、ちょっとした騒ぎになるぞ。しかも、この世界に来て初めての大怪我だ。骨折に対してちゃんとした処置ができるのかもわからない。不思議と鼻は触らなければ痛まず、どちらかと言うと痛みが引いていくような感覚があったので、一旦放置しておくことにした。だが、まだ起き上がれる気がしなかったので三分ほど目を閉じて心を落ち着かせてリンに質問することにした。
「なぁ、とりあえず一旦泣き止んでくれないか?いろいろ聞きたいことがあるんだけど···」
するとリンは、まだ少し嗚咽をもらしながらも首を傾げて来たので、とりあえず一番予想ができるがはっきりさせておきたいことを尋ねた。
「どうやって俺の走る速度に追いついたんだ。自分で言うのもなんだが普通の人じゃまず追いつけない速度で走ってたはずなんだが?それに、どうしてこの場所がわかったんだよ?」
と質問が終わる頃にはもう泣き止んでいた。そして俺の質問に対する答えを話し始めた。
「私も刃纏を使えるからだよ。前に一度話したはずだけど忘れたの?場所は気づかれないように後ろから追いかけたんだ。バレたらユウくん追い返そうとすると思って。」
そりゃそうだよな。じゃないと同じ速度で走れるはず無いし、俺がここにいると分かるはずもない。それよりも一度話しただって?そう言えば、半年くらい前に訓練が終わって家に帰ったらこいつとその親がいて酒飲んでることがあっはたような事を少し思い出した。その時疲れと寝不足でほとんど記憶が無いけどそんなことを話してた気がする。なんなら一時期、村で噂になっていたのを聞いた気がする。自分の周りへの無関心さに呆れながらも大体分かったので次の質問をしてみることにした。
「次の質問なんだけど、リンは刃纏を使って訓練とかしてたのか?」
リンは俺の質問を聞いて驚いた表情で聞き返してきた。
「刃纏に訓練があるの?」
誤魔化したりしてる訳でもなく、本当に知らないようだった。俺はこの事実に対してかなり同様した。訓練をしていないということは、刃纏の使用時間が使えるようになった時とほとんど変わらないということだ。しかもまだ余裕がありそうに見える。この時点で俺の元の刃纏の量の倍はあるのだ。
「後、どれだけ走れるか自分で分かるか?」
俺は好奇心からそんな質問をしてしまった。彼女は少し考えてから答えを出した。
「多分だけど、この森の端っこまで行けると思うよ?」
「なっ·····」
マジかよ。俺の予想の倍の距離だった。別に自分の元々の量が他の人より多いと思っていたわけでは無いし、もし天才のような人間がいればそれなりに差があるだろうとは思っていたが、まさかこんなにまで違うとは思っていなかった。
改めて考えると、そんなことは当たり前なのだ。あとから本を読んで知ったことなのだが、刃纏の才能があるのはこの世界の人口の一割程度らしい。そして俺がそんな都合よく一割の中に入るはずがないのだ。可能性が無いわけではないのだが、かなり低いはずだ。それでも俺が刃纏を使えたのは、あの神の仕業だろう。俺の持つ刃纏の才能は神からの貰い物なのだ。
しかし、リンはその一割の中の人間なのだ。貰い物よりも多いのは当然であり、本物の才能なのだ。まして使用量もかなりの量があり、刃纏を使わなかった時でも身体能力は他の子供に比べて高いのだから、天才と言っていい人間なのだろう。
そして、神は俺に人類の脅威を無くせと言われたのだ。恐らくこいつに、俺の剣術を教えるなどすれば限りなくその目標に近づくだろう。最悪、酷い考え方だが俺が死んだあとも、この天才が人類の脅威を無くすことが出来れば、俺の目標は達成出来たことにはならないだろうか。少なくとも、俺が死んだ後に、この世界が滅亡するということは無くなるはずだ。
「なぁ、お前が良ければだが、今度から一緒に刃纏や、剣術とかの訓練をやらないか?」
俺がそういうと、リンは嬉しそうに、そして満面の笑みで
「やる!」
と言った。これで、俺の来世はある程度約束されたも同然だろう。我ながらクズの極みだ。でも、ここまで保険をかけておかないと不安なのだ。刃纏があっても未だに俺は、前世で俺を殺したヤツらを殺せる気がしないのだから。
そんなことを考えていると、鼻の痛みが完全に消えていることに気づいた。俺は起き上がりながら恐る恐る鼻を触って見ると、痛みもなく、出血や腫れなども完全に無くなっていたのだ。
「なぁリン。俺の鼻今どうなってる?」
と聞くと、リンはかなり驚きながら
「え?、·····嘘。元に戻ってる。刃纏には怪我が早く治る効果もあるって聞いた事あったけど本当だったんだ!」
どうやら本当に治っているらしい。というか、そんな効果があったなんてきいたことないんだが。そう言えば、身体能力が上がるとか言ってたが治癒能力も含まれてたのか。なんて便利な能力なんだ。これで武器を貰った後に加護などがついたら、それは人間というより化け物ではないのだろうか?まぁ今はそんなことは考えなくていいだろう。俺は立ち上がりながらリンに話しかけた。
「よし、怪我も治ったらしいし今日は家に帰ろう。森を抜けるまで競走しよう。それぐらいなら余裕で走れるだろ?あと、父さん達や、おじさんとか他の人には俺が刃纏が使えるってまだ言うなよ。」
「うん、わかった。絶対勝つぞー!」
と言って開始の合図もなく凄まじい速さで走って行った。子供のわかったは信用していいのだろうか?と考えそうになってから慌ててリンを追いかけた。
「おい、ペース配分間違えるなよ!数日間動けなくなるぞ!」
と言ったが、聞こえているのかいないのか、全くペースを落とすことなく俺の前を走っている。まだ、追い越せない速さではなかったがここで俺が追い抜くと余計にペースを上げそうだったので大人しく後ろを、遠くもなく近くもない距離でら追いかけた。
しかし、俺の気づかいも全く意味を成さずリンは途中で全て使い切りぶっ倒れてしまった。仕方なく俺がおぶって帰ることになった。
「まったく。後ろからペース配分気をつけろと忠告したよな?」
道中俺がそう言うとリンは少し申し訳なさそうに、
「だって、負けたくなかったんだもん。·····ごめんなさい?」
最初言い訳したので、俺が軽く睨むと直ぐに謝った。今まで知らなかったがこいつは負けず嫌おのようだ。負けず嫌いは強くなれると、俺は思っているのでますます自分の来世に期待か持てそうだ。と考えて、俺は本当にクズだなという軽い自己嫌悪に襲われた。これが俺とリンの出会いだった。正確には刃纏が使えると知った時の出来事だった。