告白
この作品に目を通してくれた皆様に感謝を!!
自分の人生を左右するような出来事というものはそんなに多くはないだろう。ましてや、『これは人生を左右する大一番だ』と認識をした上で何かをするという経験なんてしないに越したことはないだろう。
そんな経験を喜んでしたいと思う人は、よほどの勝負師か、怖いもの知らずくらいだろうと思う。
もちろん俺はそんな経験極力したく無いのだけれど、生きていたらそんな経験は避けられない訳であって、実際に今、そんな状態に直面してしまっている訳であって、まだ十七歳なのにもう遭遇してしまったらこれから後何回あるのだろうかとか思ってしまう訳で、そんな中でもこんなことを考えられているだけまだマシかとかよく分からないことを思ってしまっていたりしている自分がいる訳であって、まあ何が言いたいのかというと、そういう状況というものは、突然やって来るから困るよね。とかどうでもいいことしか思いつかないくらいパニックになってしまっている訳であって……これ本当にどうしよう。
少し落ち着いて、この状況を客観的に見て、それを簡潔に伝えるとすると、俺は今、人生初の告白をしようとしている……というか、せざるを得ないような状況に陥ってしまっていた。
もう少し落ち着き、最善策を探るべく、この状況に至るまでの経過を少し振り返ってみようと思う……
「お前、紬希のこと好きだろ」
事の発端は、三ヶ月くらい前。俺が唯一自信を持って友達と呼べる彼が発したこの質問だった。
もちろんこの頃は、この時の会話が告白にまで繋がるなんて微塵も思わなかったし、こんなにはっきりと記憶に残るような出来事になるとは思っていなかった。
俺と紬希は、今のクラスが始まった時に席が隣になって、そこから何の因縁なのか、席替えで三回連続で隣になるという恐ろしくもあるような出来事を経て、たまに話すようになった。
たまに話すとは言っても、そこに恋愛感情があったかと言われると無かったと思う。
そもそも、俺はこれまでの十七年間で誰かと付き合ったことも、ましてや告白をしたことも、なんなら異性を好きになったことさえも無い。
別に同性愛者という訳ではない。実際、気になった異性はこれまで何人もいたし、付き合ってみたいと思う感情は人並みに持っていた。その感情こそが『好き』という感情だろ、と思う人はたくさんいるだろう。ただ、俺は自分の感情に気付いていない振りをし続けてきた。
俺は、『好き』という感情を持つことが怖かったんだと思う。そして、そんな『枠』に嵌まったような感情を自分が抱いたということを認めたくなかったのだと思う。
そんな俺は、彼が聞いてきた質問にもちろん
「それは無いな」
と即答していた。
でも、そんなことを言われた次の日から、俺は不思議な感覚に囚われるようになってしまった。
次の日の朝、いつものように教室に入ったら、いつものように紬希は挨拶をしてきた。でも、俺は何故か普通に挨拶を返せなかった。
なんか彼女の目をしっかりと見れないのだ。理由は良く分かんない。ただ、目を合わせるのがなんとなく恥ずかしいような、むず痒いような感覚に陥ってしまったのだ。
それでも、なんとか挨拶を返したのだが、俺に起きた『不思議な感覚』はこれに留まらなかった。
その日から、俺は無意識に紬希のことを目で追うようになっていったのだ。
このことに気付いたのはだいぶ経ってからだったけれど、その時はもう紬希の事を好きな気持ちを認めざるを得ないくらい、彼女のことを意識していた。
そして、ふとした時に彼女と目が合うと、咄嗟に目を逸らしてしまうのだ。
自分がなぜ彼女から目を逸らしてしまうのか、この時は良く分かっていなかったけれど、ただ顔が赤くなっているような感覚だけ感じていた。
そんなことを繰り返していくうちに、俺の頭の中には友達の彼が聞いてきた『お前、紬希のこと好きだろ』という言葉が何回も何回も流れてくるようになった。そして、その声が段々自分の声に変わっていくような気がした。
そこからは、自分の心との自問自答を繰り返す日々になっていった。
『お前は紬希のことが好きなんだろ』
「違う」
『いや、お前は好きだ』
「そんなんじゃ無い」
『何故、自分の気持ちを認めない』
「違うものは違う!」
『お前だってもう気付いてるんだろ』
「そんなわけ……」
『いや、あるな』
「……」
『またそうやって逃げるのか』
「……」
『それじゃ何も変わらないんだぞ』
「……」
薄々、いや、もうはっきりと気付いていたのだ。
だって、俺の心はこんなにもはっきりと告げているじゃないか。
俺は、紬希のことが好きだ。
でも、この感情は持ってはいけない。そんな気がしてやまないのだ。
いや、これも『逃げ』なのだろうな。
そんなことは分かっている。でも、やっぱり怖いものは怖いのだ。
『しょうがないじゃないか』
とても都合の良い言葉だと思った。
俺はこの言葉を胸に、自分の感情にまた蓋をした。
それからは、紬希から距離を置いた生活が始まった。
朝学校に着いたら部室で時間を過ごし、昼食も部室で時間を過ごすようになった。
会話をしなくなった。目も合わさなくなった。挨拶も殆どしなくなった。そうなる様に自分で仕向けていった。
このまま距離をおける様になったら良い。そうしたら、どこかで諦められるから。
そう自分に言い聞かせながら……
これまでは、これで諦めが着いていた。でも、今回はこれではダメだった。
今までは、相手に『好き』という感情を抱いてなかったというか、その感情を認めていなかった。だから大丈夫だったのだろう。
でも今回は違う。はっきりと紬希のことが好きだと認めている。その上で、この感情を閉じ込めてしまっていたのだ。
認めているのといないのでは、こうも違うのだとは予想だにしていなかった。
この感情を抑えているのが苦しくて苦しくて仕方がないのだ。
『彼女を見ていたい』
『彼女と目を合わせたい』
『彼女の声を聞きたい』
『彼女と話をしたい』
『彼女をもっと知りたい』
『彼女にもっと俺を知ってもらいたい』
そして
『彼女と付き合いたい』
こんな感情は初めてだった。
感情と欲望が渦を巻いて、心の奥深くにある蓋を突き破って出てくる様な感覚。
もうこの感情を抑えることはできない。そう体で、頭で、そして心で悟った。
この感情は止まらない、いや、止めたくないと思った。
でも、こんなことは始めてだったからどうすれば良いのか分からない。
告白をすれば良い。そんなことは分かっている。
でもどうやって?
ここにきて、どうすれば良いのか分からなくなってしまっていた。
こうなったら仕方がない。
俺は、この持て余した感情の放出方法を知るべく、唯一の友達である彼を頼った。
そういえば彼は、恋愛の経験者なのだろうか。
友達でありながら俺はそんな事さえ知らなかったのだと今更気付いた。
でも、今それは後回しだ。まあ、覚えていたらいつか聞いてみようと思う。
帰りのホームルームも終わり、各々が部活に向かい始めたり、帰り始めたりしていた。
俺は、深呼吸をして、気合を入れて、友達の彼のところへ向かった。
欠伸をしながらカバンに教科書を詰めている彼の前についた時、俺はふとクラスを見回した。
まだクラスには十数人の人がいた。その中に、紬希がいたが、彼女は自分の正反対で、こっちに背を向けて友達と談笑していた。
そんな彼女を久しぶりに眺めていたら
「そういや最近、お前紬希とあんま話してないよな。喧嘩でもした?」
と聞いてきた。
「え?いや、してないけど」
と言うと
「ふーん」
と興味なさそうな返事だけ返してきた。
「ところでなんか用か?」
「え?」
「お前、俺の机のとこなんかに普段来ないじゃん」
「ああ、そうか。……実はな、」
俺は覚悟を決めた。
「俺、紬希のことが好きなんだ!」
「知ってる」
「えっ?」
即答された。なんなら、俺がこれを伝えようとしていたことさえも分かっていた様な気さえした。
「だから、知ってるって。」
「なんで?」
「そりゃあ、見てたら分かるよ」
「は?」
「まあ、お前自身分かって無さそうだったからな。だからあの時聞いたんじゃん」
「え?何が?何のこと?」
やばい。さっきから疑問形の言葉しか口にしていない。
「俺が聞いただろ?ちょっと前に」
「え?あれのこと?」
彼が言っているのは三ヶ月前の『お前、紬希のこと好きだろ』と聞いてきたやつなのだろうか。いや、よくよく考えたら、あれは質問というより確認のようだった気が……いや、そんなことある訳……
「そうそうあれだよ」
笑いながら彼が続けた。
「あの時は否定してたけど、あれからお前露骨に意識し出したもんなぁ」
「なっっ!」
どうやらそこまでバレバレだったらしい。そして、やっぱりあれは質問じゃなかったんだ。
ちょっと……どころではない衝撃だったけれど、仕方がないからもう開き直ることにした。
「そうだよ。もう意識しまくりだったよ。あれから会話どころか目も合わせられなくなったんだぞ。なんか恥ずかしくなって……」
「その割には好きって気づくの遅くね?」
「うっっ……そ、それは、」
……とその時、今話している彼とは別の方向から、今話している彼より高い声で、遠慮気味に割り込んでくる声があった。
「あ、あのちょっと……」
その声のする方向を向いてみると、ずっと見たかった、ずっと話したかった彼女『紬希』がやや俯きながら、恥ずかしそうに立っていた。
その瞬間、俺の頭は高速で回転した。
『どうしよう。いつから聞いていたのだろうか。どれだけ聞いていたのだろうか。彼女の他に誰が聞いていたのだろうか。待って、さっきまで彼女が話していた友達がみんないないんだけど。いや、教室の入り口にコソコソしている人達がいるな。あれ、他にいたクラスメイトは何処だ。彼らにも全部聞かれていたのか。そんなに大きな声だったのだろうか。いや、そんな筈は、ないとは言えないな。これはヤバイ。明日から俺はクラスでどうしたら良いんだろう。揶揄われるだけならまだ良いけれど。なんか温かい目とか向けられたらキツイな。俺ってそんなにクラスで目立たないよな。ってなると揶揄われなさそうだよなあ。だからといって温かい目をされるとも思わないなあ。これは、馬鹿にされるのだろうか。明日学校に来たらクラス中に広まっているのだろうか。クラスどころか部活まで広がってしまうのだろうか。そして黒板に俺の顔とか描かれて、悪口も書かれるんだろうか。いや、今はそんなことはどうでも良い。問題は、今の会話を紬希に聞かれていたことなのだ。どうしよう。ここまで来ちゃったら告白しないといけないのだろうか。いや、でも良く分からないんだよな。っていうかそもそもそれを聞くためにこいつのところに来たのに。何で単刀直入に聞かなかったんだよ。これで振られたら俺もう立ち上がれないぞ。っていうか、これどっちにしろクラス中に知れ渡っちゃうなあ。どちらかというと誰にも知られずに付き合いたかったのになあ。いや、まだ付き合えると分かった訳では無いんだった。っていうか、これで振られたら俺学校に来れないな。超バカにされるし。『超』って何だよ変なの。ってあぁもう!どうしたら良いんだよ……』
「なあ紬希、お前どこから聞いてたんだ?」
友達の彼の言葉で、俺の脳の回転は一旦止まった。そして、紬希の回答は
「……ほとんど全部だと思う。私のことを好きって聞こえたからびっくりして……そこから、かな」
恥ずかしそうに頬を赤らめて紬希はそう言った。
分かっていた。もう逃げ場はないって。まあ、今回は逃げるつもりも無かった訳だし、ただ、もうちょっと準備期間というものが欲しかったなあ……さあ、どうしようか。
「まあお前の自業自得だな。ここまで来たんだし告れよ」
俺の友達は、なかなか酷なことを言ってくれるじゃないか。俺はまだ準備をしてないってのに。
「自業自得って言われちゃあどうしようも無いけれど……でもまだ準備もしてないし、今の雰囲気はなんか告白する感じじゃないし……」
「そうだなぁ、じゃあ入り口にこっそり見ている奴らを教室に入れちゃおうか。クラスメイトに囲まれて告白なんて、めっちゃロマンチックじゃん。ってことで、入ってきて良いよ」
俺の友達は、なかなか酷なことを言ってくれるじゃないか……
本当にクラスメイトが入ってきた。……ちょっと待てなんで三十人以上いるんだよ。クラスに残ってたの十数人だったじゃん。
「え……いやちょっと待てよ……」
「ここでビビるのは見苦しいしカッコ悪いぞ。……よし、雰囲気造りもバッチリだな。じゃあ、告白をどうぞ!」
なんか変なフリをされたのだが……でももうやるしかない。覚悟を決めて紬希の方を向いたら、まだ俯いたままで顔を真っ赤に染めていた。
そんな彼女の顔を見た瞬間、色々な感情が溢れでてきて、それがグチャグチャになって、訳分かんなくなってしまって……
ーーここまで振り返って、やっとだいぶ落ち着くことができた。
でも、目の前にはまだ紬希が立っている。そして後ろからは、なんとも言えない視線がガンガンと突き刺さっていた。それは後ろだけというよりは、三百六十度全方位からも同じ様なモノが突き刺さってきていた。
生まれてこの方、ここまで多くの期待や不安など様々な視線に晒された経験がない俺にとって、一発目がこれとはなかなかキツいものだった。
だから、やっぱりそれを意識してしまった時には、頭が真っ白になってしまった。
そして、その中で『早く言わなければ』という感情と、『何を言えば良いのかわからない』という感情が混ざりに混ざって、誰も想像できない様な答えが口から出てきたのだ。
「つ、紬希」
「っはい!」
一瞬ビクッとなった彼女が、いつもより高い声で返事を返してくれた。
そして、会場の緊張感が一気に上がった。
俺は、生唾を飲み込み、
「お付き合いというものに興味はありますか?」
…
……
………
会場の雰囲気が変わった。
このなんとも言えない残念な空気をひしひしと感じた俺はやっと己の過ちに気付いた。
紬希は、何を言われたのかを理解していないかの様だった。実際、理解出来ていないのだろう。……あまりにも彼女が予想していたものと違って。
「あっっ、え、えぇと……」
頭は真っ白だ。もうダメだ。やり直したい。
そんな負の感情が頭の中に立ち込めかけていた時……
「くっくっく……はっはっは」
俺の友達が笑いを堪えられなくて、腹を抱えて笑い出したのだ。
「いや……おまえ……テンパり過ぎだって……」
そう言った後も彼は笑い続けていた。
体感では十分くらい笑われていた様な気がするけれど、やっとこさ笑いが収まった彼は
「そんな固くなるなって。お前の思ってることを素直に言えば良いだけなんだから」
このどうしようもない雰囲気を何とか持ち直してくれた。
その後にボソッと「まあ俺は何回でもボケてもらって良いんだけど」 と言っていたのは聞かなかったことにした。
そして、もう一回紬希の方に振り返って
「紬希、今度はしっかり伝えるな」
俯いていた紬希は、この言葉で俺の方をしっかりと見てくれた。
「俺はさ、これまでの人生で、自分の感情を誰かに伝えるってことをして来なかったんだ。それはさ、やらない事で、やれば出来るっていう可能性を残していたかっただけなんだと思う。でもそれは、何にも生み出さない行為なんだよな。それなら、もしそれが失敗だとしても、思いっきりぶつかってみた方が良かったんだよ。こんな簡単なこと誰だって分かってそうだけど、俺はそんなことにさえ気付いていなかったんだ。だからさ、俺はさっきまで紬希と距離を取っていたんだ。そんな露骨なことをしてた中でもさ、紬希は俺と会ったらいつもと変わらず挨拶をしてくれたよな。あれが無かったら、俺はずっとこんな風に一歩を踏み出すことはできなかったよ。本当にありがとう。俺に感情を伝えることの大切さや、素晴らしさを教えてくれて。
この他にもいっぱい言いたいことはあるけどさ、これ以上喋ってもうまく伝えられる気がしないし、グダグダ喋ってもあれだから、簡潔に俺の気持ちを伝えます!」
語尾に力を入れて一度言葉を切った。
ふぅと深呼吸をしながら周りを見回した。
さっきの残念な雰囲気とは全く違う、緊張感の高まった空間になっていた。周りからも期待や不安の視線が送られてくる。一番最初の雰囲気と似たようでありながらも、どこか心地が良い。このまま時が止まってしまえばいいのに、なんて思える空間だった。
ふと右を見ると、いつの間に移動していたのか、かの友達である彼が熱い視線を送ってきていた。
そんな彼に軽く笑みを見せると、椅子に座っている彼は右手の親指を立てて『決めろよ』と口パクで伝えてきた。
本当に彼には感謝しかないなあと思いながら、最後に紬希の顔を見た。
もう照れはなくなったのか、顔の赤みも取れ、俺と目があった瞬間微笑んでくれた。
ずっと見たかったこの顔。やっと見れたこの顔に幸せを感じ、噛み締めながら、最後の言葉を紡いだ。
「好きです。君の笑顔をずっと見ていたいし、今日伝えられなかった気持ちもこれから感じるであろう気持ちも全部伝えていきたいし、たくさん俺にも伝えて欲しいと思っています。
こんな俺で良かったら、付き合って下さい」
周りの緊張感が少し高まったが、俺の心は落ち着いていた。
彼女は少し間を置いてから、これまで俺が見た中で一番の笑顔で
「……はい」
紬希がそう返事をした瞬間、周りから歓声が起こった。
彼女の返事はたったの二文字だ。でも、この二文字に込められた思いの重さというものはとても測れるものでは無かった。でも、俺の心には確かにその重さが伝わって来る、そんな二文字だった。
昼でも肌寒く感じる様になって来た季節の夕方、この二人の周りだけはとても暖かい空間に包まれていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
私は最後の一歩を踏み出せなかったので、その想いを!と書いてみましたが、書くのはとてもとても楽しかったです。
この感情を少しでも共有できたら嬉しいです!
これからも少しずつ書いていけたらと思います。そして、ゆくゆくは連載でしっかりとしたものを書けるようになってみたいです!!
また機会があり、御一読して頂けたら幸いです。
では、またまた〜