不思議な国の迷い人
「う……ん……ここは……?え……?ど……どこ!?」
閉じていた瞳に当たる木漏れ日に目を覚ました私は、辺りを見回し混乱した、私は確か丘の上のモミの木の下で昼寝をしていたはず、だがどうだろう、目を覚ました私の周囲は鬱蒼とした森に覆われ、丘から見渡せたはずの草原も、小川も、私が住んでいる家すらも忽然と姿を消してしまっていた。
「おと……!!……」
思わず父の名を呼び助けを呼ぼうとして慌てて私は自の口を塞ぐ。
『いいかい、アリス、森の中で迷子になったとしても大きな声は出してはいけない、狼や盗賊に見つかる可能性があるからね、不安でも我慢してお父さんやお母さんの声が聞こえるのを待つんだ、聞こえたら大きな声で叫びなさい、きっと見つけて見せるから』
優しい父の笑顔と言葉が、混乱している私の頭を正気に戻していく……それにしても……ここは何処だろうか?記憶にある限りこの様な森は家の近くに無い、自生している何やらモコモコした植物もこれまで見たことが無い物である。
ため息をつき木の根元に腰掛け考えた、どうやらここは家からは遠く離れたどこか別の場所なのだろう、盗賊に攫われたかとも思ったけれど、拘束せず見張りも置かずに放置されているということはその可能性は低い、何にせよ近くに町か何かが無いか探さなければ……人里に降りて情報を得なければここが何処なのかもわからないのだ。
人里を探そう!決意を新たに気合を入れて立ち上がった私の目の前の茂みが、突如ガサガサと不穏な音を立て、その中から何かが飛び出してきた。
「きっ!やあああぁぁぁ!!あぁ……あ?」
思わず叫び声を上げて目を閉じる、少しの間の後おそるおそる目を開けた私の前に居たのは驚いた様子の一匹の茶色い犬だった。
「なんだ……驚かさないでよ……」
その場にへたりこむ私に犬が驚いたのは自分だとでも言わんばかりに抗議の吠え声を上げる、落ち着いて犬をよく見てみると、野良犬とは思えないほど毛並みが整っており、落ち着いた様子が近くに飼い主が居るであろう事を匂わせている。
「ねえ、お前の飼い主はどこ?近くに町とか無いかな?」
思わず口をついて出た言葉に我ながら笑いそうになる、犬に話し掛けてどうなるというのだろうか、言葉など通じるはずもないのに……。
自分がここまで追い詰められていたのかと、眉間を押さえ視線を戻すと目の前から犬が消えていた、一体どこへ……!?唯一の手がかりが!と、慌てる私の耳に犬の吠え声が聞こえる、見れば茂みの向こうから犬が顔を出し、こっちに来いとばかりに顎をしゃくると走り出す。
「えっ?ちょ、待ってよ!」
慌てて髪を1本抜いて枝に結ぶと昼食の入ったバスケットを掴んで追い掛ける、もし父や母が私を探しに来たとしても、私の髪が結んであるのを見たらきっとここに居たと気付いてくれるだろう、父も母も、いつもこの金色の長い髪をとても褒めてくれていたから……。
しばらく犬について茂みをかき分けていくと、街道のような場所に出た、馬車が通っているのだろうか?道に轍になっている箇所があるのを見るに、町にたどり着ければ意外と早く家に帰り着けるかもしれない、街道の先からの急かすような犬の声を受けて街路樹に髪を1本結ぶと犬を追って走り出す、ようやく帰れるかも知れない!そう思うと自然と走る足も軽くなった。
しばらく走り続けると町並みの屋根が見え始め、町の入口が姿を現す……が、そこに集まる影達を見て私の足が急に重りを付けたように重くなった。
異様なほどに巨大な頭、それに対して小さすぎる胴体、短い手足、何よりも異様であったのは頭部、どの人影も人ではなく獣の頭部が小さな体にくっついていた、かぶり物かと思ったが口元が、目が、耳が、その儚い期待を打ち砕くように忙しなく動いている、急ブレーキをかけ立ち止まった私を犬が不思議そうな表情で振り返り、そしておもむろにその後ろ足で立ち上がった……。
犬が私を指差し吠えるのと、私が弾かれるように振り返り走り出したのとどちらが早かっただろうか?私は恐怖に早鐘を打つ心臓を押さえながら無我夢中でひたすら街道を走り抜けた……。
…………
日の光が瞼に当たり私は目を覚ました、辺りは花畑、どうやら疲れ切って倒れたまま眠ってしまったらしい、昨日はあれから散々だった、追い掛けてくる化け物達からようやく逃れたと思ったら、奇妙な空飛ぶ物体に乗った黒づくめの男に散々追い回された挙げ句、昼食の入ったバスケットを奪われてしまった。
「お腹……減ったなあ……」
くうぅ……と情けない音を鳴らすお腹を押さえ、ボロボロになったお気に入りのワンピースをぼ~っと眺めているとなんだか無性に悲しくなった、泣きたくない、なのに涙は次から次へと溢れ出てくる、顔を押さえ、嗚咽を漏らさぬよう苦心していると視界に影が差した。
「大丈夫?どうしたの?」
突然を声をかけられ思わず肩が跳ねた、おそるおそる顔を上げると、声の主は逆光で見えないがどうやらこちらを見て微笑んでいるようだ、慌てて目元を拭い『大丈夫です!』と答えようとしたその時、またもやお腹が情けない音を立て、私は顔を真っ赤にして蹲った。
「うふふ、お腹が空いているんだね、ちょっと待ってね」
私はまだ赤いであろう顔を隠しながら、不思議と落ち着く声をしたその人を見上げる、すると、声の主はおもむろに自らの顔を掴むとメリメリと音を立てその顔を引き裂きはじめた、赤黒い何かを顔からボタボタと零しながら引き裂いた欠片を私の眼前に差し出す。
「さあ、僕の顔をお食べよ」
絶叫と共に私の意識は闇に呑み込まれていった……。
勢いで書いた、今は反省している