始まりははま寿司
俺は久保健ニ(クボケンジ)、沖縄生まれの28歳独身。
今は実家を離れ、○阜県の小さな製薬会社の営業として働きながら生計を立てている。
給料も安いし、上司は腹立つし、岐○は沖縄並みに田舎で、
ゲーセンすら見つけるのに苦労するが、特に不満もない充実した毎日を送っていた。
そんな俺に不幸が舞い込んだのは、忘れもしない秋風に冷たさが纏わりつく、あの日曜の夜のことだ。
その日の夜、俺はすき家で牛丼を卵付きで食べおえたあと、バイクで帰路についていた。
明日が仕事だということも忘れ気分よく、鼻歌交じりにエンジンを回していた俺の目に、あの忌まわしいすべての元凶が飛び込んできたんだ。
それは安価で新鮮な食材で寿司を提供し、各家族連れを想定した店舗設計のおかげでゆったりと広い空間で食事を楽しめる。
寿司だけでは物足りないぜいたくな思考の方にも、肉丼、うどん、各種デザートを取り揃え、老若男女に大人気。
寿司屋チェーンとして確固たる地位を築きあげたあの名店。
そう、○ま寿司だ。
その、は○寿司に、日曜の夜に外からでもわかるくらい順番待ちの列が作られているのだ。
老若男女があの狭い二階に上がる階段にぎゅうぎゅうと敷き詰められみんなスマホをいじっている。
それを見て俺は一つの疑念を抱いた。
結果それがあの悲惨な結果を生み出すことになるなんて、俺は想像だにしていなかった……!
いやできようがない……!
神様なぜ人はモノを考えるように作られたのですか!
知性があるから人は苦しむ……
そんな俺の疑念、それは……
「いや休みの日に順番待ちしてまで、は○寿司行きたいか?」
誤解があってはいけないので補足させていただくが、
俺は決してはま寿司をディスっているわけではない。
もちろんはま寿司は大好きだ。俺もよく行く。
だが並んでまで食べたいか? と言われればノーだ。
席が空いてなければ横にある○ストでハンバーグを食う。
みんな、そんなに寿司が好きなのか? ハンバーグじゃ我慢できないのか? 俺はどっちも食える。
ああそうか、寿司も肉も食えるからはま寿司なんだな、納得した。愚かな自分を許してほしい。
そんなくだらないことを考えていたのが、文字通り致命的だった。
俺ははま寿司にきをとられ、近づくガードレールに全く気づいていなかったのだ。
そして俺の体は宙を舞い、意識はここで途切れ、
目を覚ますと、
「体が縮んでいた!!」
「縮んでねーよハゲ」
洋風の厳かな部屋で声を上げる俺に、うんざり顔でツッコミを入れる向かいに座る金髪の少女。
いったいなぜこんな状況になってるかというと、
時間を30分程前に巻き戻せばならない。
俺は目を覚まし気づくとこの部屋で、何故か美少女と向かい合っていた。
少女は俺の方に目を合わせず羽ペンでせわしなく紙に何かを書いていた。
状況もよくわからないことと、謎の部屋に二人きりという状況が俺を混乱させる。
だってものすごい美少女だ。
語彙力がないので表現しづらいのだが、うつむいた顔がものすごい美少女なのだ。
訳がわからない現状だが、恥ずかしいし俺はなるべく彼女に視線を移さないよう周りを眺める。
部屋は映画とかでよく見る書斎という感じだった。
家具もそれっぽいのがならび、素人目で部屋の主のセンスを感じさせる。
「なにキョロキョロしてんだおめー」
「ひゅいっ!!!」
急な声かけに声が裏返る。
見ると少女は手を止めこちらに目を向けていた。
あっやっばいめっちゃ可愛い。
大好き。
「なんだ、お前ジロジロみてきて……きもちわりー、黙ってねーで自己紹介から始めろ、さっきまでの状況含め」
なんだかよくわからないが、少女は自己紹介をお求めらしい。
ならば語らねばならない、私の過去を。
それが30分前の出来事で、今に至るのだが、
「はま寿司見てて事故るやつとか始めてみたわ……
てかお前よく今まで生きてこれたな」
なんだか呆れられてしまった。
「いやいやアレは誰でも気になりますでしょ!
だってはま寿司ですよ!? たまの週末に、今日誕生日だからお母さんお父さんお外で食べた〜いっておねだりして、はま寿司連れてこられた子の気持ちを考えたら、夜も眠れないでしょ!!」
「いや知らねーよ! なに変に物語作ってんだどっからでてきたその子供。
てかおまえディスる気はないとか言っておきながら、
やっぱりはま寿司ディスってんじゃねーか!
全国の寿司屋チェーンに謝れ!!」
この女デキる。
ちょっと会話したら数十倍になってツッコミがかえってくる。
そしてこの容姿。芸能事務所が黙っちゃいない。
この女とコンビを組めば目指せるかもしれない、世界を。
「いや目指さねーから、さっさと死ね。いやしんでるか、じゃあもう一回死ね」
「心を読まれた上にめっちゃ罵倒された!! てか死んでないし!!勝手に殺さないで」
「いやマジで死んでるからおまえ冗談じゃなく」
「いやいやいや生きてんじゃんめっちゃ。
てかこれで死んでたら恥ずかしくない?
はま寿司に気を取られて死亡って……
デスノートに書かれないとこんな死に方しないよ普通。
いやいやいや……いやいやいや
…………マジですか?」
やっばい。そういやなんで俺こんなとこいるんだ?
病院? いやないない? 自分の部屋? それもない
なんか急に現実味を帯びてきた。
冷や汗がダラダラでる。
そんな俺を見て少女は、口元を歪めながら、
「というわけでクボケンくん、死亡おめでとーございまーす」
ほがらかに死亡宣告を告げた。