敢行
最初の打ち合わせから2日後。
再び山崎に事務所へ呼び出された出池は由香と共にある映像を見させられる。
それは山崎が映像投稿者との間に取り交わされた通話の模様を撮影したものであった。
出池のスマートフォンをスピーカーモードにしての通話であるため、相手側の投稿者の音声も明瞭である。
ここで明らかになった事実はさして驚くものはなかった。
投稿者は40代男性の既婚者で職業サラリーマンと名乗り、本格的に取材をするためいくつか質問に答えて欲しいという山崎の頼みを快く承諾してくれた。
スマートフォンの向こうから聞こえてくる声はどこか高揚していて映像を見ている出池は「テレビかなんかの取材と勘違いしていないか?」と一瞬思ったが、
自分の投稿した映像が取材するに値すると評価されたら確かに悪い気分はしないだろうなと納得する。
「あのですね、まず最初に聴きたいのがこの番組を放送してるテレビ○×って○×県のテレビ局になってるんですけど差出人住所がですね。
お隣の△○県になってるんですけど、それはそちらのご住所なんですか?」
「あぁ、それは家の住所です。家はケーブルテレビを契約しててですね、んで県境に近い地域ですから○×県のテレビ局が見られるんですよ」
「あ、そうでしたか」
トリックという程のからくりではなかった。
番組が放送されたのは3か月前。
わざわざ情報バラエティーを録画したのもその週末に夫婦で○×県へ出かける用があったため、番組コーナーの飲食店特集がその時の昼食の参考になればと思い録画したらしい。
実際の録画映像は食欲も失せるほどのショッキングな映像だったわけだが……。
それから3か月悩んだ末に山崎の事務所へ映像を投稿することを決意したらしい。
山崎の事務所を選んだのは投稿者が以前レンタルビデオ店で山崎制作のホラービデオをレンタルした経緯があり、それを思い出したのが理由らしい。
作品名をネットで検索、そこから事務所名、公式ホームページ、住所と芋づる式に情報を得たと言う。
元々山崎のホラービデオ制作スタイルが投稿映像を題材にしているということ、
全く知らないところよりも画面を通しただけとはいえ見覚えのある製作チームを選んだことが繋げるきっかけを生んだというわけである。
なるほど、見ず知らずの業界なのだから少しでも知った名前に飛び付くという心理は分からなくもない。
該当地域の住人ではないと判明したため、山崎はこれ以上の情報入手は不可能と判断し、早々に通話を切り上げようとする。
「最後にお聞きしたいのはどうしてこの映像を我々の方に送って下さったんですか?」
「なんていうんですかね……他県の番組だし、時間も時間なんで僕の同僚は誰も見てないわけですよ」
「ええ」
「アレを見た?なんて確認しようがないし、これ全然事件にもなってないじゃないですか。
今そちらさんと同じ話題で話せてるのもなんか不思議で……自分達の見た物が、いや自分達が正気なのかどうか確かめたかったというか……」
今まで知り得なかった感覚をなんとか言語化しようと必死になっている投稿者。
出池は二日前の自分とまるで同じだと思った。
自分の知識にない、あるいは理解の及ばない怪物妖怪が目の前に出てくれば想像を絶する恐怖というやつが湧いてくるのかもしれない。
だが、"本来なら世間を騒がせてもおかしくない事件"それも生放送で堂々と行われた殺人事件を、世間の誰もが黙殺し自分と妻だけが脳裏に焼き付けてしまった。
隣県のテレビ電波を拾ったという特殊な環境下が原因とも言えるが、それを抱え込むのは確かな恐怖と苦痛であろう。
「殺人の模様が生中継された」と確証の取れていない出来事を周りに言い触らすということも責任ある社会人としても憚られる。
そうなると最後はそれを事実と捉えてる自分を疑う方に振らざるを得なくなる。
投稿者の口調はあくまでも穏やかであったが、そのような苦悩が透けて見えると出池には思えた。
山崎は慇懃な態度で投稿者に礼を述べて通話を切り、VTRはここで終わった。
「まぁ……特に収穫が無かったわけだ」
黙りこくる出池、由香を前に山崎はあっけらかんと言ってのけた。
自分で言ってしまう辺りがらしいなと二人は思ったが、有力情報を得られなかったため取材は停滞したままだ。
「だからさ、局の方に突撃取材をしようと思ってるんだけど」
「はい?」
山崎から口を衝いて出た言葉に出池は耳を疑った。
つい先日山崎から聞かされた言葉を反芻しながら彼は反論する。
「いやいやいや突撃って……外堀埋めてからって言ってたじゃないですか。ザキさんが言ってたんすよそれ」
「だってどうしようもねえじゃん」
平然と言ってみせる山崎の言動に出池は頭を押さえる。
計算高い一面と同時にそれを自分で崩す割りきりの良さも山崎らしさではあるのだが、取材を引っ張るリーダーがこんな行き当たりばったりタイプで良いのだろうかと出池としては心配でならない。
しかし山崎は二人の顔を見回して念を押すように、
「だから、明日全員で○×県へ行きます」
と言った。
これはもう決定事項だ、覆らないのだとなのだと言わんばかりに。
由香は淡々と、出池は渋々それを了承した。
出池は自分の隣で顔色一つ変えないで山崎に従っている由香が不思議でならなかった。