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ゴーストライター  作者: 岡部麒仙
9/9

再び渋谷にて

 それから二年の歳月が流れた。天文学的には地球が太陽の周りを公転して同じ所に帰って来たにすぎないが、人の営みは移ろっていく。

 そんなある日の午後、村瀬は渋谷の喫茶店で郷須都雷太と差し向いになってコーヒーを飲んでいた。

「やっぱりこうなったか。君はまた戻って来ると思っていたよ。それにしても、まさか君が大学を退職するとは思わなかったな」

「ええ、やりたい研究を自由にできないなら、大学に在籍している意味はありませんから」

「ふーん。大学教授は多くの若者が憧れる職業だけどね。なるまでが難しいけど、サラリーマンと違って営業成績を査定されないし、十年以上一本も論文を書かない人もいるくらいだから、一度専任講師になってしまえばこっちのものだと思うけどね。現実はそういうものじゃないのかな?」

「専任講師はゴールではなくスタートにすぎません。それからも数々の困難が待ち受けています。その点ではゴーストライターの方が気楽な稼業ですよ」

「少し前にも、ある学生から大学教授になれば好きなことを自由に研究できますかと訊かれたけど、実際はどうなのかな?」

「大学教授はあらゆる束縛から解放された自由な職業ではありません。それよりもゴーストライターの方が自由に研究できますよ。やりたいことを何でも自由にできるのは独裁者と隠遁者だけです。だったら隠遁者になる方がはるかにたやすいことですよ」

「僕たちは隠遁者なのか。大学教授よりはるかに社会に貢献しているけどねえ」

 郷須都はそう言って乾いた笑いを漏らした。

「妻にも言われたんですが、ゴーストライターをやっている俺の方が生き生きしています。やっぱり俺にはゴーストライターの方が性に合っています」

「そうか……。人生いろいろだな。次の原稿は六月頃に頼むね」

 喫茶店を出て、しばらく目的もなく街を歩いた。立ち止まって通り過ぎる人々を眺めると、自分だけが足枷を外されたような自由な感覚がした。それは風と溶け合って都会の景色に調和するようだった。

 村瀬は本郷大学を退職したのだ。当初は告発して朝倉を追い落とそうかと思ったが、そうすると、もう郷須都のグループには戻れなくなる。だから何もせずに大学を去った。

 専任講師のポストなど村瀬にはもう必要なかった。どの派閥にも属さない自由な文士として好きな研究に打ち込める。その喜びは専任講師のポストで替えられるものではなかったのだ。

 村瀬は札束が入った封筒を握りしめながら今夜の過ごし方を思案した。今夜は高級なウイスキーで晩酌をしようか。それともたまには雪奈を豪華なディナーに招待しようか。

 村瀬は日光が照らす都会の雑踏へ歩き出した。空を見上げると、鳥がはばたいていた。

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