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ショットガン・ライフ  作者: Arpad
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第七章 ステファン、生傷にナイフ、抉り込んだ

 馬車は、集落跡から北西に抜けた荒れ地で停車した。台地の陰で、一先ず休息を取ることにしたのだ。

「・・・我々の動きは、以上です」

 焚き火を囲みながら、ステファンの就任から、クィラの登用、そして救出作戦までの経緯を話すと、頑強な兜がゆっくりと上下した。

「そうですか、貴方がイーサンの・・・」

 考えてみれば、彼はイーサンと共に激戦を繰り広げてきた戦友だ。正義のヘシオンを継いだという者が現れて、思うところがあるのだろう。ステファンは陰険な皮肉を受けることさえ、覚悟していた。

「・・・何にせよ、助けて頂いたことに感謝を。私は忠誠のヘシオン、エーザ。不動の甲冑を賜りし、教会騎士」

 不動の甲冑という名に相応しく、あれだけ引き擦り回されたというのに、甲冑には傷一つ無く、中身も無事らしい。

「それと・・・無事にたどり着けたようですね、ジュライ?」

 エーザは馭者に対して、親しげに問い掛けた。

「お知り合い・・・ですか?」

「ええ、ジュライも侵攻部隊の一員だったのですよ。正義の・・・イーサンの敗死を一刻も早く伝える為、乱戦の中、一人撤退してもらいました」

「いや、恥ずかしい話だがね・・・仲間を見捨てて逃げ出したんだから」

 ジュライは苦々しい表情で、頬を掻いた。

「ですが、貴方が報せたから、エミ河城塞の防衛線構築が間に合ったのでは?」

「ありがとう、新人君・・・そうだと有り難いが、主の方が先に察知されていたわけだ。まあ、俺は自宅療養を命じられ、その後救出に向かった命知らず共の支援を命じられたのさ・・・それでだエーザ、皆は無事か?」

「クノーリエやハンパッツィの何人かは・・・」

「そうか・・・ずいぶんと減っちまったな」

 重苦しい沈黙が流れる中、ステファンが手を挙げた。

「ご飯にしましょう」

『・・・ふぁ?』

 ステファンの突拍子の無い申し出に、皆の口から変な声が漏れた。

「私はお腹が空きました。お腹が空くと、暗くなりがちです。エーザ殿は、もう何日も食事を摂れていないでしょうし」

 ステファンがあまりに真摯に言うものだから、一同から笑みが溢れ出した。

「・・・ふっ、こいつは一本取られたな。確かにその通りだ、新しい正義のヘシオンは中々の曲者らしい」

「イーサン殿は、違いましたか?」

「あいつは真面目というか、笑いを生む様な奴ではなかったからな」

「そうですね、イーサンは・・・とことん落ち込む質でした」

「あの、私も真面目なつもりなのですが・・・?」

「・・・ステファンは、抜けてるから、仕方ない」

「あはは・・・酷いなぁ、クィラ殿は・・・」

(後で覚えておけよ、野性児)

 クィラにだけ判るように、ステファンは心の内で毒づいた。

「ふっ、悟りのお嬢ちゃんは何とも手厳しいじゃないか。二人はあれかい? 恋仲なのかい?」

 ジュライは小指を立て、にやけながらステファンに尋ねてきた。こう見ると、酒場でよく見掛ける様な、ただのおっさんである。

「ジュライ、失礼ですよ!」

 エーザが紳士的にジュライを制止するが、チラチラとステファンの様子を窺ってきていた。どうやら気になるらしい、兜がギシギシと鳴るからバレバレである。

「はぁ・・・違いますよ。彼女は彼女の目的があって、同行してくれているだけです」

(これだからオヤジは・・・)

 ステファンが呆れながら返答しても、ジュライはニヤニヤと訝しんでくる。

「ほほう、そうなのかい? だが、お嬢ちゃんも気を付けなよ? 男なんて所詮は狼なんだからさ」

 ジュライの下世話さには困ったものだ。ステファンはここで終わらせるように、心の内でクィラに依頼した。

「・・・大丈夫、狼の扱いには慣れている、から」

『・・・えっ!?』

 今度は違う意味で、一同から、変な声が漏れた。それでは、男の扱いには慣れているという意味にも聞こえるからだ。

「く、クィラ殿は、本物の狼と暮らしていたんですよ。それに起因した冗談かと・・・」

 ステファンが即座に助け船を出すと、クィラは小さく頷いた。

「・・・うん、冗談、よ?」

 そうしてようやく、ジュライやエーザから笑いが溢れた。

「ふっ・・・何だ、悟りのお嬢ちゃんも曲者だったのか、面白い面子だな、君達は・・・さてと、夕飯の支度をするとしようか。心得のある奴は、手伝ってくれ。エーザは、ここで休んでな」

 それから、ステファン達は馬車の中で調理を行なった。意外と言うのもあれだが、ジュライは非常に手慣れた様子で調理を行ない、食材を次々と食欲を誘う料理へと変貌させていった。結局、ステファンとクィラは本当に手伝うことしか出来なかった。

 手伝いの一環として、料理を焚き火の元まで運び出そうとしたステファンは、焚き火の傍らに腰掛ける人物を見て、度胆を抜かれる。エーザが座っていた場所には、ステファンと歳の変わらないくらいの少女が座っていたからだ。

 ステファンはそっと馬車の中へ戻り、クィラの肩を突っついた。

「あのさ・・・焚き火の前に見知らぬ人が・・・」

「・・・ん?」

 クィラを引っ張っていくと、彼女は得心がいったらしく、大きく頷いた。

「・・・あれはね、エーザだよ」

「・・・・・・やっぱりか?」

「・・・想像と、違った?」

「ああ・・・筋肉隆々の武骨漢だと思ってた」

 ステファンは、至極真面目に、そう答えた。

「・・・私は、読めてたから」

「本当に便利だな・・・それで、どんな人物なんだ?」

「・・・頼り切り、良くない。料理持って行って、仲良くなる」

「くっ・・・そうだな、その通りだ。俺とした事が、諜報の基本は会話からというのを忘れていた」

「・・・うん、ステファン、口は達者だから、大丈夫」

「あはは・・・あんたはその口下手を何とかしような?」

「・・・善処、する」

 ステファンは意気を新たに、エーザの元へと料理を運んでいった。纏っているのが藍染の袖無し貫頭衣と短パンだけなので、その華奢さがありありと見て取れる。教会騎士としての基礎的な筋肉は備わっているようだが、とてもあの大鎧を着回せる体格には見えない。流石は神器と言ったところだろうか。

「御加減は如何ですか、エーザ殿?」

 ステファンは、湯気の立つショサスが載った皿を、エーザの眼前に差し出した。

「わっ!?」

 すると、エーザは奇声を上げて跳び退いてしまった。

「すみません、何か失礼を?」

「い、いえ・・・その、ここ3、4日ずっと甲冑を来ていたものですから・・・臭いが、その・・・」

 ステファンはエーザの意図をすぐに理解した。どうやら体臭が気になるらしい。非常時だったのだから、気にし過ぎなくても良いのが、それでも気にするというのは、協調性が高い証拠である。

「なるほど・・・それは気付かずに申し訳ありませんでした。この料理を受け取って頂けたら、すぐに離れますので」

「あの、その・・・面目無いです」

 エーザは全力で右手だけを差し出してきたので、ステファンもそれに倣い、片手を突き出して料理を手渡そうと試みる。しかしその時、雷鳴にも似た腹の音が、エーザの方から轟いてきた。

「わわっ!?!?」

 エーザは皿を受け取る前に、腹を抱えて、しゃがみ込んでしまった。腹の音を恥じての行動だろうが、3、4日飲まず食わずだったろうから仕方がないのだから早く受け取って欲しい、とステファンは若干苛立っていた。

「すみません、すみません!!」

 エーザは耳まで真っ赤にして、うずくまってしまった。これでは、埒が明かない。ステファンは、打開策を思い付き、指を鳴らした。

「来い、ダッキー!」

 ステファンが呼び掛けると、馬車の中からダッキーが転がり出てきた。そして、彼の前で球状形態が解かれると、ステファンはダッキーの背にそっと皿を載せた。

「運ぶんだ、ダッキー!」

 ダッキーは、そのチマチマした歩みによって絶妙なバランス力を発揮し、見事に皿をエーザの元まで運び切ってみせた。

「わっ・・・可愛い」

 エーザが皿を受け取り、そのまま帰ってくれば良いものを、ダッキーは鼻をスンスンと鳴らし、一度咳き込んでから踵を返したのだ。実に可愛いらしい仕草であったが、エーザは真っ赤になって震え上がっていた。これ以上は、収拾がつかなくなりそうなので、ステファンはダッキーを抱き上げるなり、馬車の中へと引き上げていった。

 ダッキーを叱ってやろうかと、ステファンは彼の目を見据えた。

「・・・・・・可愛い」

 だが、その純朴な目を見ているうちにステファンは、いつも間にやらダッキーをぎゅっと抱き締めていた。

「・・・仲良く、なれた?」

 クィラが、コップと水差しを差し出しながら、ステファンに問い掛けた。

「いや・・・これは、駄目かもしれない」

 思考を読んだクィラは、事の経緯を知り、続いてエーザを遠望した。

「・・・大丈夫、だよ。次はこれを持って行って」

 そう言い切ると、水差しと入れ替わりでダッキーを取り上げ、ステファンは馬車から押し出された。

「何だよ、もう・・・」

 恨めしそうな目を向けるステファンに、クィラは顎で運ぶように促す。渋々、ステファンが振り返り、度胆を抜かれる。エーザがいつの間にか、甲冑姿になっていたからだ。それに料理にも手をつけていない。

 何かと痺れを切らしたステファンは、思い切ってエーザの傍らに腰掛けてみた。そして、無頓着な振りをし、核心へと踏み入る。

「私に何か、思うところでも?」

「え、いや・・・そういうわけでは・・・」

「正義のヘシオンを名乗られるのには、やはり抵抗が?」

「それは・・・・・・無いと言えば、嘘になります。少なくとも私の中では、イーサンが正義のヘシオンの代名詞でしたから」

「伝え聞くところに依ると・・・イーサン殿とは長い

付き合いだったとか?」

「はい、教会騎士団では同期でした。それから、彼がヘシオンに任命され、しばらくは私や他の同期と組んで、エミチア周辺の遊撃任務に就いて・・・私がヘシオンに任命された頃に、ジュライやクノーリエと知り合って、イーサンがエミ河城塞を取り戻そうと言い出して・・・それからは怒濤の様な日々でした」

「・・・イーサン殿は、どの様な最期を?」

「・・・あれは、この周辺の名有りブダニシュを狩り尽くした後、造物主の本領へと攻め入るべく、伝説に謳われる谷へ足を踏み入れた時でした・・・」

 百戦錬磨、人類屈指の部隊となったイーサン率いる侵攻部隊は、伝説の谷に築かれたブダニシュの砦へと攻め入ったそうだ。砦には多くのブダニシュが詰めていたが、ヘシオンの獅子奮迅たる戦いぶりにより、陥落させる事が出来た。だが、砦の陥落こそが敵の策略が動き出す合図となっていたらしい。砦を制圧したところで、ブダニシュの大軍と十数体の名有りが攻城戦を仕掛けてきたそうだ。侵攻部隊は少数精鋭、守りの戦いには苦戦を強いられた上、予め用意されていた隠し通路からもブダニシュ達が雪崩込んできたという。侵攻部隊は乱戦を繰り広げながら、エミ河城塞まで撤退しようと試みた。だが、殿を務めていたイーサンは、10体の名有りを相手取り、一瞬の隙を突かれ、惨殺されてしまったのだそうだ。その後は先の会話通り、ジュライが伝令として離脱し、エーザは残された仲間を率いて近くの山林へと逃げ込んだのだが、追っ手を巻く為の囮となり、最終的には人質として捕縛されてしまう。

「・・・その様な事になっていたのですね」

「はい・・・今は仲間の無事を主に祈るばかりです。ステファンさん、正義のヘシオンという名は、身に余る期待を集めてしまうでしょう。ですが、どうか負けないで」

「・・・私は、イーサン殿の代わりには成れませんし、失礼ながら成るつもりもありません。そもそも、本来は欠番する事すらあるヘシオンの任命が、これほど早くに引き継がれるのも前代未聞ですし・・・現状が窮地なのか、はたまた攻め時なのか、今回の任命がどちらを意味するのかは判りませんが、私の力が及ぶ限りは使命を果たそうと思います」

「ふふっ・・・心配は無用だった様ですね。繰り返すようですが、イーサンとは大違い。彼は思い詰める質でしたから」

「あはは・・・心配事というか、不安な事はあるんですけど・・・」

「何ですか?」

「えっと・・・馬車で引き擦り回したり、そこへ飛び乗ってしまったりと・・・申し訳ありませんでした」

「ああ、その事ですか・・・あの方法を言い出したのはジュライでしょうし、この神器を纏っていれば問題ありません。それと、足場にされた件は・・・ちゃんと謝罪の言葉は聴こえてきましたし、追っ手を退けるには仕方がない事だと解釈しています」

「ですが・・・」

「大丈夫ですよ、ヘシオンになってからは大体こんな扱われ方ですから」

「だ、大丈夫に聞こえないのですが・・・一先ず、良かったです、エーザ殿に恨まれているのから、運んできた食事を食べて頂けないのかとばかり・・・」

「いえ、それは・・・その、匙が無いと食べられなくて、素手はちょっと嫌だったもので」

「匙・・・すぐに取ってきます!」

 ステファンは、すくっと立ち上がると、慌てて馬車へと引き返した。とんだ勘違いを仕出かしていたが、どうやらイーサンの元仲間達から懐疑的な対応を受けずに済みそうなのが判っただけでも良しとしよう。禍根を残すと、内通者だったという過去を暴き出されてしまうかもしれない。どこから綻びが出るか判らない以上、気をつけておくに越したことはないだろう。

 密かにほくそ笑みながら、ステファンが馬車へ戻ると、クィラが匙を手渡してきた。

「気が利くじゃないか・・・いや違うな、覗いていたのか?」

「・・・うん、勘違い、面白かった」

「ふん、まるで喜劇の様だったか?」

「・・・うん、大爆笑。でもやっぱり、君は最低」

「何でさ?」

「・・・エーザ、イーサンが、好きだった、のよ? ステファン、生傷にナイフ、抉り込んだ」

「嫌に表現が生々しいな・・・話聞いてるうちに気付いたが、俺には関係無いな」

「・・・だから、最低」

「ぬぅ・・・次からは、気をつけておく」

「・・・うん、私たちの分の料理も、出来たから、運んで一緒に食べよう?」

「そうだな・・・運ぼう」

 ステファンは匙と料理を受け取り、クィラと共に焚き火へと向かった。ダッキーはソファの上で寝息を発てている。

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