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ショットガン・ライフ  作者: Arpad
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第一章 悪いな・・・俺は存外、運が良い

 ステファンは旅装を整えると、すぐさま東へと旅だった。

 ブダニシュとの主戦場は教団本部及び隣接する首都アルパチアから遥か東、徒歩で2日程掛かるエミ河流域なのである。ステファンは馬車を利用せず、徒歩でエミ河へと向かっていた。一つ、秘密裏に済ませておきたい私用があったからだ。

 私用とはもちろん、ブダニシュ密偵の始末である。裏切ると決めたからには、内通者であった痕跡を消しておかねばならない。ついでに、他の内通者と報告先の情報を得られれば、ニッコリである。

 というわけで、ダッキーとの散歩気分で街道を行くステファン。ダッキーの一生懸命ちまちま歩く姿に心癒されていると、突如としてステファンが姿を消してしまった。街道に空いた大穴に、落ちてしまったのだ。

 街道と言えど、首都から離れる程に石畳から剥き出しの地面へと移行していく。なので、何らかの理由で大穴が空く可能性も無くはないが、明らかに人為的なものだろう。つまりは落とし穴だ。これがまた絶妙に作られていて、ちょうど両腕を突っ張れない横幅で、跳躍しても縁に手が届かない深さになっている。文字通りの打つ手無しで途方に暮れるステファン。ダッキーが心配そうに彼を見下ろしている。

「来るな、ダッキー。二の舞になるぞ?」

 ハラハラしながら相棒の動向を見守っていると、落とし穴の上から、落とし穴の中を覗いてくる男達が現れた。それがどうにも、一般市民には見えない風体しており、ステファン的には嫌な予感しかしない。

「頭目・・・坊さんが引っ掛かってますぜ?」

「本当だ、坊さんだな・・・おい、出してやんな」

 程なくして、穴の上から縄が垂らされ、ステファンはそれを利用して地上へと帰還した。地上には、どこから現れたのか8人の男達が雁首を揃えており、穏やかな雰囲気とは言い難い状況である。

「ふぅ・・・この穴は、貴方達が?」

 ローブに付いた砂埃を叩きながら、ステファンが尋ねると、頭目と呼ばれていた男が悪びれる様子も無く頷いた。

「ああ、そうだ。悪いな坊さん、あんたを狙ったわけじゃあ無いんだ」

「・・・意図して行なったわけではないと?」

「そうさ、あれは商隊用の罠だからな。信じられないかもしれないが、俺達は坊さんには手を出さないんだぜ? あんたらが居ないと、人間自体が滅んじまうからな」

「そうですか・・・本来ならば職務上、貴方たちを悔い改めさせねばならないのですが、私も先を急ぐ身ゆえ、通して頂けるなら、今日の事は忘れましょう」

「そいつはありがたい話だな。ここで争っても互いに儲けがあるわけじゃない。すぐに立ち去るなら危害は加えるつもりは無いぜ?」

「ええ、そうします。では行きますよ、ダッキー・・・・・・ダッキー?」

 ステファンは周囲を見回し、先程まで穴の縁に居たはずのダッキーが見当たらない事に気が付いた。

「おっと、何かお捜しかい?」

「ええ、ダッキーという、珍妙な見た目をした私の相棒なのですが・・・」

「もしかして・・・こいつかい?」

 頭目は、スッと球状の物体を差し出してきた。よくよく見ると、丸まったダッキーの様であった。

「おお、そうです。ありがとうございま・・・す?」

 ステファンが引き取るべく手を伸ばすと、頭目はスッとダッキーを引っ込めてしまった。

「悪いが、こいつは今日の成果なんだ。こんな見たことの無い生物なら、きっと高く売り捌けるぜ」

「売られては困ります!」

「こっちもタダで落とし穴を掘ったわけじゃあねぇんだ。これで手打ちといこうじゃあねぇか?」

「・・・困ると、申し上げたはずですが?」

「・・・こっちも、すぐに立ち去るなら危害は加えないと言ったはずだが? これ以上騒ぐなら・・・分かっているよな?」

「返して頂くまで、私はここを動くつもりはありません」

「そうかい・・・殺れ」

 頭目の指示が下り、7人の男達がそれぞれ腰に提げていた山刀を引き抜き、ステファンへと詰め寄ってきた。盗賊の本性を露にしたようだ。

「恨むなら運の悪い自分を恨みな、坊さん」

 振り上げられた山刀が、無情にもステファンの頭部目掛けて振り下ろされる。しかしステファンは、慌てる様子もましてや避ける素振りすら見せずに、自身の得物に手を伸ばす。それは、肩掛けにしている散弾銃ではなく、腰に提げていた柄が拵えられた鉄の棒。旅する僧侶の必需品、鉄鞭である。

「悪いな・・・俺は存外、運が良い」

 ステファンは、瞬く間に鉄鞭を抜き付けると、振り下ろされた山刀を横薙ぎに打った。けたたましい金属音が、街道に響く。鉄鞭で打たれた山刀は、糸も容易く根元からへし折れてしまった。

「な、何で!?」

 頑強さが売りの山刀をへし折られ、動揺を隠せない盗賊。ステファンは返す刀で、そんな盗賊の顎を打ち払った。金属をへし折る金属の一撃、盗賊の顛末は説明するまでも無いだろう。

「まったく・・・最初から襲い掛かってくれば、時間を無駄にすることも無かったというのに」

 ステファンは、鉄鞭で自身の肩を軽く叩きながら、不敵に笑った。

「さて、悔い改める覚悟は出来たかい?」

「この生臭坊主がぁっ!!」

 仲間が倒され、御立腹の盗賊たちは、山刀を振り上げ、ステファンに殺到した。

 ステファンは笑みを絶やさずに、一人一人の山刀を叩き折り、それぞれの腕や足、肘や膝も叩き割っていく。あまりの手際の良さに、ステファンと2合と打ち合える者は居らず、盗賊はあっという間に頭目を残して、極めて際どい状態で無力化されてしまった。

「お、お前・・・坊さんじゃあねぇのか?」

 頭目は青ざめた顔で、歩み寄ってくるステファンに抜き身の山刀を向けた。

「嫌だな、私は立派な僧侶ですよ? ただ、武の鍛練も欠かさず行なってきてだけの僧侶です」

「くっ・・・来るんじゃあねぇ! こいつが死ぬぞ?」

 頭目は、山刀の鋒を丸まったままのダッキーに突き立てた。

「ほぅ・・・やってみては?」

「な、なん、だと?」

「殺ってみろと言ったんだ、盗賊。殺れるものなら、な?」

「こ、この野郎!!」

 頭に血が昇った頭目は、片手に持ったダッキー目掛けて、山刀を突き刺した。しかし、山刀の鋒はダッキーに刃が立たず、身体の表面を滑って、そのまま自分の掌を刺し貫いてしまった。

「ぬぁぁぁッ!?」

 悶絶する頭目の手から、ダッキーが滑り落ちる。ダッキーは何度か跳ねると、球状を解いて、地面に着地した。

「良いぞダッキー、最高だ。さてと、仕返しが必要だな・・・ダッキー、粗相!」

 ステファンが呼び掛けると、ダッキーは身を震わせて、臀部の辺りから何かを排出した。何か、と言ったのは、それが通常連想するような代物では無かったからである。それは、楕円形で、表面がボコボコとしていて、頭目の足元まで転がると、部品が弾け飛んだ。

「ぐっ、これは・・・松ぼっくり?」

 頭目が首を傾げ、ダッキーが再度身体を丸めた次の瞬間、ダッキーの排出した手榴弾が爆発した。ダッキーは激しい爆風で吹き飛ばされるの利用して、ステファンの懐へと帰還した。

「おかえり、ダッキー♪」

 ステファンが背中を撫でてやると、球状を解いて、腹を撫でろと動作で催促してきた。可愛い奴である。

「おお、偉いぞダッキー。ちゃんと手加減出来たんだな?」

 爆煙が掃けると、まだ五体満足の頭目が、痙攣を繰り返している姿が見えた。ダッキーの粗相には、破片が仕込まれていなかったので、重度の火傷と小石か何かで出来たと思われる裂傷、各種骨折、それと鼓膜が破れたくらいで済んでいる。

「素直に謝っていれば、足一本で済んだものを・・・人間、欲をかくと碌なことにならないのが、世の必定だな」

 ステファンは辛うじて息のある盗賊らに訓戒を呟きながら、鉄鞭を腰部の革鞘に戻すと、ダッキーを抱き直し、再び東へと歩き出した。



 首都アルパチアからエミ河までには、途中に2つの宿場町が存在している。2日という旅程は、それぞれの宿場町で夜を明かすことを踏まえて考えられているのだ。

 最初の宿場町アノーで、ステファンは小教会に身を寄せることにした。小教会は、旅する僧侶を暖かく迎えてくれる。ヘシオンの身分を明かせば、かなり厚遇してくれるのだろうが、ステファンはただステファンとだけ名乗るに留めた。とはいえ、宣教師ステファンの名もそれなりに知れ渡っており、結局は厚遇を受けることになる。夕飯には、祝いのショサスを振る舞ってくれるそうだ。

 ショサスとは、蒸かした芋を潰し、そこへ削ったチーズと塩漬け肉各種、小麦粉、あれば胡椒、そして聖なる植物油を加えて混ぜ合わせ、円盤状にまとめてから鉄鍋で揚げ焼きにする料理である。古くから芋を常食してきた我々の伝統料理であり、味気ないバリヨン芋が常食用で、甘味の強いアヌマ芋を使ったものが祝いのショサスと呼ばれているのだ。まあ、アヌマ芋を調理するのに倍の時間と手間が必要になるのが祝い用になった真実だが。

 この料理の決め手は、チーズの含有量。如何に表面を美味しく焦がすかが大事なこの料理、チーズの含有量で焦げ易くなったり、お焦げが作れない等、腕の魅せ所である。

 ここのショサスは、表面のチーズが見事な焼き色に仕上がっていたので、当たりと言えるだろう。食事の前に、聖なる植物油を小匙一杯口に含むのが、頂きますの合図である。

 祝いのショサスと豆のスープを、小教会の食堂で頂いていると、ここに所属する僧侶見習いの会話が、ステファンの耳に届く。

「騎士殿、帰ってこないな・・・」

「ん? ああ、森に様子を見に行ったままか・・・まさか、6人目に?」

「止めろよ、縁起でもない・・・」

 穏やかではない会話に興味をそそられたステファンは、席を立ち、彼らの隣に腰を降ろした。

「その話、詳しく聞かせて頂けませんか?」

「あ、貴方は?」

「私は本日、ここの屋根をお借りする、ステファンという者です」

「ステファン、さん? ああ、聞いていますよ! アルパチアの宣教師ステファンさんですよね?」

「はい、今は旅する身ですが・・・それで、何を話していたのですか?」

「それは・・・その物騒と言いますか、不気味な話でして・・・」

「なるほど・・・では、何か力に成れるかもしれません」

 ステファンは、ローブの衿元から白銀製のメダルを取り出した。これは、ヘシオンの身分を示す為の物であり、人間を基調とした教団の紋章が刻印されている。

「ヘシオン!? そ、それで、ステファンさんは旅を?」

「ええ、使命を受けたものですから・・・それよりも、話を」

「は、はい・・・少し前から起き始めたのですが」



 僧侶見習い達の話では、少し前から宿場町の人間が確認されただけでも5人、行方不明になる事件がここ数週間続いていたらしい。

 共通するのは、近くの森に出掛けて行ったまま帰らないという点である。森が怪しいのは火を見るより明らかな為、駐在していた教会騎士が今朝方、様子を見に行ったらしい。

 教会騎士とは、造物主勢力と対抗する教団の主軍であり、政務や儀式に励む僧侶とは対極の存在と言える。その武力は確かなものであるが、所詮は人間。圧倒的な力を授かるヘシオンと比べれば、個々の能力は低く、集団戦で本領を発揮する者達という印象がステファンの中では強い。

 夜の帳が降りた森を、ステファンは松明片手に歩いていた。森の様子を見て来ると、小教会を出てきたのである。僧侶達も同行を願い出てきたが、授かった力は周りにも被害を与えかねないと諭し、やんわりと断っていた。付いて来られては、色々と都合が悪いのだ。ダッキーでさえ、置いてきたのだから。

 ステファンは、初めて来たとは思えない慣れた足取りで、森の奥へと向かっていた。だが不意に、軽快だった歩調がピタリと止まる。そして、ゆっくりと辺りを見回し始めた。夜の冷たい風が、野暮ったいローブを揺らす。耳を澄ませると、鳥が羽ばたくような音が、小さく聴こえる。

「・・・俺だよ、ヴァイクだ!」

 普段より砕けた雰囲気でステファンが声を発すると、小さく聞こえていた羽音が突然強くなり、それは上空からステファンの眼前に現れた。

「オイ、テイキホウコクハ、マダノハズダ」

 体高は人間と同じ、蝙蝠の上半身と鶏の下半身、そして蜥蜴の尻尾を備えたような怪物。空のブダニシュと分類されるこの怪物こそが、造物主勢力の密偵なのである。

「報告しといた方が良い事が起こったんだが・・・そこの宿場町で聴いたぞ? お前、人間を拐って食ってるだろ?」

「アア・・・ココヘヒソンデ、ハンツキ、サスガニハラガヘッタ」

「おいおい、またか・・・お前が痺れを切らす度に落ち合う場所を変えなきゃいけない身にもなってくれよ。それでも密偵なのか?」

「ダマレ、ハイキヒン。ステラレタソンザイガ、ナレナレシイクチヲキクナ。オマエハ、ジョウホウヲ、ヨコセバヨイ」

「・・・そうだな。早速だが、これを見てくれ」

 ステファンは、肩に掛けていた散弾銃を構えた。

「ナンダ、ソレハ?」

 表情一つ変えず、ステファンは自然な動作で、密偵の腕部の皮膜に向かって発砲した。

「オオオォォォッ!?」

 突如、左の腕部をズタボロにされて、悶え苦しむ密偵に対して、ステファンはさらに奴の右脚部を吹き飛ばした。

「これで、お前は逃げられないな?」

 ステファンは、ニッコリと密偵に笑い掛ける。

「オオオォォォ、キサマ、ナニヲシテイルノカ、ワカッテイルノカ! キサマノチチノイノチハ、コチラガニギッテイルノダゾ!?」

「ああ、だがお前が戻らなければ問題は無い・・・さて、次はもう片方の腕を吹き飛ばそうと思うのだが?」

 ステファンは、銃底部の弾帯から弾を取り出し、銃身に装填しながら、意地の悪い笑みを浮かべる。

「ヤメロ、ヤメテクレ!」

「そうだよな、痛いもんな・・・俺、ヘシオンに選ばれたんだ。この力もヘシオンによるもの・・・実は、傷を癒す力もあるんだ。お前の様な化物でも、死ぬのは怖いよな?」

「シニタク、ナイ・・・ミノガシテクレ、オマエノコトハホウコクシナイ!」

「それだけでは足らないな・・・お前の上司の名前は?」

「ギ、ギアラガ・・・ギアラガ・クンダヤ、ダ」

「ギアラガ・クンダヤ・・・憤怒のギアラガか」

「ミ、ミノガシテクレルカ?」

「いや、未だだ・・・俺とは別の内通者の名前と所属を聞こうか?」

「ウゥ・・・オマエヨリエライ、ナマエハワカラナイ」

「俺より偉いとなると・・・まさか、高僧衆に居るのか?」

「・・・アア」

「それで、正義のヘシオン達の動きが判ったわけか・・・すぐに始末出来る相手じゃないな」

「ウゥ・・・ミノガシテ、クレ」

「おお、済まなかった。今、治してやるぞ」

「オオ、カンシャス・・・」

 ステファンは銃口を、仰向けに倒れた密偵の顔面に向け、2連続でトリガーを引いた。肉塊に変わった密偵を平睨しながら、ステファンは嘆息を漏らす。こんな事をした後は、人間が邪悪から生まれたというのを実感するからだ。

「さて・・・次はヴァイクの名を知りうるギアラガだな。ヘシオンと渡り合う名有りを、どう始末するかな・・・」

 ステファンは、密偵の死体を引き摺りながら、宿場町アノーへと引き返していった。

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