第十章 人類最高の英雄を奪った奴らへ、意趣返しと行きましょうか?
「ワレハ、イオニス・グラニ! キョウフセヨ、ハイキヒンドモ!!」
「うるさい、カタコト野郎!」
唐突に躍り出てきた人型の名有りブダニシュに対して、ステファンは問答無用で単体弾を送り付けた。
「グオォォォ!?」
単体弾は名有りの右眼窩周辺を穿ち、奴を大いに怯ませた。
「クィラ!」
ステファンが呼び掛けた。それだけで、意図は通じる。
「・・・うん!」
二人は同時に駆け出し、ステファンは散弾の装填を、クィラは長山刀を引き抜いた。
「クノーリエ、さっきの光線で左手を落とせ! ただし殺すなよ!!」
擦れ違い際に指示を出すと、ステファンは名有りの股下へと滑り込んだ。そして、潜り抜ける途中で、銃口を左足の付け根に合わせ、トリガーを2連続で引いた。ダム、ダムと小気味良いリズムで散弾が撃ち出され、名有りの左足を容赦なく食い破っていく。潜り抜けた後ステファンは、名有りが倒れてくるのを見越して、向かって左手へと掃けて行った。
一方のクィラは、名有りの右膝を足場に跳躍し、上段から体重を乗せた一撃で、右腕の上腕部を斬り付けていた。しかし、両断には至らず、刃は骨で止まってしまう。すると、クィラは長山刀の峰に額を押し当て、三点倒立でもするかの如く、さらなる体重を加えて魅せる。その結果、刃は骨を断つに至り、右腕は切断、クィラは宙返りを披露しながら地面に降り立った。これは全て、流れるように一瞬で行なわれた動作である。
「目には目を、歯には歯を・・・邪悪が如何に強大であろうと、主の威光は競うように膨れ上がり、翳りさえ許さぬ柱とならん!!」
最後にクノーリエは、即席ながら極太の光線を発生させ、名有りの左腕を跡形も無く蒸発させた。
「ウグァアァァ!?!?」
瞬く間に両手片足、そして右目を失った名有りは、悲痛な叫びを上げながら、木に背中を預ける様に転倒した。名有りのブダニシュは、ヘシオンに匹敵しうる怪物である。だが、凌駕するような個体は数少ない。つまりはピンキリなのだ。この名有りが不運だったのは、己の実力を高く見積もり、知らないとはいえヘシオン3人を相手にしてしまったという点である。
「あ、あっという間に倒しちゃった・・・」
「・・・余裕」
「だな・・・・・・さて、後は任せろ。出来れば、目を閉じ、耳を塞いでいる事を推奨しておく」
ステファンは二人にそう忠告すると、単体弾を装填しながら、瀕死の名有りブダニシュへと歩み寄った。改めて名有りの容姿を確認すると、無理やり筋肉を拡張並びに膨張させ、これ見よがしに鋭利で巨大な爪を付けた赤肌の巨人といった印象である。造物主は、最高傑作だと思った人間を捨て、ブダニシュという存在を生み出したわけだが、下級ブダニシュの試行錯誤感や名有りの原点回帰感を鑑みるに、まだ最高の更新には至ってはいないのだろう。
「グァッ・・・オノレ、ハイキヒンフゼイガ・・・」
「ふん・・・威勢が良いじゃないか。貴様、気に入ったぞ?」
「・・・ナンダト?」
「貴様に選択肢をやろう。このまま頭部を吹き飛ばされるか、俺の手駒になるか・・・選べ」
「・・・ワレハ、タスカラナイ。ナラバ、キサマノクビヲクイチギッテ、ハテルマデ!」
「そう吠えるな、ここに良いものがある」
ステファンは懐から、大事そうに手榴弾を取り出した。
「これは主より賜りし、如何なる苦しみからも解放してくれる木の実だ。必ずや、その致命傷からも救ってくれる。貴様が質問に答えたら、これを与えてやろう」
「ナニヲ、バカナ・・・」
ステファンは、銃口を名有りの右膝に合わせ、トリガーを引いた。
「グオォォォ!?」
「俺は選べと言ったんだよ、木偶の坊。凄惨な死か、屈辱の生還か・・・早くしろ、このまま犬死は嫌だろう?」
「ウグゥ・・・・・・ナニガ、シリタイ」
「知りうる限りの全軍の動き、他の追っ手の有無、そして・・・貴様らの総大将についてだ」
「・・・ワカッタ」
名有りが語った情報をまとめると、以下のようになる。ブダニシュ軍は憤怒のギアラガを中心にエミ河城塞の攻略に注力しているが、平行して奪還された領域の確保にも動き出しているらしい。戦局はやはり膠着し、隙を見せれば即敗北の根比べとなっているそうだ。
また、侵攻部隊の追撃を指揮しているのは、別の有力な名有りなのだそうだ。つまり、この名有りの上司は、ギアラガではない。追撃を指揮するのはランミィ・ビィー、虚飾のランミィである事が判明した。
だが最も重要だったのは、虚飾のランミィは、山林の西方より人海戦術で生き残りを炙り出そうとしている事実である。東へ向かうルート以外には、網が張られているとみて、間違いないだろう。
ちなみに、ギアラガについては、何も知らないそうだ。
「シツモンニハコタエタ! ソノミヲヨコセ!!」
「聞きたいことは未だ山ほどあるが・・・まあ、良いだろう」
ステファンは、手榴弾のピンをこっそりと抜き、名有りの口内へと投げ込んでから踵を返した。
「フハハ・・・バカメ、フッカツノアカツキニハ、キサマヲヤツザキニシテクレルワ!」
「・・・そうかい」
ブダニシュが噛み砕こうとした寸前、手榴弾は炸裂し、名有りはあらゆる苦しみから解放された。
「・・・何だ、見ていたのか?」
ステファンの悪手を、クィラは平然と、クノーリエは唖然とした様子で傍観していた。
「だから見るなと奨めたんだが・・・胸糞悪い事この上無いからな」
「それもあるけど・・・・・・ランミィ」
「・・・何だって?」
「ランミィって名前・・・谷での戦いで聴いた気がするの」
「・・・それはつまり、イーサンが戦ってた名有りの一人という事か?」
「たぶん・・・でも凄い乱戦だったから、どれがそうだったのかは・・・」
「どちらにしろ、イーサンが仕留め切れなかった個体なら、そこの名有りとは違って、実力は一線級だろうな・・・クィラ、見ていたなら心も読んでいたか?」
「・・・うん、読んだ」
「奴は、真実を語っていたか?」
「・・・うん、彼が真実だと思っていた事は。あと、最期までステファンを八つ裂きにしたがってた」
「まったく、ゾッとしないな・・・さて、少し騒ぎ過ぎたな、そう遠くない内にブダニシュが大挙して押し寄せて来るはずだ。急いで馬車へ戻ろう」
足早に移動を始めた一同、だがステファンは何かを思い出したらしく、クノーリエに語り掛けた。
「俺が猫を被っている事をバラしたら、あんたの秘め事を喧伝するからな?」
「何なの、いきなり!? というか、何で会ったばかりのあんたが、あたしの秘密を知ってるのよ?」
「それはだな・・・クィラ、読めたか?」
「・・・うん、バッチリ」
ステファンの問い掛けに、クィラは親指を立てて応えた。
「何なのよ、その読めたとかって?」
「紹介してなかったが、クィラは悟りのヘシオンだ。生物の心を読む事が出来るのさ」
「心を・・・・・・読む!?」
クノーリエは、咄嗟に身構え、クィラから距離を取った。
「・・・今ので、さらに読めた。高僧衆に仕掛けた、イタズラとか。聖典にお茶、溢した事とか。あと、つまみ食い、とか・・・余罪が、凄い」
「・・・お子様かよ」
「・・・それから、雑に扱われるのに、慣れてなくて案外、ステファンにとき・・・」
「黙るから、黙ってー!?」
クノーリエは、大声を上げてクィラの声を遮った。
「よし、合意は得られたな・・・ついでに、クィラの事はそういう奴だと念頭に置いて、これからも接してやってくれ」
「うぅ・・・分かったわよ」
「話が早くて良かった・・・ちなみにクィラ、さっきは何て言いかけたんだ?」
「ちょっと!?」
「・・・誓いは、結ばれた。私も、黙る。それが、約束」
「変なところで律儀だな・・・」
ステファンは肩を竦め、クノーリエは目を丸くしながら、クィラを見詰めた。それから、心なしか二人の距離が縮まる。
「・・・あ、ありがとう」
「・・・ううん。私は、ステファンほど、人でなしじゃない、から」
「・・・おい」
ステファンの見咎めるような視線に、クィラは手を振り返した。
「・・・冗談、冗談」
「何で貴女、こんなのと一緒に居るの?」
「・・・ん? 面白いから、よ?」
「こいつ・・・面白いの?」
「・・・うん、滑稽」
「おい?」
ステファンは、手榴弾をちらつかせたが、クィラはクスッと余裕のある笑みを浮かべた。
「・・・冗談、よ?」
ステファン達が、馬車の潜む木陰へと辿り着くと、馭者台に居たジュライが出迎えてくれた。
「クノーリエ嬢ちゃん、無事だったか!」
「ジュライ!? 良かった、本当に居たのね・・・」
「ん? それより他の連中は・・・駄目だったみたいだな」
「ええ・・・皆、食あたりで逝ったわ」
「そいつは・・・・・・浮かばれねぇな」
神妙な雰囲気に陥る二人を、ステファンが手を打ち合わせて、現実に引き戻した。
「気を落とすのは後ですよ、お二人とも。今は追っ手を振り切り、エミチアへ帰還することに集中しましょう」
「あ、ああ、すまない・・・ステファン君、追っ手の位置は判るかい?」
「ええ、西方からしらみ潰しに来るようです」
「となると・・・来た道を引き返すのが、てっとり早そうだな?」
「そうですね・・・ですが、この山林は北に急峻な山脈がそびえていることから、脱出路が限られています。我々が帰還を望んでいる事を鑑みれば、北西か南方のルートで脱出するのも予想され、見張りが放たれているでしょう。それに見付かれば、敵勢はすぐさま転進して、我々を襲うでしょうね」
「・・・なあ、ステファン君。その口振りからすると、東へ抜けろと言い出しそうだな?」
「お気付きになりましたか?」
「無茶を言う、この山林の東にあるのは伝説の谷、行き着くのはブダニシュの大砦だ。逃げ道が無くなるぞ?」
「だからこそ、狙い目なのです。追っ手が山林を捜索しているうちに、逃げ出す為の一計を、案じる事が出来ますから」
「・・・その策、聞かせてもらえるかい?」
「ええ、もちろん・・・大砦を破壊するんですよ、完膚なきまでに、または跡形も無く」
自信を窺わせるステファンの発言に、ジュライは頭を抱え、クノーリエは凍り付き、クィラは微笑を浮かべた。
「本気か・・・イーサンも平気で無茶を言う奴だったが、君のは度が過ぎているぞ? 正義のヘシオンには、自殺願望でもあるのか?」
「嫌だな、ありませんよ・・・もちろん正面から攻めるわけではありません。破壊工作ですよ、破壊工作。気付いた時には砦が吹き飛んでいた、というのが理想です」
「・・・そんな事が可能なのかい?」
「ええ、私とダッキーなら。勘違いしないで頂きたいのは、あくまで本懐を遂げる為の一計でしかないという事です。砦を破壊されれば、ブダニシュも兵員を据え置かねばならなくなるでしょう。それが出来るのは、おそらく我々を追い詰めている追っ手のみ。我々は背後を気にすること無く、エミチアへの帰路に着けるという寸法です」
「確かに、思い付きにしては大してもんだが・・・ブダニシュにそこまでの知能があればの話だろう?」
「ありますよ、案外彼らは賢いのです。少なくとも、最重要防衛拠点である谷の大砦を餌にして、人類最強の部隊を壊滅させる奇策を思い付くほどには・・・ね?」
「くっ・・・痛いところを突いてくるな、君は」
「非礼はお詫びします。ですが今は時間が惜しいのです。この一瞬が、生死を分けていると言っても過言ではない程に」
「・・・・・・分かった、俺は乗ろう。お嬢ちゃん達はどうする?」
「どうするって・・・ジュライが話に乗った以上、置いてかれるわけにはいかないんだから、あたしも乗るしかないでしょう? それにたぶん、こいつならやって退けるだろうし・・・癪だけど」
「・・・私は、ステファンに、付いていくだけ」
「・・・はぁ、お嬢ちゃん達の方が胆が座ってるとは赤面ものだな、これは。エーザは強制参加として・・・さて、これで全員が命を預けたわけだ。やれるか、大将?」
「ええ、もちろん・・・では、人類最高の英雄を奪った奴らへ、意趣返しと行きましょうか?」
ステファンは、実に爽快な笑みを浮かべて魅せた。