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ショットガン・ライフ  作者: Arpad
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序章 諸悪を滅する雷を、創造主より賜りました

 とある世界の話をしよう。

 その地は物質世界と呼ばれ、二つの大勢力が覇を競っていた。一つは人類等の生命を造りし、造物主の勢力。そして、もう一つは造物主や物質世界自体を創りし、創造主の勢力である。

 全ては、創造主の手足たるエステタムの一柱、叡智のエステタムが失態を犯した事に端を発する。

 叡智のエステタムは、創造主の持つ知識を管理する辞書の様な存在であったが、全てを知るがゆえに、ある疑問に囚われてしまった。万物の祖である創造主は、どうやって生まれたのか。

 その疑問は、職務に影響が出る程にまで膨れ上がり、叡智のエステタムは疑問を捨て去る事にした。だが、強制的に排除した疑問は、何故か意思を持ち、好奇心のエステタムと自称し始めた。この好奇心のエステタムが、後の造物主である。

 エステタムがエステタムを生み出すのは異例の事態であり、主への冒涜であると考えた叡智のエステタムは、創造主に判断を仰いだ。

 そして創造主は、好奇心のエステタムは邪なる存在として、創造主の領域である高次世界から、物質世界へと追放する事にした。

 物質世界とは元来、あらゆるモノが腐りゆく場所であり、邪なる存在を肉体という檻に閉じ込め、永劫の苦しみを与える監獄として機能していた。

 しかし、物質世界に堕とされた好奇心のエステタムは、肉体に閉じ込められても、なお有り余る力を持っており、創造主の目を盗んで、忠実なる僕を試作し続けた。それが現在、この世界に息づく生物の原型であり、もちろん人類もそこに含まれる。好奇心のエステタムは、人類を僕に選ぶと、造物主と僣称し、創造主に反旗を翻した。

 物質世界から、創造主の影響力を遮断しようと目論む造物主に対し、高次世界からは手が出せなかった。規格の違いから、堕とす事は出来ても、高次世界へ戻る事は出来なかったのだ。

 だがそれは、物質世界からも高次世界へ干渉する事が出来ない事を意味し、危険を冒す必要は無いと判断した創造主は、造物主を捨て置こうとした。

 しかし、エステタムの中から一柱だけ、造物主討伐を申し出た者が居た。それは、叡智のエステタムであった。原因である自分が物質世界へと降り立ち、片を付けたいというのである。

 創造主は、知識の管理者が居なくなるのを惜しみつつも、叡智のエステタムの申し出を認めた。物質世界へと舞い降りた叡智のエステタムは、終わり有る者となり、早速使命を果すべく、物質世界を歩き回った。程なくして叡智のエステタムは、呼吸、空腹、疲労といった生物としての誓約に抗えず、道半ばで倒れてしまった。そして、それを助けたのは造物主の僕であるはずの人間達であった。

 聞けば、人間達は想定以上に脆弱だった為、造物主に捨て去られたのだという。救われた恩義から叡智のエステタムは、卑しい生まれなれど人間には救いの道があると判断し、生き残る為の知識と正しく生きる為の信仰を与えることにした。

 それから叡智のエステタムは、人間達が大いに知恵を付け、創造主への信仰に目覚めた事を契機に、自らを中心として人間を導く教団を設立した。それが現在の創造主教団である。

 教団の旗の下、創造主への篤い信仰を誓った人間に対して、創造主は報いることにした。教えに従い、正しく生きた者は、創造主が新たに生み出した物質世界、聖地への移住権を与えたのである。それと、脆弱な人間の中でも勇敢なる者に、創造主自ら力を与え、ヘシオンという造物主と対抗しうる存在に選出した。

 こうして、人間を中核とした創造主勢力が誕生し、遂に造物主と矛を交える事になった。叡智のエステタムは、ヘシオン達を率いて、造物主の潜むという谷へと攻め込んだ。しかしそこには、ブダニシュという新たな僕を従えた造物主が待ち構えており、戦いは混戦へと縺れ込む。激闘の末、造物主に癒えぬ深傷を負わせたものの、物質世界の深淵へと逃げ込まれた上、被った被害も大きかった。叡智のエステタムも深傷を負い、多くのヘシオンが命を落としたのだ。

 叡智のエステタムは、造物主の追撃を諦め、撤退を決めた。そして、叡智のエステタムは勢力を立て直し、自身の後継を指名するや、命を落とした。この後から、教団の最高僧は叡智のヘシオンを代々襲名していくことになる。

 叡智のエステタムが命を落としてから約1000年、人間はその遺志を継ぎ、造物主の生み出すブダニシュ等の怪物と戦い続けている。だが、長らく小康状態になっていた戦いは、正義のヘシオンを筆頭とした部隊によって覆されようとしていた。



「彼らは既にエミ河城塞を奪還し、さらなる快進撃で造物主の領域を塗り替えています! 1000年に及ぶ戦いは、新たな局面を迎えようとしているのです! この好機を逃さぬ為に、今後一層の御支援をお願いしたい!!」

 広場に集まる群衆を前に、一人の男が弁舌を振るっている。群衆の為にではなく、群衆が彼の言葉を聴きに集まっているのだ。彼が語るのは、ヘシオン達の活躍。如何にブダニシュ共と渡り合っているのかを情緒豊かに喧伝する、彼の職務は教団の宣教師なのである。

 彼はヘシオンの戦いをまるで目撃してきたかの様に語り、言葉巧みに群衆の興奮を掻き立てていた。全ては、民衆の戦意高揚の為、彼らの信用を勝ち取り、布施を得なければ、造物主と戦う事は出来ないのだ。

 それがこの宣教師、ステファンの使命であった。彼は声の抑揚から身体の動作、そして心を掴む的確な言葉選びによって、民衆から絶大なる人気を集めている。彼の戦況報告や説教は、さも大衆演劇の如く好まれ、投じられる布施は莫大で教団もニッコリだ。

 ゆえに、教団内での彼への信頼も厚かった。教団の意思決定を行なう高僧衆に迎え入れようという話も出ている。それは、ステファンには大変喜ばしい事だった。

 実は彼、ステファンは造物主側との内通者なのである。

 情報を流す身としては、上層部に潜り込めるのは好都合。これまで無垢な民衆に騙り続けてきた甲斐があったというものだ。

 万雷の拍手を送られながら退場したステファンの元に、教団からの使者がやって来た。昇進の報せではないか、僧侶のローブに衿は無いが正したつもりで、友好的な笑みを浮かべて使者を迎える。

「宣教師ステファン、叡智のヘシオンから書簡を預かっております」

「それはそれは・・・御苦労様です」

 使者は仰々しい書簡を懐から取り出すと、ステファンにそれを手渡した。書簡の中身を見た彼の表情から、笑みが消える。

「おめでとう、宣教師ステファン・・・貴方は今日からヘシオンだ。教団本部に参上されたし・・・?」

 驚天動地とは、こういう事を指すのだろうか。身体中を気味の悪い震えが走り、冷え汗と共に悪寒が背筋を伝う。内通者が、前線で戦う勇者に選出されてしまうとは。ステファンは何とか意識を保ちながら、祝福する使者の抱擁に、笑顔で応える事しか出来なかった。



 教団本部へと向かう馬車の中で、ステファンは頭を抱えていた。

 まさか、英雄的に祭り上げてきたヘシオンに自分がなってしまうとは。ステファンは、毎日繰り返し行なってきた祈りを捧げる所作で、主へと苦情を入れる。

(主よ、糞喰らえ)

 敬虔な信徒の面持ちで暴言を放った後、今後の動きについて、必死に頭を回転させた。ブダニシュの密偵には、何と伝えようか。人事移動で君達を狩り回す事になったよ、よろしくね♪ そんな冗談が通じる相手ではない。このままでは父が殺されてしまう、ステファンは密偵に下手な報告をさせない方法を模索する。

 彼が造物主側の内通者になったのは、3年程前の事だ。故郷がブダニシュに襲撃され、壊滅の憂き目に遭わされた。父親以外の家族は惨殺、その父親は人質にされ、まだ洗礼前でヴァイクという名だったステファンは、教団に内通者として潜り込むように命じられたのだ。父親が解放されるまで、教団の情報を流し続けなければならない。だが、ヘシオンとなればブダニシュを殺めねばならなくなり、ステファンの父はすぐ始末され、ステファンも内通者である事を露見させられてしまうだろう。

 ヘシオン就任を断りたいが、そんな事は前代未聞だ。誰もがヘシオンに憧れを抱いている。上層部の心証を良くする為、そう仕向けてきたのは他ならぬステファンだ。そんな男がヘシオン就任を断るなど、言語道断だ。当然、理由を問われるし、身辺調査も行なわれる。そうなれば、ブダニシュに情報を流していた事がバレて、ステファンはどちらにしろ破滅してしまう。

 この窮地を脱するには、ヘシオンに成り、敵対してもおつりが返って来るような、より実用性の高い情報を流すしか道は無い。ステファンは決断し、落ち着きを取り戻した。それと時を同じくして、馬車が教団本部へと到着する。

 悠然とした面持ちで馬車を降り、石造りの巨大な教会へと歩き出す。教団本部は、叡智のエステタムが最初に降り立ったとされる丘に築かれており、高次世界ひいては創造主と意思疏通が可能な数少ない土地の一つでもある。この大教会があちらとの太いパスを維持し、ここ中継地として各地の小教会にも主とのパスを届けているというわけだ。

 見上げる程の門扉が開かれてから、5つの関所を越えて、ステファンは教団の中核と言える大礼拝堂へと足を踏み入れた。ここが、主と繋がる場所なのだ。大礼拝堂には、高僧が勢揃いしており、祭壇の前には最高権威たる第113代叡智のヘシオンが佇んでいる。

 ステファンは臆すること無く祭壇への道を歩み、叡智のヘシオンの御前で足を止めた。ローブの袖に手をしまう様に腕を組み、正面に頭を垂らす。

「宣教師ステファン、ただいま参上致しました」

「急な呼び出しですまない、同志よ。事態が予断を許さぬゆえ、容赦して欲しい」

「御気遣い痛み入ります・・・それで、私などがヘシオンに選出されるとは、どういった状況なのでしょうか?」

「うむ・・・主曰く、正義のヘシオンが殉教したそうだ」

「・・・何ですって、彼が?」

「ああ、誉れ高き彼のヘシオンは、東の奥地で敵の罠に掛かり、命を落とした。同行していたヘシオンの安否は不明である」

 ステファンには、心当たりがあった。正義のヘシオンに関しては、別の内通者が情報を流していたと密偵から聞いたことがある。名前も顔も知らないが、その内通者の情報が功を奏したらしい。ステファンにとっては、迷惑極まりない話であるが。

「動揺するのも無理はなかろう・・・同志こそ、誰よりも正義のヘシオンの業績を讃えてきたのだからな。しかし、彼はもう居ない。押し返していた前線は、あっという間に取り返されてしまった・・・我々には、余力が無いのだよ」

「・・・それで、私の使命とは?」

「うむ・・・同志ステファンを新たなる、第123代正義のヘシオンとし、敵地へと単独で乗り込み、安否不明のヘシオン達の救助を命じる」

「・・・拝命致します」

 ヘシオンとはいえ、敵地への単独潜入は無謀と言える。とんでもない苦行を課せられたものだが、末端に拒否権は無い。ステファンは神妙な面持ちで、再び頭を垂らした。

「うむ・・・では祭壇にて祈りを捧げなさい。主が力をお与え下さる」

 叡智のヘシオンに促され、ステファンは祭壇の前で跪き、創造主への申し立てを意味する文言を呟く。

「・・・主よ主よ?」

 返答はすぐにあった。ステファンの意識は肉体から離れ、形容し難い抽象的な概念の海を漂い出す。ステファンは一時的に、高次世界へと最接近しているのだ。そして、言葉などでは無く、情報だけがステファンの中へと流れ込んでくる。気が付くと、ステファンの意識は肉体への回帰し、その腕の中には与えられた力が顕現していた。

 背面が鎧の様に硬い鱗状の装甲板に覆われた、赤子ほどの大きさの生き物がステファンを見上げていた。

 この世では見たことの無い珍妙な生き物。だが、ステファンは既に彼を知っている。

「・・・ダッキー、よろしくな」

 彼の名前はダッキー、ステファンの相棒として遣わされたエステタムに類する者。ステファンが腹を撫でてやると、ダッキーは嬉しいのか鼻を擦り寄せる。

 外野からすれば、跪いたまま動かないステファン。高僧らが心配し始めたその時、大礼拝堂を飾る彫像の一つがまるで生を得たかの様に動き出した。

 混乱する高僧らを余所に、ステファンはこれも把握していた。創造主は、力の実演を望んでいるのだ。

「ダッキー、頼む」

 ステファンがダッキーに声を掛けると、ダッキーの口からは物理的にあり得ない大きさの木製の柄が現れ、ステファンはそれを躊躇無く引き抜いた。

 それには、木製の柄に筒状の金属棒が2本とコップの持ち手のようなモノが組み込まれていた。銃というモノらしい。未知の技術だが、もちろんステファンは既に、使い方を熟知している。

 銃身の付け根を折り開け、ダッキーの吐き出した銃弾を2発装填し、銃身を元に戻す。銃床を肩に当て、半身に構えて、銃口を動き出した彫像に向ける。後は、持ち手の内側にあるトリガーを引けば、こいつは効力を発揮する。

 耳がおかしくなりそうな破裂音と肩が外れそうになった反動と共に、銃口から吐き出された無数の小さな弾丸が、彫像の上半身を粉々に吹き飛ばした。間髪入れず、再度トリガーを引き、残った下半身も粉砕する。

 常人では成し得ない圧倒的な力を手にしたステファンは、異様なまでの高揚感に満々ていた。

(ごめん、父さん・・・俺、裏切るわ)

 ステファンは静かに、そう決心した。

「ど、同志ステファンよ・・・いったい何が起きたのだ?」

 突然の出来事に、高僧達は狼狽している。叡智のヘシオンは落ち着き払っているので、全てを承知しているのかもしれない。

 彼らに説明したいのは山々なのだが、力を扱う条件として、この技術が人間でも再現が可能な事実を隠匿するという誓約をステファンは結ばされている。人間には扱い切れず、破滅させかねない力らしい。ここは、上手く誤魔化したいところだ。

「・・・諸悪を滅する雷を、創造主より賜りました」

『おぉ・・・』

 高僧達から感嘆の声が漏れ、万雷の拍手が大礼拝堂内にこだました。

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