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シロと呼ばれた白い子犬 ~拾われた新しい命、その後の物語~  作者: 立花ユウキ
第2章 シロは……『シアワセ』になれるのだろうか?
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第8話 白い犬とおじいさんとの出逢い

 コンコン♪ 

 ちょうど二人が諦めかけたそのとき、部屋のドアが鳴らされました。


「何でノックを?」二人は疑問に思いながら、そのドアの方を見てしまいます。何故なら職員ならノックなどするはずがなかったのです。


「お、オレ出ます!!」

「あ、ああ……」


 作業着の男性は慌てて、そのドアまで走りました。

「はい!! って、なんだ……八木さんっすか」


 カチャリ。作業着の男性はドアノブを回しドアを開けましたが、そこにいたのは自分と同じ作業着を着た同僚だったのです。


「なんだってのは失礼だろうが~。佐藤君」


 ほんわりとした口調のやや年上の男性が、若い彼に苦言の言葉と表情で答えます。


「そっすね。すみませんです。実は山中さんと一緒に『今日はもう、誰か引き取りに来る人いないのかなぁ~?』って待ってたもんですから、つい」


 若い作業着の男性は、年上の男性にそう謝りながら説明をしました。


「あっ、ほんと~。山中さん、ここにいたんだね。それならちょうど良かったよ」

「ちょうど良かった……ですか?」


 若い作業着の男性はその意味が分からず、ただ聞き返すだけでした。


「うん。実は私も山中さんのこと探しててね。まさかここにいるとは思わなくて、施設内を探し回ちゃってさ~」

「はぁ?」


 若い作業着の男性はその意図が分からず、ただ生返事をするだけでした。


「八木さん。私に何か用あったんですか?」


 痺れを切らしたように獣医の女性が声をかけました。


「そうそう~。山中さんの知り合いって人が来ててさぁ~」

「はぁ……知り合い、ね」


 獣医の女性は心当たりがないのか、気のない返事で返しました。


「別にあたしの知り合いなんて、来るはずが……」


 コツ、コツ、コツ……。

 そんな杖をつく音と共に、その知り合いが現れました。


「ふん。久しぶりじゃな、洋子の嬢ちゃん」

「げっ!? 佐久間のクソじじいぃ~っ!? な、何であんたがこんな所に来てんだよ!!」


 どうやら二人には面識があるらしく『洋子の嬢ちゃん』『佐久間のクソじじい』っと、とても親しそうに呼び合っていました。


「山中さん、このおじいさんと知り合いなんですか?」

「あ、ああ。昔世話になってな……」


 獣医の女性は歯切れ悪そうにそう答えました。


「……で、何で佐久間のクソ……いや、じいさんは何でここに来たんだよ?」


 周りに人がいるせいか、獣医の女性はそう言葉を言い直し、何故おじいさんがこの保健所に来たのかを尋ねました。


「ふん! どこに行こうがワシの勝手じゃろ……っと言いたいところだがな、実はな今日は犬を引き取りに来たのじゃよ」

「うん? じいさんが? でもさじいさん()には、じいさんと同じくらい老いぼれの犬がいたよな?」

「老いぼれで悪かったのぉ!!」


 そのおじいさんは元気よく言い返しましたが、ここに来た理由を話してくれました。


「実はあの犬な、一昨日の晩に老衰で亡くなってしもうてのぉ。それでその代わりを見つけに来たというワケなのじゃよ」

「そっかあの犬……老衰で亡くなったのか。確か10歳を超えてたよな?」


 獣医の女性はその犬とも面識があったのか、アゴに手を当てながら思い出すようにそんな質問をしました。


「ああ、そうじゃのぉ~……確か15歳じゃったはずじゃのぉ~。ワシと同じで大往生じゃろうに! かっかっかっ」

「(飼い主と同じで妖怪並みに生きたのかよ……)」


 獣医の女性はおじいさんに聞こえぬよう小声でそう呟きました。


「なんじゃ? 何かいうたかのぉ洋子の嬢ちゃんよ?」

「別にぃ~。……で、代わりを見つけに里親になりにきたのかよ? おいおい大丈夫なのかよじいさん? 犬より先にじいさんの方が()っちまったら洒落になんねえだろうが……」


 獣医の女性は置く目も無く、そんな軽口を叩いていましたが実は内心では嬉しかったのです。この施設にいる犬達は明日をも生きれぬ子たちがほとんどなのです。例えその中の1頭だけだとしても救える命があるならば、こんなに嬉しいことはありませんでした。ですが、獣医の女性とそのおじいさんとは知り合いの手前、普段は口にしないような軽口を叩いてしまったのです。


「んっ? なら何であたしを探してたんだ? まさか『引き取る犬を選んでくれ!』とか言うつもりじゃねぇだろうなぁ~?」


 獣医の女性は改めて自分を探していた理由を聞いてみました。


「実はね~山中さん。このおじいさんでは里親になれないんだよね~。理由は山中さんだって知ってるよね~?」

「あ~……そっか。色々と面倒な条件が……って、まさか!?」

「ふふっ。そうじゃよ。ワシじゃ里親になりたくてもなれんのじゃ。そこで……じゃ。洋子の嬢ちゃんに書類を誤魔化して欲しいんじゃよ。お主なら獣医なんだから簡単じゃろ?」


 おじいさんの言葉を聞き、獣医の女性は額に手を当てると「あっちゃ~。やっぱりかぁ~」っといった表情をして塞ぎこんでしまいました。


 ですが、すぐに立ち直るとおじいさんに向かってこんな言葉を口にしました。


「あ、あのなじいさん……いくらあたしでもそれは無理なんだよ。そんなことしちまったら、クビになっちまうんだよ! アンタだってそれくらい察しがついてんだろうが!」

「ふん! だから無茶は承知で嬢ちゃんに頼みに来ているのじゃよ」


 保健所や愛護センターなどの施設では、犬や猫またはその他のペットの里親を随時(ずいじ)募集しております。ですが、誰も彼も無条件で里親になれるわけではありません。


 里親になるには、『婚姻済みであること』『安定した収入があること』『6歳以下の子供がいないこと』『同居する家族全員の同意書』『過去に犬や猫などのペットを飼ったことがあること』『引き取ったペットを生涯に渡って世話できること』などなど引き取る施設によっては、厳しい様々な条件が存在するのです。以前もこの保健所で里親になったことがあるおじいさんはほぼすべての条件を満たしていましたが、最後の『引き取ったペットを生涯世話できること』の条件で引っかかってしまっていたのでした。



「無理なもんは無理だよ!! 大体じいさんあと何年生きれるんだよ!? もう下手すりゃ『後に残されたのは犬だけでした!』って、オチになっちまうだろうがっ! そんなんで飼えるわけねぇだろう!!」

「そんなのは分かっておるわい! それでも1つでも救える命があるならば、ワシは救いたいのじゃよ! 洋子……お主じゃって、この意味は分かっておるはずじゃぞ!」

「ぐっ!? じじいずりぃぞ! 人の弱みに付け込みやがって!!」


 二人の主張はどちらも正論でした。だからこそ互いに一歩も引けなかったのです。


「あ、あの~。二人に提案があるのですが~」

「何さ!!」

「何じゃ!!」


 少し年配の作業着の男性が二人の会話に割り込むように、口を出そうとして睨まれてしまいました。


「ふ、二人ともこんな場所なんですから落ち着いてくださいよ! とりあえず八木さんの話を聞きましょうよ!」


 若い作業着の男性が二人に落ち着くよう諭します。


「……ちっ」

「……そうじゃの」


 二人は周りの犬が怯える様子を見て納得するように、話を聞くことにしました。


「で、八木さん提案ってなんっすか?」

「うん。二人が納得するならの話なんだけど~、表面上の書類は山中さんが引き取ることにして~、実際の世話は佐久間さんがする……ってのはどうでしょう~? そうゆうのはダメですかね~山中さん?」

「あー……そうゆうのもできなくはないですが……」

「ふむ。上手な手があるようじゃのぉ~」


 二人はその話を聞いて納得するように頷きました。ほんとはいけないことなのですが「救えるなら1つでも多くの命を救いたい……」それはこの部屋にいる誰もが同じ気持ちだったのです。



「……それでじいさん。どの品種がいいとか要望はあるのかよ?」

「そうじゃのぉ~、ワシも年じゃからのぉ。できるなら大人しい感じが良いのぉ~」


 おじいさんはこの部屋『木曜日の札』が掲げられた明日までの命の犬達を見て回ることにしました。


「きゃんきゃん!」

「ぅぅぅぅぅ」

「くぅん」


 ですが、当の犬達はというとおじいさんの視線に対して威嚇したり、吠えたり、悲しそうな鳴き声をあげるものばかりでした。それは無理もありません。きっとここに連れて来られる間に飼い主から言葉では言い表せないような酷いことをされ、そして最後の最後にここに捨てられたのです。既に人間を信用できくなくなった子たちばかりなのです。


 コツ、コツ、コツ……。

 おじいさんの杖の音だけが部屋中に響きます。


「……ふむ」


 おじいさんはどの犬を選べばよいのかと本当に迷っていました。それもそのはずです。ここにいる子たちに未来はないのです。明日の朝8時30分にはドリームボックスに連れていかれ処分される運命なのです。おじいさんの言葉1つでその一頭が決まってしまいます。


『ぐちゃり』


「……あん?」


 おじいさんが迷い歩いていると、足元でそんな変な音がしました。その音の元は……犬のフンでした。おじいさんは運悪くそれを踏んでしまったのです。


「なんじゃこりゃ? これは……犬のフンか!? ってオマエが犯人か!」

「くぅん(ボク、また叩かれる!?)」


 おじいさんは憤りその犬の頭目掛けて杖を振り上げ、叩こうとしました。……ですが、その犬は逃げるに逃げられず、ただ黙って頭を下に向けその衝撃に備えるよう目を瞑り怯えていました。


「オマエさん……もしや足が悪いのか?」


 そうその犬とは……右後ろ足を怪我し、今日この部屋に入れられたばかりのあの白い犬だったのです。


「(ボクを……叩かないの?)」


 白い犬はいつまで経っても来ない衝撃を不思議に思い、そっと目を開け顔を上げておじいさんを見上げていました。


「ふん! お主のようなポンコツ犬なんぞ叩く価値もないわ! 洋子の嬢ちゃん、この犬は足を怪我しておるのか?」

「えっ? ああ……右後ろ足が骨折して、傷口が化膿してる。下手すると足を手術しないと……」


 獣医の女性はそれ以上の言葉を続けませんでした。


「この白い犬はどうして連れて来られたんじゃ? あと名前は?」

「へっ? ああ、確か馬鹿な飼い主が『飼えなくなった』……って理由だったよな佐藤?」

「あっはい。書いてもらった書類にはそうゆう理由でしたね。名前まではちょっと……あっ、でも首輪してますね」


 獣医の女性も若い作業着の男性も呆気に取られ、生返事で質問に答えていました。


 そしておじいさんが前のめりになり、その白い犬の薄汚れた首輪に書かれた文字を読み上げました。


「siro……しろう(・・・)なのか? 何じゃオマエの名前はワシと同じ名前の『士郎(しろう)』じゃったのか?」

「いやいや、じいさん。普通シロ(・・)だろ『シ・ロ』……どんだけ自分の名前好きなんだよ。ったく」


 獣医の女性のツッコミもおじいさんの耳には届いていないようでした。


「ふむ……ワシはこのクソ犬(・・・)に決めたぞ! この犬をワシは引き取るからな!!」

「はぁ~っ!? ま、待てよじいさん! その犬は怪我してんだぞ!? 何でソイツを選ぶんだよ!?」


 獣医の女性の言い草は一見酷いようにも思えますが、普通怪我をした犬は一切引き取り手がないのです。ですから保健所等でも通常3日から10日ほどの保護ですが、怪我をして引き取り手の需要がない犬は早めに処分されてしまうのが普通でした。


「ふん! 怪我ならほれ……このとおり、ワシじゃって同じじゃろに? それに名前まで一緒と来たら何やら運命を感じるのが普通じゃろう……」


 おじいさんは杖で支えている右足を少しだけ掲げ、「自分とまったく同じだから運命を感じるから……」ただそれだけの理由でこの白い犬に決めたようです。


「まったくも~う、ほんと融通が利かないじいさんだよ!! でもこの犬を引き取るってんなら、足の手術が必要になるぞ。それに手術となると金もいるし、保健所(ウチ)じゃできないから他でやることになるんだぞ! ……それでも本当にいいのかよ?」


 獣医の女性は最後の確認だっと言わんばかりにそう念を押してきました。


「くどいわ! だからお主は恋人がおらんのじゃ! ワシのようなポンコツならば、同じポンコツのこの犬がお似合いじゃろ……違うか? ほぉほぉほぉ」

「こ、恋人は関係ねぇだろうが……クソじじいがっ!!」


 獣医の女性は怒鳴りましたが、その白い犬の命が助かることになったのです。


「くぅん?」


 当の白い犬は命が助かったというのに、首を傾げ不思議そうな顔をしておじいさんを見つめているだけでした。

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