第6話 白い犬と不良品
「大体な、オークションに出される犬・猫100頭の内『不良品』の割合は3%ほどらしいぞ」
「不良品……ですか?」
作業着の男性はその不思議な言葉を疑問に思い、そう聞き返しました。
「ああ、不良品だ。つまり値段が付かなくて売れないペットって意味さ」
「ね、値段が付かないって……」
作業着の男性は既にその言葉の意味を知っていたのです。
「そっ。値段が付かないから不良品。なに、その理由は至って単純明快なものさ。『瞳の色が少しくすんでいる』『毛並みの色が少しだけ薄い』『耳の形の左右バランスがとれていない』……ってもんなのさ」
「そ、そんな理由で不良品って呼ばれるんですか!? でもそんなのはペット自体には何ら関係ない事柄ですよね!? 病気とかじゃないってのに、そんな見た目だけで決められちまうなんて!!」
「ああ、もちろん見た目なんかペットの健康状態には全然関係ない事さ。でもな、そんな見た目だけの理由がペットショップ……ひいては消費者の購買意欲にそのまま直結しちまうのさ」
「こ、購買……意欲ですか?」
獣医の女性は男性の言葉を無視するように、そのまま言葉を続けます。
「そもそもだな。ペットショップに来る飼い主ってのは、ペットを飼う前に大金払って買うんだよ。安いので3万、人気が高い品種なら10万とかザラだろ? だから少しでも良いモノを買いたくなっちまうのさ。それがさっき言った見た目に直結してんだろうよ」
「オークションに出品するのって、大元はやっぱブリーダーなんですよね? ほんと連中は生き物をなんだと思ってるんですかね!!」
作業着の男性は憤りを隠せませんでした。
「ま、佐藤が怒るのも無理はないさ。……でもな、一番わりぃのはそれを求めちまう飼い主である消費者なんだよ」
獣医の女性は冷静なままその思いに対して言葉を続けます。
「ブリーダーは市場需要に応える為に、人気の品種を繁殖させる。で、消費者もそれに喜んで大金払って買っちまう。それにな、ペットショップでは1歳未満な子達が多いだろ? 今じゃ法改正とかで生後半年経たないと販売はできねぇみたいだが、それでも売れる年齢ってのはほぼ1歳未満までなんだよ。だからペットショップ側でも売れるモノしか仕入れない。1歳を超えるとほとんど売れ残るらしいからな」
「それがさっきの……不良品の話に繋がるんっすね」
獣医の女性は作業着の男性の問いかけに対して「ああ……」っと、短く答えるだけでした。
「そして1歳を超えたペットの運命は佐藤、お前だってよく知ってる事だろ?」
「……ええ。だから飼い主は消費者なんですね」
作業着の男性は獣医の女性の問いかけに短く答えました。二人とも職業柄それを知っているから、それ以上の言葉は交わしませんでした。
ペットショップでは、1歳を超えた犬・猫はほぼ売れません。それは飼い主である消費者が、それを求めていないからなのです。
それでは……1歳を超えた犬や猫はどうなるのでしょう? ペットショップに買いに来る消費者はそのことを知りません。いいえ、知りながらもその現実から目を背けているのです。
以前に記述したとおり、平成23年に法改正がされたことで保健所などでは原則、ペットショップやブリーダーからの引き取りを特段の理由がなければ拒否できるようになりました。
これは殺処分(またコスト)を減らす目論見もありましたが、ペットを最後まで飼う。命を大切にする目的でした。
……ですが、現実はその目論見を外す事となっています。いえ、大筋では目論見どおりではありますが、でもそれは見た目だけなのです。法改正により、処分できなくなったペットショップとブリーダーは、その命尽きるまで飼うことを強制されました。ですが、それは……『自分の手元に置くこと』とは異なります。
もちろん1頭や2頭なら処分せずに手元に置いて飼うことができるでしょう。ですが、10頭20頭……50頭100頭ではどうでしょう? お金もかかるし、そもそも世話ができません。
ならばどうするか……そこで登場するのが『引き取り屋』と呼ばれる存在なのです。
引き取り屋とは、その名のとおりお金を受け取って、ペットショップやブリーダーで売れなくなり、また処分できない犬や猫を引き取る仕事です。『引き取り』と聞くと、一見良く聞こえますが実情は違います。そもそも引き取り屋は、犬や猫を引き取ることで対価を得るのです。品種や大きさにもよりますが、1頭あたり5千円~3万円ほどらしいです。
ペットを飼ったことがある人なら理解できると思いますが、その程度のお金では1年分の餌代だけで消えてしまいます。なのに、犬や猫は1年以上生きるのです。それではどうするのでしょうか?
引き取り屋は慈善事業やボランティアの類ではありません。寄付などもなく、収入は引き取る代金のみなのです。ですから、引き取られたペット達はゲージに入れられたまま餌も水も与えられず、また病気になっても薬も与えられず……そのまま死んでゆくのです。
勘違いしてほしくないのは、『すべての『引き取り屋』や『ペットショップ』『ブリーダー』がそうなんだ!』っという話ではありません。売れ残った犬や猫でも自分の家で飼ったり、ボランティア団体などに引き渡したり、里親を見つけてくれる人もちゃんといるのです。
ですが、そうゆう人達があまり多くないのが現実なのです。
何でこんな話をするのかと言うと、保健所や愛護センターなどで殺処分される数自体は年々減少していますが、その裏でそういった生きながらに地獄を味わっているペット達がいる現実を知って欲しい……そんな思いがあるからなのです。
別にこの作品を通して『ペットショップ反対!!』とか言うつもりはありません。ですが、もしも『これからペットを飼います!』って人がいるならば、保健所または愛護センターやボランティアの人から譲り受けるという選択肢もあるという事を知って欲しい……っていう感情論かな。