第4話 白い犬と曜日が書かれた部屋
「ほら、今日はここがアンタの部屋だ。……後から餌と水を持ってきてやるからね。みんなと仲良くして、大人しくしてるんだよ」
っと白い犬の頭を撫でて獣医の女性は、部屋の外へ行ってしまいました。
白い犬が置き去りにされた部屋には何頭、いいえ何十頭もの色々な種類・大きさの犬が所狭しとたくさん入れられていました。
「(ここは……何なの? 何でこんなにいっぱい、ボクと同じような子ばかり集められてるの?)」
白い犬は不思議に思いながらも、その得もいえぬ空気と他の犬達の様子から不安になってしまいます。
白い犬が通されたその部屋の外には何故か曜日が書かれたプレートが掲げられ、部屋の大きさは四方に3メートルほどの広さです。床は緑色をして水が撒かれ滑りやすくなっていました。そして部屋の隅の方には何故か水を流す溝が作られていました。またこの部屋はあまり掃除がされていないのか、所々に排泄物が多く目立ちます。
叫び鳴くモノ、床に伏せり寝ているモノ、部屋の中をウロウロと目的なく歩くモノ、元気に走り回るモノ、各々様々な行動をとったりしていました。よくよく見ると、白い犬と同様に顔や足に怪我をしたモノもいました。その怪我をしたモノの目の前に餌は置かれていますが、口をつけているモノはごく僅かでした。
ガチャッ。ドアが開く音が響き渡ると、みんな何かに怯えるようにドアの方を見ていました。
「(みんな……何にそんな怯えてるの?)」
白い犬は首を傾げながら、ドアから入ってきた人を見ました。それは先程自分をここに連れてきた女の人でした。手には餌と水が入れられた犬専用のプレートを持っていました。
「オマエ、お腹空いてるんだろ? ……ほらよ、お食べ」
その女の人は白い犬に持ってきた餌を食べるよう、目の前に差し出してきました。
「くぅ~ん(これはボクが食べてもいいの?)」
そう言いたげに、白い犬は顔を上げると悲しそうに鳴くだけでした。
「ああ、これはアンタの分だよ。ここじゃ1日1回しか餌をやれないからね。……食べれる時に食べておくもんさ」
その女の人は、まるでその白い犬の言葉を理解しているようにそう話しかけ、頭を撫でて餌を食べやすいようにと、少しだけ手に取り手のひらから食べるようにと、促しました。
「(ぱく、ぱく)」
白い犬はよほどお腹が減っていたのか、あっという間に手に乗せた分を食べてしまうと、今度はプレートに乗せられた自分の分の餌を食べ始めました。
「うん。いいこだ。よしよし。それ食べ終わったら、その足の傷あたしが見てやるからね」
その女の人は、白い犬が餌を食べる姿を見ると満足そうに頷きながら、食べている最中の白い犬の頭を撫でていました。そして数分もしないうちに食べ終わり、女の人はその白い犬を部屋の外へと連れ出そうとします。
「わうっ!? うぅぅっ(何!? 今度はどこへ連れてかれるの?)」
「コラッ! 暴れるなって……アンタの足を見てやるんだからさ!」
まるで嫌がるように白い犬は必死に抵抗しようとしますが、抱きかかえられてしまい、そのまま部屋の外へと連れ出され、隣にある部屋へ運ばれてしまいます。
「ぅぅぅっ(何だか変なニオイがする)」
消毒独特のニオイが鼻につくのか、何度も鼻をこすり嫌がりますが、真ん中にある台へと乗せられてしまいます。
「うん。いい子だから、ちょっとそのままで待ってなよっ! 今手袋付けっからね」
女の人は白い犬を台に乗せたまま振り返り、箱から透明な手袋を取り出しそして手にはめると、白い犬の右後ろ足を丁寧に調べ始めました。
「……っと、アンタ随分前に骨折したのかい? ほんと、あんのクソ飼い主がっ!! 折れてるのに治療もしねぇで放っておくなんて、今度会ったら2、3発ぶん殴ってやるよ!!」
「ぅぅぅ?(何で怒ってるの? ボクはここで何をされるの?)」
白い犬は不安そうに、ただ女の人にされるがままうつ伏せで待つ事しかできませんでした。
「…………コイツは酷いね。足が骨折してるだけじゃなくて、その傷口から感染症を引き起こしてるね。この子このままじゃ……」
その女の人は続きを口にしませんでした。彼女もそれを理解しているのです。きっとこれまでも何度となく、白い犬のような子を見てきたのでしょう。
「結局この子も……治療も何も出来ずに……」
パチパチ……バンっ!! 悔しそうにそう呟き手袋を外すと、まるで怒りを表現するように、使い終わった手袋をゴミ箱に叩き付けました。
そしてまるでその白い犬に聞かせるように、ぽつりぽつりっと女の人は独り言を喋り始めました。
「……ほんと、あたしさ……何の為にここにいんのかなぁ。ぐすっ……何のために獣医になったのかね? あたしはさぁ……アンタらみたいなのを救う為に、獣医になったんだよ!! それなのに……ちっとも救えやしないんだよ。ここは……命を救う場所じゃなくて、逆に奪う……そんな場所なのさ。しかもその判断をあたしに委ねるって言うんだよ!! それも来る日も来る日も、1日に何頭、何十頭ってさ……ほんと残酷やしないかい……ははっ」
それは独り言というよりも、彼女なりの嘆きだったのかもしれない。
本来なら命を救うはずの獣医が、逆に命の選択をして彼らをモノとして処分しなければならないのだ。
それも毎日毎日、決して終わることがない命の選択の日々をずっと彼女はしてきたのだ。
そしてそれは、これからもずっと……




