最終話 シロは……『シアワセ』だったのだろうか?
「(えっ? あの子はボクの飼い主だったあの男の子……だよね?)」
シロはその男の子の変わり果てた姿に驚き、戸惑いを隠せませんでした。
「ほら、挨拶は? こんにちわ、ワンちゃん♪ ってね」
「…………」
看護師さんが車イスの男の子に声をかけても何の反応がなく、一切何も答えませんでした。
「ごめんなさいね。この子……両親と大切にしていた子犬を失って、体だけでなく心も……そして声も失ってしまったみたいなの。あまりショックのせいか、声をかけてもあまり反応がなくてそれで……」
「あっそうだったんですか。それならウチのシロの相手をするのが良いかもしれませんね! この子も昔飼い主からの虐待で、声が出せなくなったみたいなんですよ」
どうやら男の子は両親だけでなく、大切にしていた『新しい子犬』まで失ってしまったようなのです。体も傷つき、更には心と声まで失っていました。
「ほら、シロ。オマエの初めてのお客さんなんだぞ!」
「…………」
獣医の山中さんの声も、今のシロの耳には届いていないようです。
「ほ~らシロ。オマエ何をぼんやりしてるんだ?」
「(……コク)」
シロは頭を撫でられると我に返りました。
皮肉にも自分を捨てた元飼い主である男の子の相手を、捨てられた側であるシロがすることになったのです。
シロは2度と逢えないと思ってましたし、また2度と逢いたくない相手だったに違いありません。
……ですが、気を取り直したシロは男の子に対して赤いボールを咥え『遊ぼうよ♪』っと、ぎこちなくも誘い男の子の足に体をこすりつけました。
「(あの……これをどうぞ)」
「…………」
ですが、男の子はただ車イスに座り俯いているだけでした。
「……ボール遊びはまだ早かったですかね?」
「そのようですね……」
獣医の山中さんも看護師さんも、シロに対して男の子が何の興味を惹かないことに困惑していました。
「うーん。まずは手で触れさせてみるのはどうですかね? この犬『シロ』は大人しいのできっと大丈夫だと思いますよ」
「この犬は『シロ』って言うんですか♪ 毛が白いから『シロ』って名前を付けられたのかな? ね?」
看護師さんはシロの名前を呼んでからその頭を撫でていました。
「ほ~らっ♪ この子は『シロ』って言うんだって、触ってみよっか♪」
看護師さんはそう言って男の子の左手を優しく添え、シロの頭へと手を導きました。
「…………」
「くぅん」
「どう? シロも嬉しそうにしてるでしょ?」
看護師さんは必死に男の子に呼びかけますが、男の子は何ら反応を示しませんでした。
「うーん、反応があまりありませんね」
「そうみたいですね。でも時間が経てばきっと互いの『心』を取り戻してくれるはずですよ! なっシロ!」
「(コク、コク)」
「……(シ)……(ロ)……?」
男の子口がわずかに動き目に少しだけ色が戻っていましたが、この場にいる誰もそれに気付きませんでした。
衝撃の再会から少し経ち少しずつではありますが、シロと男の子は触れ合う時間が増えていきました。始めこそ何の反応も示さなかった男の子でしたが、次第に自らシロの頭を撫でるまでになっていきました。またシロも最初こそぎこちない反応でしたが、次第に男の子と触れ合う時間が楽しくなっていったのです。
もちろん過去にされた仕打ちを忘れたわけではありませんでしたが、シロには男の子が辛い顔をしているのが見てられなかったのです。
―それから1ヵ月後
「(じゃあ、今度はボール遊びをしようよ♪)」
シロは『siro家』の芝生の庭で、赤いボールを男の子に咥え差し出しました。
「……」
ボールを差し出された男の子は少しだけ微笑むと、ボールを前へと転がしました。
「(待て待て~。よし捕まえたよ! はっはっ、はい! ボールだよ♪)」
シロは右後ろ足がないのを感じさせないほど元気に走り、ボールを追いかけ男の子の元へと戻ってきました。
男の子とシロとは少しずつ信頼関係を取り戻しつつありました。男の子は失った右腕と右目は元に戻りませんでしたが、歩けるようになっていました。
再び歩けるようになった男の子はシロとのボール遊びだけでなく、一緒に散歩をするまで回復していたのです。
……ですが男の子もシロも、未だ声を取り戻せてはいませんでした。
―そんなある日のこと
それは……いつものようにリハビリと称し、日課として任されていたシロの散歩をしていた時のことでした。男の子とシロはちょうど横断歩道に差し掛かり、赤となり信号待ちをしていました。そしてようやく歩道が青信号となり、横断歩道を渡っている最中にそれは起こったのです。
キキーッ、バン!! パァーーッン。とても大きな音と衝撃がおこると、反対側の道路で車と車との事故が起き、男の子はそれを目撃してしまったのです。
「うわぁぁぁぁっ!!」
男の子が取り乱したように大きな叫び声をあげ、両耳を手で塞ぎその場に座りこんでしまったのです。きっと大切な両親と子犬のシロを亡くしたときの事を瞬間的に思い出してしまい、パニックを起こしてたのです。
「うわぁぁぁぁ……」
「(一体どうしたの!? こ、ここは危ないんだよ!? ダメだよこんなところにいちゃ!!)」
シロは叫び声をあげる男の子の服を口に咥え引っ張り必死に助けようとしますが、犬程度の力ではその何倍も大きい男のをどうすることもできなかったのです。
ブーン、パアーンパアーン!! 間の悪い事にちょうど信号が『青』から『赤』へと変わり、そこへ1台の車がクラクションを鳴らしながら座り込んでいる男の子がいる横断歩道目掛けて、突っ込んでこようとしていました。
「(わわっ! あの乗り物がこっちに来て、このままじゃ男の子が危ない!?)」
シロは何を思ったのか、男の子の元から少し離れ勢いよく男の子へと体当たりをしました。
「あっ……」
突然体当たりをされた男の子はバランスを崩しながら、安全な歩道へと転がってしまいます。「一体何が起こったんだ?」っと、男の子はその衝撃が来た方に目を向けると……そこには少し笑い「ワン!」っと元気よく鳴いたシロがいたのです。
それは男の子が失い、そして夢にまで探し求めていたシロの姿がそこにはあったのです。
「シロ! シロぉ~っ!!」
男の子は必死にシロの名前を叫びました。
「ワンワン!」
(声を……ココロを取り戻したキミなら……もう大丈夫だよね? ボクの役目は終わっ……)
キキーッ……バン!! ……ブーン! 車は無常にも鈍く重い音をさせると止まりましたが、すぐに何もなかったようにシロをひき殺して逃げていきました。
きっとそれは時間にすれば1秒もない間に起きた出来事だと思います。
「う……そ……だよ……ね? シロ? シロ! シロォーッ!!」
男の子は無残にも轢かれてしまったシロの元へと駆け寄ります。……ですが、既にシロの息をしていませんでした。
「嘘だよ!! こんなの嘘に決まってるよ!! ボクの代わりにシロが……シロが死んじゃうなんて!!」
男の子は必死に左腕だけでシロを抱きしめ、真っ赤に染め上げられた毛に血を拭うようにしていました。
シロは男の子に抱かれ、まるで「自分の役目は終わった……」そう言いたげに微笑み、亡くなってしまったのです。
男の子はシロの死によって、言葉を……そして本来あったはずの『心』を取り戻すことができました。
ですが時既に遅く……男の子はすべてを失い、そこで初めて自分の愚かさと今までしてきたことを激しく後悔したのでした。
おしまい
「それが先生が……立花先生が昔飼っていた犬の話なんですね」
「ええ……過去の自分が実際にしてきたことなんです。今でもあのときの事を思い出すと……後悔する毎日なんです、みやびさん」
自分の担当である出版編集者の『みやび』から立花と呼ばれた先生には、利き手である右腕と右目がありませんでした。
「ふふっ。みやびさんも長々と話を聞いてて……ほんと馬鹿みたいに思ったでしょ。男の子が……いや、ボクがすべてを失ってからそんな『大切なモノ』に気付くなんてね」
「いいえ。そんなことはありませんよ。それは先生が描いた、この絵本にたくさん込められた『想い』からも伝わってきますしね。それにこの表紙の絵も利き手ではない左手で描いたんですよね?」
みやびはそう言うと、発売を明日に控えたユウキが描いた絵本のタイトルをそっとなぞりました。
「もしかして、このサブタイトルに込められた意味は……」
「ええ。登場人物にもその意味がかかっていますが、それはボク自身(作者)がシロに命を救われ、そしてその後の物語を紡いでゆく……。そんな意味を込めてつけたんです」
ユウキのその言葉を聞いて、みやびは何かを納得したように頷きました。
「シロはきっとボクに本当の心を取り戻して、生きていって欲しいはずなんです! だからシロの最後は笑っていたんだと、ボクは思うんです。……きっと」
(シロ……ボクに何ができるかわからないけど、君のために頑張るからね。だから……だから天国から見守っていてよね!!)
ユウキはそう言って立ち上がると、みやびと共に自分の絵本を置いてくれる書店へ向かうのでした。
シロと呼ばれた白い子犬 ~拾われた新しい命、その後の物語~ fin
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