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バムトケロ諸島 ウリノガラゴ港 3「積み荷」

「3機しかないんじゃ、日暮れまでには終わらんだろう。こっちにも荷主との契約があるんだがね」


 船主の声には不安と不満とを露わになっていた。

 ガラゴ島一の港と聞いてはいたが、さすがは辺境だ、と口にこそ出さなかったが。


 荷主はこの島の有力者、網元の一人息子だ。網元その人はそれなりに出来た人として知られるが、その馬鹿息子の粗暴さはそれ以上に有名だ。余計な厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだと船主が考えるのも無理はない。全く、こんなボロ従機のせいで契約事項に難癖をつけられたらたまらんよ。言葉にこそ出さないものの、その思いは露骨に顔に表れていた。


 だが、船主の傲慢な侮蔑を含んだ視線を、荷揚頭のモウラは女性特有の愛敬のあるほほえみで受け止めた。


「大丈夫ですよ、うちの連中は慣れてますから。特に、ほら。あの起重腕(注・クレーン機能)をつけた奴を見てやってくださいよ」

 浅黒く日に焼けた肌は、不思議なほどに人なつっこさを感じさせる。その肌も、上半身を覆うのが胸に巻いた布帯だけとあっては、すこしばかり露わにしすぎかもしれない。けれども、彼女の二の腕はそこらの男どもより、それも荷揚屋で働く猛者どもよりもよほど筋肉の束が盛り上がっており、ちょっとやそっとでは下卑た獣欲の餌食になるはずもなかった。いろいろな意味で視線の置き所に困った船主は、彼女の言うとおり長大な起重腕を伸ばして彼の積荷を吊り上げる機体を見ることになる。


 なるほど、モウラの言うとおり、その機体の手並みは見事なものだった。起重腕から垂れ下がる綱線によって吊り下げられた荷箱は、強い潮風を受けているにもかかわらず、ほとんど揺れることがない。そのまま、鉤針を外され正確に一つ、また一つと積み重ねられていく。慣性と風の揺れとをここまで見事に打ち消すには、よほど達者に起重腕と、肩の巻き上げ機を連動させ細かく動かさなければならないだろう。

「確かに。失礼だが、あんな寄せ集めの機体で大した物だな」

 その声を受けて、モウラは満足そうにうなずく。


 視線の先の機体の全高は人の3倍半ほど。標準的な大きさで、高価な機体ではなく、ありふれた従機にすぎない。それも、作業用に特化して製造された従機ではなく、いわゆる「落ち武者」と呼ばれる払い下げ機だ。正規の疑似筋繊維を失い、甲獣の筋束で応急処置を済ませるうちに、出力も精度も低下したため、第一線を退いたかつての勇士。どこの作業現場でも、装甲がはがれ、四肢の動きにきしみが出てきている老朽機が歩いているのを見かけるものだ。彼らはかつての力を失った代わりに、経験の浅い未熟な御士がより少ない伝気でなんとか操作できる「優しいおじいさん」でもある。まぁ、中には気むずかしく偏屈に凝り固まった「ガンコ爺」もいるわけだが。

 船主の目の前にあるのは、まず間違いなく「ガンコ爺」としか思われない「落ち」従機であった。使われている部品そのものはそれほど極端に老朽化しているわけでもないし、質が悪いわけでもない。それどころか「遺跡級」に分類される高精度の軍用部品であったことがうかがえる。


 たとえば、胴体部分に目をやると、一目でそれとわかる特徴が目に入る。無骨に角張ったそれは、西方連邦の「ジ試系」の四肢である。

 一方で、四肢に使われる部品そのものも非常にありふれた素材であった。特に、ふくらはぎが強調された簡易順間接下肢を見間違えるはずはない。間違いなく、『楽園』製の「六号系」と呼ばれる機体であった。高い汎用性をもつために、軍事用としても作業用としてももっとも大量生産された機体である。左腕部の起重腕も、六号系の派生機種と考えれば違和感のない装備である。


 いずれの系列機も、遺跡級従機の量産化としては最も完成度が高く、それ故に生産台数の多い機体であった。そういうわけで、その「落ち武者」が辺境の港町で荷下ろしに従事していること自体には不思議がない。 


 けれども、その二つの系列が一つの機体に同居しているとなれば話は全くの別だった。六号系機体と、ジ試系機体は、根本的に同調相性が悪い。それぞれ独自に開発、構成されている生体部品構造は、そのまま組み合わせたところでまず動くことはない。仮に、動いたとしても伝気制御にはひとく雑波がまじり、御士の操作にまともに応えることはない、とされている。


 近年では『楽園』技術工匠と西方工房組合とでは互いの技術吸収を積極的に進めているため、互換性のある共通規格も生み出されつつある。だが、軍用従機が初めて量産体制をとられることとなった初期型である六号系と、それに対抗して生み出されたジ試系にはそのような恩恵は与えられていない。両国の緊張がこの両機の歴史には色濃く反映しているのだ。


 無論、『楽園』本土や西方連邦諸国であれば、無理にそのような合成機体を作り出す必要もないので、特に問題とされることはない。何しろ大量生産されているから互換部品には事欠かないのだから。けれど、ガラゴ島のような辺境ともなると話は異なる。あるものは何でも利用するしかない。必然的に、干渉作用を押さえながら機体を寄せ集めるごまかしの技術が磨かれていくことになる。実のところ、そうした辺境の一部には、『楽園』技術工匠や連邦工房組合の偽装技官が紛れ込みどん欲に相手の技術を解析している、という事情もあるので、このようなつぎはぎ細工の怪物が生まれてもおかしくはない。おかしくはないのだが、それにしてもこの機体は異様だった。

 

「コオは若いのに大したもんですよ。どんなに機嫌の悪い機体でも、あの子が乗るとそりゃ素直に動きますよ」

「まぁ、日暮れまでに荷主に引き渡すことが出来たらそれでいいんだがね」

 つぶやく船主の胸を、任せてくださいよ、と並の男の太ももほどある腕でモウラが叩きながら笑うと、船主は咳き込むしかなかった。


 それにしても。荷主は、網元の馬鹿息子、か。全く、今度はどんなろくでもないものを持ち込んでいるんだか。あんな奴のためにコオをはじめ、仲間に無理を強いるのは全くもってモウラの趣味ではなかった。


 そのとき話題の従機から警告の声があがった。


『モウラ、この荷箱、おかしいぞ! 重心が動く』


 コオの警告とともに、港には緊迫した空気が漂いはじめた。



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