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仲良きことは美しきかな

 潜入捜査の件はフィオナには伝えなかった。

 フィオナには不要な情報だと思われたし、娘を心配させると思ったからだ。


 それはクロエも同意のようで、特に目配せしなくてもクロエはなにもしゃべらなかった。


 クロエは普段通りの笑顔で娘の帰りを迎え入れると、おなかがぺこぺこのフィオナに夕食を用意した。


 クロエは前言通り、朝から煮込んでいた牛のすじ肉のシチューを食卓に並べた。


 それにパンやコールスローサラダ、クロエとフィオナが先日、一緒に漬けた人参とキュウリのピクルスも添えられている。


 フィオナは食卓に座ると、両手を合わせ、神と聖霊に感謝の念を捧げている。

 もちろん、クロエにも。


 クロエにはことあるごとに「いつも美味しい料理をありがとうね」そう感謝の言葉を口にしているので、今日はなにも言葉にしなかったが、それでも満面の笑みがクロエにとって最大のご褒美といえた。


 クロエはにこにこと傍らに寄り添い、フィオナがシチューを口に運ぶ姿を見ている。


 ちなみに我が家には食事中、静かにしなさい、という貴族の家のようなしきたりはない。


 むしろ食事中、会話を楽しみなさいと推奨しており、賑やかなものとなる。

 会話やコミュニケーションが最良の調味料になるからだ。


 特に娘が聞かせてくれるその日の出来事は、どんな高価な調味料よりも料理の味を引き立ててくれた。


 クロエは俺たちが食事を終えたのを見計らうとフィオナに尋ねる。


「フィオナ様、フィオナ探偵団の首尾はいかがでしたか?」


「フィオナ探偵団じゃないよ。それじゃわたしがリーダーみたいでしょ。わたしたちはみんなが主役なの。みんなが同志なんだもの」


「そうでした。それでは少女探偵団とお呼びすればいいのでしょうか」


「その名称も不適切だよ。イスマは男の子だからね」


 結局、リーングラード魔術学院探偵団になったの、とフィオナたちの一行の名称が正式に決まったことを教えてくれる。


「なるほど、ちょっと長いですが、素敵な名前ですね」


 と、クロエは言ったが、俺は面倒なので少女探偵団と呼称することにする。 

 

「それでフィオナ様、なにか手がかりは見つかりましたか?」


 クロエが改めて尋ねると、フィオナは残念そうに首を横に振るう。


「それが全然駄目なの。公都の魔術師さんを順番に尋ねているんだけど、リッテンのお父さんとお母さんは見つからないの」


「あらまあ、それは残念ですね」


「わたしも一日では見つかるとは思っていなかったけど、まさかこんなに大変だとは思っていなかったよ。このままのペースだと、あと一年は掛かるかも……」


 と言うと、フィオナはこちらの方を見てくる。

 助けてくれ、という意味ではないだろう。


 このまま見つからないのであれば、リッテンをうちの子供、わたしの弟にしてもいい、という視線に見える。


 フィオナの視線は俺とリッテン交互に向けられている。均等な時間が割り振られる。


 俺は改めてフィオナに伝える。


「フィオナ。前にも話したけど、子供は実の親のもとで暮らすのが一番なんだよ」


「でも、リッテンは可愛いよ?」


「たしかに可愛いけどな。でも、フィオナ、もしもお前がどこかにさらわれて、その家の子供になりなさいと言われたらどうする?」


「いや! わたしはお父さんの子供だもん。ここの家の子だもん」


「リッテンはもちろん、リッテンの両親もそう思っているはずだ。だから、お前の役目は一刻も早くリッテンの両親を見つけてあげることだ」


 その言葉でフィオナは完全に納得したようだ。

 以後、リッテンをうちの子にする、とは言わなくなった。

 ただ、代わりにこんなことを口にするようになった。


「リッテンを弟にするのはあきらめるの」


「良い心がけだ」


「でも、弟か妹は欲しいな。今年の冬至祭の冬至祭長(サンタクロース)におねだりにしてもいい?」


 子供のような無垢な上目遣いでおねだりしてくるフィオナ。


 冬至祭長とは、聖教会の聖人に列せられている司祭の名前である。四季をつかさどる聖人とされ、子供にプレゼントを配る聖人としても有名だ。


 冬至の日に願いを書き、枕元に置いておくと、子供の望んだプレゼントを用意してくれる不思議な力を持っている。


 ――無論、伝説上の作り話なので、実際に用意するのは冬至祭長ではなく親なのだが。


さて、基本的にわがままを言わないフィオナだが、時折、俺を困らせる。

 物や金をねだられるのならば容易くかなえてやれられるのだが、娘のねだるものはなかなか入手しづらいことが多い。


 絵本の中に出てくる広場の木のてっぺんに掲げられている星の飾り物が欲しい、とか、夜空に流れる天の川で泳いでみたいとか、なかなか叶えるのに骨を折るというか、不可能なものが多い。


 今回のお願いもそれに類するものだろう。


 ちなみにフィオナには人間の子供の製造法はまだ教えていないので、娘は純粋に子供はキャベツ畑で生まれるか、コウノトリあたりが運んでくると信じている節がある。


 なので今すぐ、キャベツ畑に行くか、コウノトリと直談判してくれ、という視線を送ってくるが、残念ながら子供の生まれるキャベツ畑にも子供を運ぶコウノトリにも心当たりはない。


 さて、まずは娘に子供の製造法から説明すべきであろうか、それとも弟や妹は諦めてくれるよう説得すべきであろうか。


 判断に迷う。


 フィオナにはまだ説明するのは早すぎるような気もするし、実の娘に子供の作り方を説明するのも気恥ずかしい。俺はその手のイベントは師匠かクロエあたりに丸投げするつもりでいた。


 それに弟か妹の追加オーダーはもっと困る。


 俺は結婚する気はなかったし、そもそも、俺のような面倒な賢者のもとに嫁にきてくれる奇特な女性は少ない。


 困った顔をしていると、クロエが助け船を出してくれた。

 クロエは、フィオナの目線まで腰をかがめると、娘の瞳を見つめながら言った。


「フィオナ様、子供は神からの授かりものです。願ったからといって容易に得られるものではないのですよ」


「うーん、それは分かっているけど、やっぱり一人は寂しいの……」


「フィオナ様はお一人なんですか? あるじ様も、シーモア様も、それにクロエもいるではないですか」


「お父さんはお父さん、伯母上様は伯母上様、クロエはクロエだよ。兄弟じゃないの」


「なるほど、フィオナ様は兄弟が欲しいのですね」


「うん、弟なら毎日一緒に遊んであげるの。妹ならば髪をとかして結ってあげるの」


「なるほど、気持ちは分かります。クロエもフィオナ様の髪の毛を結うのが好きですからね」


「やっぱり楽しいんだね。いいなあ。わたしも結いたい」


「ならばこうしましょう。フィオナ様、クロエの髪を結ってくれませんか?」


 クロエはそう言うと、棚の上に置かれたブラシと髪を結う導具を持ってきた。


「わたしがクロエの髪を結うの?」


「妹にはなれませんが、それでもクロエも女の子ですよ。自慢の髪の毛もあります」


 彼女はそう言うとくるりと周り、その銀色の髪をさらす。


「クロエの髪はとても綺麗だね。銀を溶かして紡いだみたい」


「そう言っていただけて恐縮です。あるじ様がパーツ代をけちらなかったおかげですね」


 と、こちらに視線をやり、片目を閉じる。

 ちなみにクロエの髪の毛は人間のものだ。合成繊維よりも高く、また質も高い。


その分値段も張るが、機械仕掛けの人形にとって髪は重要なパーツのひとつだ。俺はそういったところはけちらない。


「さて、フィオナ様、髪の毛を結っていただけますか? やり方が分からなければお教えしますが」


「ううん、大丈夫、毎朝、クロエにやってもらってるからやり方は何となく分かるの」


 それに、たまにハーモニアの髪の毛を結ってあげているから、とフィオナは続ける。


「それは楽しみですね」


 クロエはそう言うと、目をつむり、フィオナに身をゆだねた。


 フィオナは少し緊張した面持ちでクロエの髪に触れると、そのままブラシを掛ける。


 音もなくすうっと入るブラシ。


 フィオナの手には少し大きく見えるが、娘は器用に使いこなすと、クロエの銀髪をとかした。


 金色の髪をした可愛らしい天使が、銀色の髪を持った美しい少女の髪をとかす。

 その姿はなかなかに絵になる風景だった。

 黙々と髪をとかすその様は、まるで仲の良い姉と妹のようにも見えた。

 仲良きことは美しきかな、そんな言葉が浮かんだ。

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