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学院長と最強賢者

 午前は学院、午後は捜査、俺たちの二重生活はしばらく続く。

 午後になり、授業が終わると、娘たちは学院に外出許可を取り、公都に向かった。

 取り寄せたリストをもとに、一軒一軒、魔術師の家を回る作戦に出たのだ。 

 娘たちの外出許可と捜査の手伝いを許してくれた学院長いわく、


「古典的だが効果的な手法じゃな」


 と、その作戦を評価してくれた上、快く娘たち送り出してくれた。


 魔術師ギルドに問い合わせてリストを取り寄せてくれたのもこの老人だ。

 さすがは第9階級の魔術師。リーングラード魔術学院の学院長である。

 そのコネと仕事の速さは我が師匠に通じるところがある。

 手放しにカリーニンを賞賛したが、そんなカリーニンはちくりと指摘してくる。


「ところでカイト殿は公都に出かけないのかね」


「といいますと?」


「少女たちに聞き込みをさせて、自分はなにもしないのかね、と聞いているのだよ」


「まあ、俺には俺の調査方法がありますからね」


「ふむ、その調査方法を聞いてもいいかね」


「そうですね。まずは一番事情を知っていそうな人物を問い詰める、というのはどうでしょうか」


「なんと、そのような人物がいるのか」


 カリーニンはとぼけた口調でそう言うので、こちらも真似をする。


「学院長は先日言ったじゃないですか、この子は特別な子供だって」


「はての。そんなこと言ったかの」


「最初はなにか特別な力のある子供。あるいはハーモニアのような特別な種族の子供かと思いましたが、それも違うようだ」


「あの子を調べたのかね」


「一応、これでも魔術師の端くれなのでね」


「で、その賢者殿がたどり着いた結論は?」


「至って普通の子供でした。人間の子供だし、とてつもない魔力を秘めている、という兆候もない。ただ、ひとつだけ気になる点があるとすれば――」


「すれば?」


「右肩に痣があるくらいでしょうか。それも生まれつきのものではなく、後天的なものですね。誰かに焼きごてでも押されたかのような痣があった」


「なるほど、さすがのカイト殿もそこまでしか分からなかったか」


「ええ、まあ、我が師匠ならばもっと別の見解を用意してくれるかもしれませんが、そこまで賢くないもので」


「そこまで調べているのならば情報は出し惜しみするまい。いや、最初から言おうとは思っていたのだが」


 カリーニンはそう前置きすると、事情を説明してくれた。


「カイト殿はこの学院が改革派と保守派に割れて争っていることを知っているかね」

「就任初日に実感しましたよ」


 初日に食ってかかってきた噛ませ犬の教師の顔を思い出す。

 名はマッキャオといっただろうか。


この魔術学院は高位の魔術師であふれているが、魔術師が高位だからといってその人格が担保されているわけではない。


 いや、むしろ、高位になればなるほど性格がねじ曲がっているような気がする。


 目の前にいるカリーニンという第9階級の魔術師もなかなかに食わせものであったし、抜け目がない。さりげなく俺に厄介ごとを押しつけ、それを解決させようとするところなど、我が師に似ている。


 我が師とて人格者と呼称するにはほど遠い破綻者であった。


 魔術師などは騎士や官僚になれない変わりものがなる、とは昔から言われていることであったが、まともな魔術師になど会ったことがない。


 ただ、この学院の保守派と呼ばれる教師は、カリーニンやイリス・シーモアとは逆ベクトルの人格破綻者が多い。


 カリーニンや師匠のように愛すべき駄目人間ではなく、唾棄すべき悪党が多かった。


 マッキャオのように自尊心だけが肥大化し、他者を見下し、自分と違った価値観を認められない人間が多かった。


 要は典型的悪役、クズ、それがリーングラード学院の保守派教師、というのが俺の認識であった。


 その認識はカリーニンも同様のようだ。

 俺の表情から俺の保守派への心証を読み取ったのだろうか。

 苦虫をかみつぶしたかのような顔で言う。


「どうやらカイト殿とワシは等しく価値観を共有しているようだな」


「少なくとも陰険で小賢しい悪党は嫌い、と言う点は一致していますね」


「だな。しかし、世の中、総じてそういった輩が力を伸ばし、権力を握る」


「憎まれっ子世にはばかる、ですね」


「左様」


「そういった意味では我が師匠も同じです」


「ふむ、そのたとえは返答に困るな」


「まあ、憎まれっ子にも種類がありますからね。俺が嫌いな憎まれっ子は、裏で小賢しく蠢動し、利益だけを口に運ぶやからです」


「なるほど、ならば今回の事件の黒幕、カイト殿が討伐してくれそうだ」


「討伐するかはどうかとして、今回のリッテン誘拐騒動に我が校の教師が絡んでいるということですか?」


「残念ながらの」


 カリーニンは心底口惜しそうな表情で言った。


「我が校の教師に、不正を働くものがいる。いや、不正などという生やさしいものではないな。市井の赤子をかどわかし、悪魔信奉者(サタニスト)や狂錬金術師に売り払って莫大な利益を上げているのだ。犯罪者、いや、畜生と言ってもいい所行だ」


「悪魔信奉者や狂錬金術師に赤子を……?」


「信じられないか?」


「正確に言えば信じたくないですね」


 悪魔信奉者とは文字通り悪魔を信奉する人々だ。この世界に悪魔を召喚し、悪魔に願いを叶えさせる邪教徒である。


 悪魔をこの世界に召喚するには、供物を捧げなければならない。

 その供物は、清らかなほど良いとされ、処女や赤子が定番とされている。


 悪魔信奉者の歪んだ願望を叶えるため、多くの女性や赤子が生け贄に捧げられてきた歴史がある。


 無論、それらは国によって完全に禁止されており、もしも悪魔信奉者だと露見すれば、一族郎党ことごとく斬首になるのが法によって定められていた。


 一方、狂錬金術師にも赤子の需要はある。


 人間の赤子は錬金術師にとって宝そのもので、研究対象としても優秀であったし、実験対象としても有益であった。また、錬金術の素材としても優秀だ。


 過去、何十人もの赤子の臓腑を使って、フラスコの中の小人や賢者の石を錬成しようとしたものもいる。


 もちろん、こちらの方も大罪であり、もしも露見すれば、即座に打ち首である。


「……しかし、世の中にはそんな悪魔みたいなやつがいるんですね」


「そうじゃの」


「娘と出会う前の俺は研究馬鹿でしたが、それでも最後の一線は守ってきました。人体だけは実験に使わない、と。錬金術の素材にはしない、と」


「ふむ」


「帝国軍に所属し、人道にもとる行為もしましたが、最後の一線だけは守ってきました。しかし、世の中にはその最後の一線を越えてしまう狂人がいくらでもいる、ということか」


「そうなる。カイト殿よ。申し訳ないが、その狂人を見つけ、なんとかしてくれないかの? まだ犠牲者の数は少ない。これ以上、やつらの勢力が拡大すれば、あたら貴重な人命がそこなわれる」


「俺に拒否権はないのでしょう?」


「まさか、しかし、カイト殿ならばワシと協力し、この難題を解決してくれると信じている」


「信じている、ですか……」


 常套句だな、そう思った。

 しかし、断るわけにもいかない。

 事情を聞いてしまった以上、捨て置くわけにはいかなった。


 リッテンをなんとか母親のもとに戻す、それはフィオナに誓った約束であったし、その後、リッテンは両親のもと、穏やかに生きなければならない。幸せにならなければならない。


 そうでなければ娘が悲しむ。それは誰も望まない。

 それに今回の事件、この学院の教師が関わっている、というのも捨て置けない。

 悪魔信奉者が悪魔を召喚などすれば、必ず聖教会が目をつける。


 悪魔教徒を野放しにすれば、神の慈愛を前提とする聖教会の面目が丸つぶれになるからだ。


 さすれば民は聖教会を見限り、その信仰を捨て去るだろう。


 信者の喜捨(きしゃ)と貴族の寄付によって成り立っている聖教会にとってそれは致命傷となる。


 おそらくであるが、事件が大きくなれば、必ず聖教会に所属するとある組織がやってこよう。


 その組織とは、「異端審問官」である。

 神の教えに反する人物を捕まえ、異端に掛ける聖職者である。

 異端審問官に目をつけられれば、悪魔信奉者は文字通り駆逐されるであろう。


 その罪にふさわしい末路が待っているが、こちらとしては異端審問官が出張してくる前にことを終わらせたい。


 なぜならば、異端審問の対象に、ホムンクルスの創造がふくまれているからである。

 無論、俺はフィオナを生み出す際に人体実験のたぐいなど一切していないが、痛くない腹は探られたくない。


 悪魔信奉者や狂錬金術師が捕まるのは当然だと思うが、その過程で調査が俺たちの方にも及ばない、とは限らない。


 ホムンクルスの娘を持つ父親としては、それだけは避けたかった。

 意を決すると、白い髭を持て余している老人に伝えた。


「分かりました。カリーニン学院長。今回の事件の裏で糸引く悪漢たちをなんとかして見せましょう」


 カリーニンはその言葉を聞くと、皺にまみれた顔にさらに深い皺を作る。

 穏やかな笑顔とともにこう言った。


「さすがは大賢者イリス・シーモアの一番弟子じゃな。その知勇は帝国一、その正義感も帝国一だ」


「師の名を辱めない程度には働きますよ。それでは学院長、知っている情報をすべて教えてもらいましょうか」


 俺がそう宣言すると、学院長は情報を語った。

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