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みんなで朝食

「おはよう」


 朝日が昇ってしばらくすると、寝ぼけまなこの少女たちが二階から降りてくる。


 フィオナを見つけたカーバンクルのカーすけは、尻尾を振りながら娘の足下に向かった。


 フィオナの足に頬ずりをする。

 その姿を見たハーモニアは少し後ずさる。

 昨日も似たような態度をしていたが、ハーモニアは動物が苦手なようだ。

 カーすけの愛らしい姿を見ても表情を弾ませない。


 フィオナが、


「なでなでする?」


 と訪ねてきてもハーモニアは「え、遠慮するわ」と断っていた。


 一方、イスマは動物が大好きなようでカーすけを抱きしめたくて仕方ないようだ。

 ぬいぐるみのようにカーすけを抱きしめる様は、絵になるほど愛らしい。

 ただし、カーバンクルも猫と似ている。


 イスマのように直情的に愛情を表現する人間よりも、どこか興味がなさそうにしている人間の方に近寄る習性があるようだ。


「ひぃ……」


 と表情を引きつらせているハーモニアの足下でぐるぐる回っている。


 カーすけもハーモニアのことが気に入ったのか、肩までととっとのぼると、ハーモニアの頬をなめていた。


 さらに表情を青ざめさせるハーモニア。


 フィオナの手前、


「このけだものを引き離して」


 とは言えないようだが、ハーモニアは俺を見つめると、


「先生、助けてください」


 という涙目を浮かべてきた。


 可哀想なのでさりげなく、テーブルの上に置かれたパンをちぎると、「ちっち」と舌を鳴らし、えさがここにある旨を伝える。


 カーすけは喜んで俺のもとにやってくるとちぎったパンをむしゃむしゃと咀嚼していた。


「カーくんは草食性なんですね」


 イスマは訪ねてくる。


「みたいだな。だから人間は食べたりしないぞ」


 と、冗談を言うが、ハーモニアに笑顔はない。本当に動物が苦手のようだ。


「ちなみにカーすけは賢い。テーブルの上に置かれた食べ物には絶対手をつけないし、お客様を噛んだりはしない」


「すごいですね。うちの犬よりも賢いかも」


「うむ。犬よりも賢いかもな。初めて飼ったが、ここまで利口だとは思わなかった」

「いいなあ、ボクも飼ってみたいかも」


「カーバンクルは幻獣だからな。そうそう易々と人前に現れない。まあ、また、我が家に迷い込んできたら、イスマのために捕縛しておこう」


「もしももう一匹迷い込んできたらハーモニアにもプレゼントしてあげて」


 とはフィオナの言葉であり、娘の好意だったが、ハーモニアは断固拒否する。

「私は寮住まいですから無理です!」


 と、声高に主張した。


「そっかぁ、残念だね。こんなに可愛いのに」


 と、フィオナはカーバンクルを頬ずりするが、ハーモニアは話題をそらすため、リッテンに話題を移す。


「ところで先生、リッテンは元気ですか?」


「元気だよ。今、クロエが近所の人に乳を分けてもらいに行っている」


「山羊の乳ではだめなんですか?」


「やっぱり人間の乳の方がいいだろう、というのがクロエの見解だ。あ、クロエが帰ってきたみたいだな」


 見ればドアが開く気配がする。

 クロエが赤子を抱えながら食堂に入ってきた。

 クロエも赤子も笑顔である。首尾は上々のようだ。


「都会の女性は冷たいかと思いましたが、案外、頼めば快く引き受けてくれますね」


「そうか。この公都にも義理人情は存在したか」


「無論、お礼はちゃんとしましたが、明日も乳を分けてくださるそうです」


「それはよかった。これでしばらくはリッテンのご飯に困らない」


 そう感想を漏らしていると、ハーモニアが訪ねてきた。


「カイト先生、リッテンは学校には連れていかないのですか?」


「連れていかない」


「えー、どうして?」


 フィオナは訪ねてくる。


「連れて行けば昨日みたいに授業にならないからな。それに赤ん坊はあまり外に出したくない。人が大勢いるところに連れ出すと風邪を貰うかもしれない」


「たしかにそうですね。昨日はまったく授業になりませんでした」


「俺の本職は教師であって、ベビーシッターではないしな。それに我が家には子育てスキルも完備した機械仕掛けのメイドさんがいる」


 と、銀色の髪を持ったメイドに視線をやる。

 彼女はにっこりと微笑むと、お任せあれ、と言った。


「フィオナ様をここまで立派に育てたのはこのクロエです。赤子のひとりやふたりならいつでもお任せくださいませ」


「――というわけだ。そんなことよりも俺たちはこの子の親を探して、一刻も早くこの子をあるべき場所に戻してやるのが勤めだと思っている」


 俺がそう締めくくると、三人の少女たちは、



「うん」

「はい」

「そうですね」


 と、それぞれに同意した。



 こうして俺たちの基本方針は決まった。

 昼間はそれぞれの本分を果たす。

 つまり俺は教師として教鞭を振るい、彼女たちは学生として勉強する。

 リッテンの親の捜索は放課後に行うことになった。

 無論、先日も堅く注意したが、娘たちには危険な真似はさせない。


 公都などで聞き込みはしてもらうが、常に三人一組で行動し、危ないと思ったらすぐに逃げ出す、あるいは俺を呼び出すよう改めて注意した。


 三人はそれぞれの表情で納得してくれたが、さて、この無鉄砲で正義感に篤い娘たちは上手くやってくれるだろうか。


 娘たち三人、それぞれの魔法の技術、知的水準、勇気などは高く評価していたが、それゆえに危ない真似をしないか心配である。


 俺がそんなふうに思っていると、メイドのクロエは心を見透かしたかのようにこうささやいてくる。


「あるじ様、あるじ様はやはり心配性ですね」


「心配性にもなるさ。まったく、我が娘はどうしてこうも正義感に篤いのだろう」


「それはもうあるじ様の責任としか」


「おしとやかに、心優しくなるように育ててるつもりなんだがね」


「子供は父親の背中を見て育ちますからね。あるじ様を見て育っておしとやかになる方が不自然ですよ」


「なるほど、道理だ」


「ですが、心優しく育っているのは間違いないのでご安心を」


「優しすぎても困るんだよな。なんでもかんでも厄介ごとに首を突っ込んでいるといつか取り返しのつかないことになるかもしれない」


「大丈夫ですよ。フィオナ様は優しいだけでなく、知恵も勇気も兼ね備えていますから。それにその名の由来も幸運な娘ですから」


「だといいのだけどな」


 俺はそう締めくくると、クロエに朝食の用意を頼んだ。


「かしこまりましたわ。今日は良い鶏卵が手に入りましたの。焼き方はどうしますか?」


 俺だけではなく、娘たちにも尋ねる。

 娘たちはそれぞれに注文する。


 フィオナはスクランブルエッグ好きだ。ベーコンはかりかりになるまで焼くのが好みだ。


 ハーモニアは両面焼きが好みで黄身までしっかり火を通すのが好きなようだ。

 イスマはエッグベネディクトを毎朝食べている。


 それぞれ、好みの調味料も違う。


 フィオナはケチャップ、ハーモニアは塩と胡椒、イスマは(ビネガー)をかけるのが好きらしい。


 ちなみに俺は片面焼き、サニーサイドアップが好きで、それに東方から伝来した醤油(ソイソース)をかけるのが好きだ。

 

 四者四様というか、注文の多い客たちだったが、それでもクロエは俺たちの好みをすべて聞き届けてくれた。

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