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生命の授業

 俺の復帰授業は滑稽なものであった。

 赤子をおぶったまま開かれる授業、

 俺の講義をかき消す赤子のけたたましい鳴き声、

 その都度、授業は縦断させられ、おしめの交換をさせられる。

 あるいは休み時間に絞った山羊の乳を飲ませる。(学院には実験用の山羊がいる)

 その日の授業は赤ん坊のためにほとんどまともに機能しなかった。

 しかし、機能しないのはなにも赤子のせいだけではなかった。

 生徒たちにも問題がある。

 生徒たちは俺の背負う赤子に興味津々のようだった。

 特に女生徒たちからは手厳しい質問が飛んでくる。


「先生は独身と聞いていましたが」


「独身だよ」


「じゃあ、なんでこのような赤ちゃんがいるんですか。赤ちゃんは結婚しないとできません」


「じゃあ、この子は俺の子供ではない、という結論にならないのかね」


「でも、フィオナはこの子はわたしの弟だよ、と言ってましたが」


 フィオナに視線をやると、フィオナは「にはは」とばつの悪そうな顔をしながら、頭をかいている。


「弟の『ような』ものかな。正確にいうと」


 フィオナはまだこの赤子を弟にする気満々のようだ。

 訂正する。


「この場合、ような、もいらない。この子は赤の他人だよ」


「なんで赤の他人をかついで授業をしているんですか?」


「それは俺が聞きたい。文句があるのならば学院長に言ってくれ。学院長の命令でうちに預かることになったんだから」


「え? じゃあ、この子は正式にうちの子になるの?」


 と、目を輝かせるフィオナを制するために、言葉を続ける。


「ちなみに預かるだけだからな。これは業務命令だ」


 フィオナは残念そうな表情を浮かべるが、とある生徒が質問をしてきた。

 というか、ハーモニアだ。


「ということは、この子はカリーニン学院長の子供、という可能性もありますね」


 と、冗談めかして言った。

 その言葉を聞いた俺は妙に納得する。


「ありえそうな話だな」


 と。


「え、冗談のつもりだったんですが?」


「いや、ありえるぞ。あの老人は5回も結婚を繰り返す好色ジジイだからな。隠し子の一人やふたり居ても不思議ではない」


「学院長にそんな暴言言っていいんですか?」


「この学院では言論の自由が保障されているよ。それに事実なのだから仕方ない」


「ちなみに学院長の結婚回数は6回です。訂正しておきます」


 ハーモニアが補足する。


「なら、なおさら容疑が深まったな」


 と、主張したが、俺の主張は通らない。

 いまだ俺の隠し子説が主流のようだ。

 とある生徒が言う。


「なんか、この子ってやっぱりカイト先生に似ていない?」


「似ていない」


 と、俺は言い張るが、多くの生徒が俺と赤子の類似性を指摘する。


「先生と赤ちゃんは黒髪黒目ですね」


「黒髪黒目は優性遺伝子だとこの前の授業で教えなかったか?」


「レイデンの法則でしたっけ?」


「その通り。黒い目と黒い髪は優先的に発動する遺伝子だな。つまり、この大陸では珍しくもなんともない髪の色であり、瞳の色だ。それを持って父親と主張するのは魔術師として失格だな」


「でも、鼻筋とかそっくりですよ?」


「どこにでもある平凡な目鼻立ちだ」


「あと、笑うと口元がそっくりになります」


 俺は口を真一文字に結ぶ。

 これ以上、生徒の追求は避けたかった。

 これでは授業が進まないことこの上ない。

 俺はこの学院の教師であり、このおひつじ組の先生なのだ。

 彼らに授業を受けさせ、立派な魔術師に導く義務があった。

 なのでこれ以上、この赤子に対する質問は受け付けない。

 そう宣言すると授業に集中するようにうながした。

 俺の担当するおひつじ組の生徒は素直である。


 皆が、

「はーい」

 と、従ってくれた。


 しかし、休み時間になると人の行列ができる。俺の前にではなく、フィオナの前に。


 彼ら彼女ならはこぞって放課後、フィオナの家、つまり俺の家に遊びに行っていいか尋ねてくる。


 どうやら彼らはどうしても赤子の父親を確認したいようだ。


「まったく、俺はそんなに軽薄な男に見えるのだろうか」


 その光景を見てそんな感想が浮かぶ。


 信用がない、というよりも、俺の生徒たちはこの降って湧いたようなイベントを純粋に楽しんでいるようにも見える。


 教師が学院に赤子を連れてくる。

 幼い彼らにはテンションが上がるイベントなのだろう。

 俺が学院に通ってたときも似たようなことがあった。 

 授業中に学内に野良犬が迷い込んできたのだ。

 あのときも子供たちは目を輝かせ、興奮に包まれていた。

 学校という日常に非日常が迷い込むとこうなるのだな。

 改めてそんな考察をすると、俺はその日の授業を諦めた。

 このままではたぶん、どんなに真面目な話をしても生徒の耳には入らないだろう。

 なので、今日の授業はすべて『生命』の授業に切り替えた。

 教材はもちろん、目の前の赤子だ。


 ほ乳瓶で山羊の乳をやりたいという生徒には乳を飲ませ、抱いてあやしたいという生徒には抱かせ、あやさせた。


 主に女生徒が立候補してきたが、中には男子生徒もやりたいと申し出てくる子もいた。


 将来は立派なイクメンになることだろう。


 その後、一日、俺たちのクラスは総出で赤子をあやしながら子育ての予行演習をした。


 笑い声の絶えない授業となったが、案の定、両隣のクラスの教師から苦情がきた。


 大の大人が大の大人に叱られるというのはきついものがある。しかも向こうが正論であればあるほど落ち込む。


 本日の授業は、なかなか有意義であったが、明日以降、赤子はクロエに任せよう。

 そう決意した。

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