最強賢者vs悪漢たち
シーモア流魔術の極意に有言実行という言葉がある。
自分が口にした言葉は絶対に実現させるのだ。
ゆえにイリス・シーモア教えを受けた魔術師に大言壮語を吐くものはいない。ただ、結果を残すのみ、といわれるほど世間から信頼を置かれていた。
安心のシーモア印というわけである。
その一番弟子である俺もその例に漏れない。
俺は5人の悪漢をひとり10秒もかからず倒した。
《転移》の魔法で相手の裏に回り込むと無防備な後頭部に思い切り拳を叩き付けた。無論、相手が死なない程度に力を抑えて。
《飛翔》の魔法で剣を振り回す悪漢どもの間を縫うように飛び回ると、拳を腹部にめり込ませ、《衝撃》で吹き飛ばし、木々に背中を強打させ、意識を奪った。
逃げようとする5人目は後ろから後頭部を掴むと、そのまま大地に顔を押しつけ、地面に接吻を強いる。
この間、40秒の早業である。
これで言葉にしたとおり、1分で勝負が終わるかな、そう思ったが、最後に残った悪漢はそう簡単には倒せそうになかった。
離れた場所で腕を組みこちらを見ている悪漢どものリーダー格の男。
やつは冷静にこちらの動きを観察し、隙あれば握りしめている戦斧で俺の頭を砕こうと殺意を送ってきていた。
俺は心の中で前言撤回する。
いや、訂正か。
「1分で片を付けるが、一人頭1分だ。つまり、6分以内にこいつらを倒せば問題ない」
ある意味、この柔軟性ある態度もシーモア流魔術の神髄だ。
自分の言葉に囚われて凝り固まったことしかできないやつはなにも成せない。
イリス・シーモアはそんなことも常日頃から言っている。
5分の猶予を得た俺は、悪漢の頭目に尋ねる。
「降伏しろ、といっても、降伏するたまじゃなさそうだから、勧めないが、ひとつだけ尋ねてもいいか?」
「かまわない」
「お前みたいな手練れを雇うんだ。お前たちが追っているあの女と赤子は相当な重要人物に思える。いったい、あの赤子はなんなんだ?」
「お前はそれも知らずに赤子を庇っているのか?」
男は呆れた顔をしている。
「成り行き上そうなった」
「無視すればいいだろうに、お前になんの得がある」
「強いていえば娘の前でいい格好ができるかな。娘の前では常にヒーローでありたいと思っている」
「しかし、娘も死んでヒーローになられるよりも、生きて良い父親でいてくれた方が助かるだろうに」
「それはお前が俺を殺す、という意味か」
「それ以外に解釈でできるのならばうかがいたいね」
と、男は右手に握りしめた戦斧の柄を握りしめる。
赤い魔力が戦斧の周りをうねるように包む。どうやら男の持っている戦斧はただの戦斧ではないようだ。
「これは依頼主から受け取った魔法が付与された斧だ」
「古代魔法文明の遺産か」
「さてね、無学な俺には分からん。だが、この斧さえあれば、貴様の素っ首をたたき落とせることは知っている」
男はそう言うと斧の魔力を解き放ち、斧を投げつけた。
「……投擲斧、にしてはでかすぎるな」
男が投げた斧はまっすぐにこちらにせまってくる。
しかし、その速度は速くない。
避けようと思えばいくらでも避けられる速さであった。
杖ではじき落とすのも容易に見える。
ただ、戦斧にはどんな魔力が付与されているか分からない。
はじき落とすことは諦め、避けることにした。
俺が避けた戦斧はそのまままっすぐ進むと、後ろにあった巨木を切り倒していた。それも一本や二本ではなく、複数も。
まともに受けていれば、俺の上半身と下半身もあのように真っ二つになっていたかと思うと、寒気を覚える。
しかも戦斧はまるで意思を持つかのようにこちらに弧を描くようにこちらに戻ってくる。
男は得意げに説明する。
「その斧は俺の意識がある限り動きを止めない。獲物を付け狙い、首と胴を切断するまで動きをとめないのだ」
「なるほど、厄介な武器だ」
古代魔法文明の魔術師がなにを考えてそのような厄介な武器を作ったのかは知らないが、魔法を使えない戦士でも、魔法を付与した武器を装備すれば、互角以上に魔術師と戦える。
魔術師は、身体を鍛えるよりも研究に没頭するものが多く、筋力や体力、そして戦の経験が劣るものが多いのだ。戦闘のプロフェッショナルは少なかった。
もっとも、それは普通の魔術師であって、中には例外もいる。
たとえば千年ものときを生きた魔術師とか。
俺は筋力や体力で目の前の男に劣る自信はあったが、その分、魔力に長けている。
劣る筋力は強化魔法で、劣る体力は知恵でカバーする。
経験の方は時間でカバーだ。俺は目の前の男が生まれるよりも遙か昔から生きていた。
戦場で戦ったことも一度や二度ではないし、この男よりも強い男を何人もあの世に送ってきた。
今さら、この程度の男に負けるつもりはさらさらない。
俺は自信満々に勝利を確信している男の表情を苦痛に歪めてやることにした。
追尾する戦斧を避けながら、魔法を男に飛ばす。
《火球》《水球》《電撃》《衝撃》《光りの矢》死なない程度に威力は弱めるが、それでも直撃すれば重傷を負いかねないほどの威力であった。
しかし、男は涼しい顔でそれらを避けながら、懐にある短剣を投げつけてくる。
魔法の戦斧のように正確だ。
「なかなか見事だな」
「俺は本来、暗器使いだ。投げナイフは十八番よ」
「言うだけはある」
細心の注意を払って避けなればすべて命中していたかもしれない。短剣は正確に俺の心臓を狙っていた。
俺は挑発するように男に言う。
「しかし、先ほどから遠距離戦ばかりだな。そんなに接近戦が怖いのかね」
「馬鹿め、ひっかかるものか。どうせ、お前は戦斧を誘導して、俺に戦斧を喰らわせるつもりだろう」
「あらら、ばれていたか」
「そんな手は喰らうものか。そもそも、その戦斧は絶対に持ち主に当たらないようにできている。だから、そんな小賢しい手は無駄だぞ」
「なるほどね。ならば接近戦を挑んでこないのは、生来の臆病風のせいか」
「まさか。お前の動きを観察していただけだよ。どうすれば心臓にナイフを突き刺せるか」
「結論は出たのか?」
「出たね」
「教えて頂けるとありがたい」
「いいだろう、答えはこれだ」
男はそう言うと、投げナイフ攻撃をやめ、懐から変わった形状のナイフを取り出す。湾曲上にそれたナイフだ。ククリナイフといい、暗殺者が好んで使う武器だった。
「追尾する戦斧と俺のナイフ術を組み合わせれば、貴様を仕留められる」
「なんだ、結局接近戦を挑んでくれるのか」
ありがたい、とは言わなかった。
これで俺の作戦は完璧になったが、別に遠距離戦のままでも倒すことは可能であっただろう。
ただ、その場合、この男に重傷を負わせてしまうかもしれない。
目の前の男は悪党であるが、特に恨みがあるわけではない。
できれば怪我くらいで済ませてやりたかった。
俺は接近戦を挑んできた男のナイフをかわす。
追尾してくる戦斧もかわす。
「どうした。お前の特技は避けるだけか? このままではなます斬りになるぞ」
「そりゃなるだろうな」
近接戦闘に関してはさすがに専門の戦士にかなわない。ましてや男が持っている魔法の戦斧は正確に俺を補足し、執拗にせまってくる。
木々の間を飛び回り、木を盾にしても一向にその威力が弱まる気配はない。
しかし、その威力が敵にとって致命傷になる。
そう思って俺は相手を木々の中に誘ったのだが、男は気がついているだろうか。
その後ろから倒れてくる木々の存在に。
たしかに戦斧は男を傷つけることはなかったが、その戦斧が切り倒した木は別だ。
木々は音もなく倒れると交差するように男の頭上に降り注いだ。
男は自分が気絶するまで、いや、気絶しても自分になにが起きたか気がつかないだろう。
要は男を上手く誘導し、戦斧によって倒れた木によって男を倒したわけだ。
男が最後に残した言葉は、ヒキガエルが潰れたときの音に似ていたが、命は無事のようだ。
このまま護民官に突き出すことにする。
今し方の男を含め、その部下全員を植物の蔓で縛りあげる。
蔓に《緊縛》の呪文を掛け、逃げ出せないようにすると、巨木に固定し、立て札をかけた。
「この者たち、悪党に付き、近寄らないように」
ある意味、羞恥プレイであるが、悪漢の末路としては生やさしいものだろう。
魔法でクロエを呼び出すと、子細を話し、あとの処理を彼女に託した。
俺はこれから学院に向かわなければならないし、赤子を抱いて学院向かった娘も心配である。
様子を早くみたい。
それに復帰初日から豪快に遅刻をかます自分の身の上も心配だった。
「もしかしたら首になるかもな」
冗談めかしてそうつぶやいたが、クロエは笑ってこう言った。
「そのときはこの悪漢どもから臓器を抜き取って売り払いましょう。人間の臓器は裏魔術市場で高値で取引されます」
冗談とも本気ともつかない口調であったが、それを聞いた悪漢どもは怯えていた
ちなみに悪漢たちとの戦闘時間は5分と48秒であった。
まだまだ俺も精進する余地がありそうだ。




