見知らぬ赤子
こうして我が家に新しい家族が加わる。
無論、平日の昼間は俺は学院の教師、フィオナは学院の生徒という立場があるので、カーすけはお留守番である。
毒舌守銭奴メイドとか弱いカーバンクルが昼間ふたりきりになるのは少し心配であったが、クロエも大人である。娘が悲しむような真似はしまい。
クロエはにっこりと微笑むと、
「この畜生の世話はお任せください。自然死してもクロエに嫌疑が掛からない程度に可愛がりますから」
と、宣言した。
「ちなみにカーバンクルの寿命は150年ほどだそうだ」
「ならば最悪、あと150年は付き合うことになるのですね」
クロエは笑顔で舌打ちするが、すぐに表情を作り直すと、本来の仕事に戻った。
「あるじ様、ローブがまがっていますわ」
と、俺のローブの乱れを直す。
フィオナには、御髪が乱れています、と結った髪の毛を結い直していた。
この辺の仕事ぶりは完璧で、彼女には文句ひとつ付けるところはなかった。
新しい家族とは今はそりが合わなくても、一緒に暮らしていれば、ふたりの間にも友誼のようなものが芽生えるだろう。
そう期待しながら俺は、久しぶりに学院に向かった。
フィオナはクロエからランチボックスを受け取ると、待ちきれない、といった表情で顔を輝かせる。
「もうすぐ、学校の友達と再会できるの。ハーモニアとイスマは元気かな」
「この前別れたばかりだろう」
「でも2週間近くも会っていないんだよ。その間にふたりは大きくなっているかも」
こーんなに大きくなってたらどうしよう、とフィオナは手を広げる。
「まあ、成長期だからな。可能性はゼロじゃない」
そもそも、娘はこの一ヶ月で大きくなったような気もする。
精神的にもだが、身体的にもだ。
詳しく計測していないので判断できないが、1~2センチは伸びただろう。
女の子の成長期は今がピークである。
男子、三日会わずば刮目して見よ、ということわざがあるが、女子の場合、この時期、二日会わなければ注意してみた方がいいだろう。
いや、毎日かな。
俺の楽しみは、日々、フィオナが成長していく様をこの目で見届けることであった。
そういった意味では、俺は今、人生で一番楽しい時期を過ごしているのかもしれない。
そんな感想を浮かべていると、遠くから小走りに走ってくる女性を見つけた。
最初に見つけたのは俺ではなくフィオナであるが。
俺はフィオナをじっくり観察していたが、フィオナは通学路を楽しげに観察していた。
一ヶ月前と変わったところはないだろうか。
前はつぼみだった花が咲いていないだろうか。
毎朝、散歩しているおじいさんは元気だろうか。
いつも塀の上であくびをしている猫さんは今日もいるだろうか。
そんなチェック項目があるらしく、毎朝、通学路を注視するのが娘の日課であったが、今日はそのチェック項目をすべて確認する前に、異変を見つけたようだ。
「お父さん、綺麗な女の人がこっちに向かって走ってくるよ?」
娘は俺のローブの袖を掴むと、その女性を指さした。
娘の指さす方向を見つめる。
「綺麗な、という情報はいるのか?」
「でも、お父さんは綺麗な大人の女性が好きなんでしょう?」
どこでそんな情報を吹き込まれたのだろうか。
クロエか師匠辺りだろうが。
――たしかにその通りなので反論できないが。
見れば20歳を少し越えたばかりの可憐な女性が息を切らしながらこちらに走ってきた。
必死な形相で一直線に走ってくる様は、トラブルを予感させるに十分であったが、実際彼女はトラブルの塊であった。
その女は俺と視線が合うなり、腕に抱いていた物体を俺に押しつける。
有無を言わさない態度であった。
俺がそれを受け取ると、彼女はこんな言葉を残して立ち去っていった。
「その子はあなたの子供です。後日、必ず受け取りに参りますので、それまで預かってください」
意味深というか、思わず聞き返したい言葉であったが、そのいとまもない。
彼女は疾風のような速度でその場を去って行った。
「お父さんの子供?」
その言葉に反応したのは娘のフィオナだった。
娘は俺が抱きかかえているものを覗き込んでくる。
俺の前に回り込むと、布に包まれた物体を丁寧に剥ぐ。
そこから出てきたのは赤子であった。
可愛らしい子供だった。
すやすやと寝息を立てる乳幼児だった。
その子供を見たフィオナは、ぱあ、っと表情を明るくさせる。
「かわいい~、赤ちゃんだ」
それに対して俺は、
「これはやっぱり赤ちゃんだよな」
という言葉しか出せなかった。
何度見つめても人間の赤子以外の生き物に変化したりはしなかった。
くそ、あの女め、とんでもない言葉とともにとてつもない爆弾を残して行きやがって。
見も知らない女に謎の赤子を押しつけられた俺は心の中で悪態をつくが、フィオナはそんな俺の心を知ってか知らずか、こんなことを尋ねてくる。
「あの女の人はこの子がお父さんの子供だっていってたよね? ということはこの子はわたしの弟か妹に当たるのかな?」
「あの女の言葉が真実ならば、法律上はそうなるが……」
「なるが?」
「でも、この子は俺の子じゃない」
「え? でもあの女の人はお父さんの子供だって」
知らない。そもそもこの子は乳幼児だ。月齢6~18ヶ月といったところだろう。
その間、俺はさきほどの女と子供ができるようなことはしていない。
よってこの赤子が俺の娘である可能性は限りなくゼロに近い。
そう思った俺は、くるり、ときびすを返して公都の中心街に向かおうとした。
「お父さんどこに行くの?」
「護民官の詰め所だ。この子は迷子みたいなものだからな。届け出ないと誘拐になる」
「でも、さっきの女の人は取りに戻るからしばらく預かってくださいって」
「それは向こうの言い分だよ。馬鹿正直に付き合う必要はない――」
そう言い切ろうと思ったが、それはできなかった。
またまたトラブルの種がやってきたからである。
俺たちが向かおうとしている先から、血の気の荒そうな連中がやってきた。
全員、剣や槍、斧で武装しており、革の鎧やチェインメイルを見にまとっている。
冒険者、というよりも傭兵と呼称すべきだろうか。
彼らは俺たちの前に立ちはだかると、開口一番にこう言った。
「そこの貴様、今、この道を女が通らなかったか」
品のない大きな声だ。訂正しよう、こいつらは傭兵ではなく、ならずもの、山賊に近い存在かもしれない。
本来ならば無視をするか、あるいは問答無用で打ち倒してしまうのだが、今は娘連れ、それに腕の中に赤子がいる。
堪忍袋をぎゅっとしめて言葉を選んだ。
「どんな女かは知らないが。20歳くらいの女なら見かけた。あっちの方に行ったが」
女が向かった先とは逆の方向を指さす。
あの女に好意を抱く要素などなかったが、目の前にいるこいつらにはなおさらない。
見ればフィオナは怯えている。
俺の後ろに隠れながら、軽く震えていた。
娘を怯えさせるやつは、たとえ帝国の皇帝だろうが、聖教会の教皇だろうが許さない。それが俺の正義だった。
――さて、このまま俺たちを無視してどこかに行ってくれればいいが。
そんなことを願いながら男たちの様子を見ていると、男たちのリーダー格と思われる男が話しかけてきた。
「俺たちは女を捜すのと同時にその女が抱いていたはずの赤子も探している。まさかとは思うが、今、お前が抱いている赤子はその赤子ではないだろうな?」
「ち、ちがうよ、この子はわたしの妹だよ」
フィオナは勇気を振り絞ると、そう言いながら一歩前に踏み出した。
やれやれ、相変わらず正義心と勇気にとんだ娘だ。こんなごろつきの前でもその信念は揺るがないとは。
ならばその父親も娘から正義心をお裾分けしてもらうべきであった。
「そのとおり。この子は俺の子供だよ。お前たちが探している子供じゃない」
「本当なのか? 証拠はあるのか?」
「証拠もなにもな。我が子であることを証明はできない。お前らこそ、この子が自分たちの探している子供だって証明する義務があるんじゃないか」
その言葉を聞いたゴロツキどもは怒気を発したが、リーダー格の男が収める。
「たしかにその通りだ。俺たちが探している赤子には、右肩に痣がある。その赤子の肌を見せて貰えれば解決する。痣がなければ我々はすぐに立ち去ろう」
「なるほどね。いいよ、『うちの子』には痣なんてないしな」
俺がそう言い切ると、娘が顔を青ざめさせた。
「いいのお父さん? そんなことをして?」的な顔をしている。
「大丈夫さ」
娘を安心させるため、小声でそう言うと、赤子の産着をはだけさせ、赤子の肩をゴロツキどもに見せた。
――当然、そこには痣ひとつない綺麗な肌が広がっていた。
それを見てゴロツキどもは納得したようだ。
そのまま俺が指さした方向へ向かおうとしたが、ひとりだけ納得していないものがいた。
リーダー格の男である。
男は俺を指さしながらこう言った。
「この男は魔術師のローブを着ている。赤子の痣を隠すくらい、朝飯前なのではないだろうか」
その言葉で他のゴロツキどもも俺が魔術師であることに気がついたようだ。
どこからどう見ても悪役顔で、知的水準が低そうな顔をしていたが、なかなかに頭が回る男ではないか。
俺は男の言うとおり、《変化》の魔法を赤子の肩に掛け、痣を消していた。
まったく、中途半端に頭が回る悪党はこれだから困る。
そう嘆くと、俺は赤子をフィオナに預けた。
フィオナは無言で赤子を受け取ると、全力でダッシュした。
さすがは賢い子だ。このまま学院に逃げ込む気なのだろう。
指示しなくても最善の方策を取ってくれる。
無論、悪党たちは娘に襲いかかろうとしたが、そんなことは不可能であった。
娘を追おうとしたゴロツキの前に炎の壁が吹き上がる。
そこから一歩でも前に出れば、ゴロツキどもは骨一本残らず灰になることだろう。
分厚い炎の壁がゴロツキどもの道を阻む。
その数は6人といったところか。
見たところ魔法使いはいない。
魔法対剣というシンプルな戦いになりそうであった。
俺はそれぞれに武器を抜き放つ悪漢どもに大きく指を一本突き立てる。
「なんだ、そのポーズは指を切り落として欲しい、という合図か」
せせら笑うゴロツキども。
俺は不敵な笑みとともに宣言した。
「1分だ。1分でお前たちを倒してやるよ」
俺はそう言い切ると、呪文を詠唱し、自身の身体能力を強化した。




