カーバンクルのカーすけ
「飼うと決めたからには名前を決めないとな」
台所から戻ると、俺はふたりに向かってそう宣言した。
ふたりとは勿論、娘とクロエである。
娘は即座に同意してくれる。
「そうだね。うちの子になるからには名前をつけないと。うん」
と、自室へ向かうと画用紙と鉛筆を持ってきた。そこに候補の名前を書く気らしい。
名前などフィオナが決めればいいと思っていたが、フィオナは家族になるんだからみんなで決めようと提案した。
正論だったので反対はしない。
まず最初に提案したのは俺だった。
「カーバンクルだし、カークでいいんじゃね?」
その言葉を聞いたクロエは呆れる。
「あるじ様は三毛猫にはみーちゃん、黒い犬にはクロって付けるタイプですよね」
「うむ」
と素直に同意する。
「――なんだか、懐かしいやりとりだな。フィオナが生まれたときも同様のやりとりがあった」
「え? そうなの?」
驚きの声を上げるフィオナ。
「そういえば同じやりとりがありましたね」
くすり、と笑う、フィオナ。
「ちなみにクロエがとめなければ、フィオナ様の名前は、ホムちゃんかクルスになっていたんですよ」
「な、なんと!」
フィオナは愕然としている。
「……お父さんはそんな安直にわたしの名前を決めようとしていたんだね」
と、肩を落とす。
慰めるようにカーバンクルは寄り添う。
「いや、じょ、冗談だよ。こら、クロエ、フィオナが真に受けるだろう」
「そうでしたね、その後、すぐに悔い改めて、魔法辞典をぱらぱらとめくってフィオナ様の名前を決めていました」
「こいつめ……」
主に恨みでもあるのだろうか、そう思ったが、その点はフィオナは気になっていないようだ。
理由を尋ねてみる。
「さすがに、ホムちゃんやクルスはイヤだけど、わたし、フィオナって名前が大好きなんだ。だから、由来とかあまり気にしないの」
と、微笑む。
「まあ、フィオナがフィオナになったのは天命だ。今さら変えようがないしな。それにこれ以上の名前、思い浮かばない」
「うん、そうだよ。わたしはフィオナ。お父さんの娘に生まれたのも必然だし、フィオナって名前になったのも運命なんだ」
「かもな。今さら名前を変えるのも、よその家の子になるのも想像できない」
「そうですね。そんな未来はまったく想像できません」
クロエも追随する。
「だから、この子にもきっとこの子にだけ用意された素敵な名前があると思うの。がんばってその名前を見つけてあげよう」
娘はそう言うと、画用紙にいくつもの名前を書き始めた。
ちなみに彼女が書いた名前は、
カーくん、
カバちゃん、
クルル
ルル、
であった。
……正直俺のネーミング方と大差ない。
女の子らしくやや可愛らしくなっている程度で、安直というか、なんのひねりもなかった。
そんな微妙な表情を浮かべてしまったのだろうか、クロエはにやにやとこっちを見ている。
「なんだよ、なにかいいたいことでもあるのか?」
「いえ、似ているな、と思って」
「似ている? どこが?」
「名前の付け方がそっくりです」
「たしかに俺とネーミングセンスが変わらないな」
「はい、やはりこの辺は親子なのでしょうね」
こそばゆくも嬉しい指摘である。
「……そうだな。この辺はやっぱり親子なんだよな」
同意すると、娘が用意した名前の中から適当なものを選択した。
俺の選択を拒むものはいない。
クロエは、「クロエに懐かない畜生の名前などどうでもいいです」と、全権をゆだねてくれた。
「フィオナは候補はわたしが決めたのだから、選ぶのはお父さんでいいよ。ううん、お父さんに決めて欲しいの」そう言った。
結局、俺が選んだのはとても無難な名前だった。
この緑色の小動物、幻獣カーバンクルの名前は、
カー。
というなんのひねりもない名前となった。
ただし、正式名称は決まったが、呼称は三人それぞれであった。
俺はカーとかカーすけと呼び、娘はカー君と呼ぶ。
クロエは娘の前ではカーさんと呼ぶが、いないところでは畜生と呼んでいた。
三者三様の呼び方である。
それぞれ愛情の度合いこそ違うが、名前を付けることによってこのカーバンクルは正式に家族の一員となった。




