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ひさびさの帰宅

 リーングラード公国の郊外にある職員寮。


 2階建ての極々平凡な家で、先日、宿泊した師匠の邸宅に比べれば、その作りの差は歴然だ。


 師匠の屋敷が文字通り貴族の邸宅だとすれば、この職員寮はその炭焼き小屋か。

 しかし、それはあくまで師の家と比べての話である。


 学院が借り上げてくれているこの一軒家は、公都の庶民からみれば立派なもので、中産階級でもなかなか住めない作りをしている。


 部屋数こそは多くないが、建築はしっかりしているし、築年数も浅く、手入れもされているので見栄えもいい。


 最愛の娘、それに小生意気な機械仕掛けのメイドと一緒に暮らすには手頃な大きさであった。


 そんな理想的な我が家の前に立つと、クロエはぼつり、と漏らす。


「今宵は戦争です。まずはこの一月で貯まった埃を駆逐しないと」


「別にそれは急がないでもいいんじゃないか」


「なにをおっしゃっているのです。クロエは機械仕掛けのメイドですよ。機械仕掛けのメイドにとって(ほこり)は最大の敵です」


「たしかに精密機械に埃は天敵だ」


「そういう意味ではありません」

  

「じゃあ、どういう意味なの?」


 とはフィオナの質問だった。


「メイドさんの職場は主の自宅。その自宅が汚れているなど、メイド道失格の駄目っこメイドさんです」


「なるほど、メイドさんも大変だね」


 娘は、うんうん、と髪を揺らす、


「ええ、剣士が剣を持って戦っているように、魔術師が杖を持って戦っているように、メイドさんはホウキとハタキを持って、自宅という名の戦場を駆け巡っているのです」


 クロエはそう宣言し、右手を握りしめると闘志を燃やす。


 背景から炎が立ち上がりそうなほどの熱さだったが、一言で要約すると、早く、


「鍵を開けてクロエに掃除をさせてくださいませ、あるじ様」ということだろう。


 掃除よりもまず一杯の紅茶、もしくはコーヒーが欲しいので、その旨を伝える。


「かしこまりましたわ、あるじ様。ミルクティーになさいますか? それともレモンティーになさいますか? ロシアンティーも用意できますが」


「それでは娘と同じもので」


「かしこまりました」


 と、頭を垂れるが、何も尋ねてはこない。娘はミルクティー派なので余計なことは尋ねなかったのだろう。


 疲労には酸っぱいものが効く、という研究があるそうだが、人間、飲みたいときに飲みたいものを飲めばいいのだ。


 今、俺が飲みたいのは、芳しい紅茶にたっぷりの生クリームをそそいだ甘いミルクティーであった。


 俺たち父娘は、リビングの椅子に体重を預けると、クロエが紅茶を持ってくるのを持った。


「このおうちで紅茶を飲むのも久しぶりだね」


「まだ、一ヶ月も経っていないけどな」


「半年くらいは経った気がするけどね」


「色々あったしな」


 それに子供の時間は大人よりもゆったり流れる。

 フィオナにとって帝都の一ヶ月は、大人よりも長く感じたことだろう。


 千年生きた賢者にとって一ヶ月など一瞬の瞬きであったが、それでも娘と過ごす一ヶ月は、濃密で輝かしく、楽しい一時であった。


 願わくは、この公都でも同じように充実した時間を過ごせればいいのだが。

 そう思っていると、リビングの柱時計が鳴ったことに気がつく。


「ん……?」


 もう10分ほど時間が経過したようだ。


 やはり娘といると時間感覚が狂う。楽しいひとときはあっという間に過ぎ去るのだ。


 この分だと娘はあっという間に成長して、どこかにお嫁に行ってしまうかもしれない。


 そんな未来が浮かんだが、それよりも今、気になるのは紅茶が出てくるのが遅いということだ。


「いつもならとっくに紅茶くらい出てくるんだけどな」


「そうだね、今日はちょっと遅いかも」


「まったく、やっと公都で2番目に旨い紅茶が飲めると思ったのにな」


「クロエは2番目なの?」


「そうだよ、知らなかったのか」


「わたしは一番美味しいと思うけどな」


「ちなみに一番はフィオナがいれてくれたやつだ。この前そそいでくれたアールグレイは滅茶苦茶旨かったぞ」


 俺がそう言うとフィオナは頬を染める。「買いかぶりすぎだよ」と謙遜している。


「買いかぶりなものか。また、今度入れてくれ。そのときは、クロエが入れてくれたお茶と比較分析をして、とある成分が含まれているか確かめる」


「とある成分?」


「なんでも、師匠によればフィオナからは『フィオナ分』という特殊な成分が滲み出ているらしい。科学的に検証したい」


「そんな成分ないと思うけど」


「大賢者である師匠はあると踏んでるからな。もしも発見できたら、フィオナの名前を拝借して、『フィオナミン』と名付けることにする」


 俺がそんな冗談を言うと、フィオナはくすり、と笑った。


「じゃあ、わたしが将来、未知の物質を発見したら、『カイトール』と名付けるね」


 そう言った。


「期待してるよ。さて、将来の話はここらへんにして、我々は目下の問題を抱えている」


「そうだね」


 と、娘も同意してくれた。


「いくらなんでも遅すぎる。クロエの身になにかあったのかもな」


「なにかって?」


 フィオナは少し不安そうに尋ねてくる。俺は娘を安心させるため、その金髪に手を置く。


「たぶん、なんか機械的なトラブルで凍結(フリーズ)でもしているのだろう」


「また固まっちゃってるのかな?」


「その可能性が高い」


「クロエは精神的な負荷が掛かるとフリーズしちゃうんだよね?」


「それとまれにヒューズが切れることもある。ともかく、ちょっと台所に様子を見に行くか」


「そうだね」


 と、フィオナはソファーの上から立ち上がった。  

 俺たち親子は仲良く手を繋ぎながら、クロエの職場である台所に向かった。

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