公都への帰り道
千年のときを生きた賢者カイトとその娘フィオナ、そして機械仕掛けのメイドクロエ。
俺たち一行は、帝都での一連の面倒ごとを片づけると、そのままリーングラード公国に戻った。
帝都で面白い連中に囲まれいると忘れそうになるが、今現在、俺の身分はリーングラード魔術学院の教師で娘はそこの生徒である。
一応、学院長の許可を取っての遊歴であるが、このまま何ヶ月も遊び歩いていると、待っているのは『失業』の2文字であろう。
俺自身、失業など屁にも思っていないが、娘が肩身の狭い思いをするのだけは耐えられない。
「昨今、就職も、親の学歴や職歴が問われるらしいですしね」
とはクロエの言葉だった。
昔は農夫の子は農夫、猟師の子は猟師、煉瓦職人の子は煉瓦職人と見事な階級社会だったが、昨今は実力さえあれば出世できる。
だが、それでも色眼鏡で子供を見るやつもまだまだ多い。親が真っ当な職業についていてマイナスになることはない。
それに魔術学院自体にはそれほど学費は掛からないが、卒業後、自分の研究所を持ちたい、あるいは大学に入り直して研究職に就きたい、となれば、それ相応の金がいる。
娘が自分の夢を見つけ、それを叶えるのに金がいると分かったとき、全額をぽんと出してやるのが親のつとめであろう。
そのためには頑張って教職を勤め上げ、退職金を貰わねばならない。
「ちなみに退職金を貰うには最低9年、年金を貰うには20年は勤め上げないと駄目だそうです」
と、クロエは見透かしたように告げる。
「面倒だな。そんなに働かないと金を貰えないのか」
「あるじ様は勤め人に本当に向かない性格をしていますからね。あと、9年、そんな生活が送れるか心配です」
「9年といえばフィオナが卒業するころだな」
そう言葉にすると馬車の中で、すぅ、と可愛らしい寝息を立てている娘に視線を移す。
年の頃は12歳前後、実年齢は2歳と少々だが、すでに幼女というよりは少女であった。
娘がこのまま普通の人間と同じように成長していけば、9年後には20歳を過ぎた立派な淑女となっていることだろう。
この年齢でこんなにも可愛らしいのだから、あと、9年も経過すればどのような美女になるか、我が娘ながら心配の種のひとつであった。
「きっと、世界中の男どもが求婚してくるのだろうなあ」
「それはまるで異国の昔話みたいですね」
「昔話?」
「東国のとある地方に、木のうろから産まれた女の子がいるのです。その女の子は大人になると大層な美人となり、国中の貴族から求婚されて困り果てたそうな」
「その物語の結末は?」
「困り果てた娘は、無理難題を貴族たちにふっかけて、煙に巻いて、王様からの求婚から逃れるために月に逃げ帰りました」
「荒唐無稽にして奇想天外な話だな」
「まあ、昔話ですからね」
「だが、うちの娘も可愛いからな。いつかそういう事態になるかもしれない」
俺は馬車の外から夜空を見上げた。
真っ赤な月が浮かび上がっていた。
この世界にはふたつの月がある。
赤い月と青い月が交互に夜空に浮かび上がるのだ。
「うちの娘が月に逃げるとしたら、どちらの月に逃げればいいのだろうか」
そんな感想が浮かんだ。
その姿を見ているとクロエはくすくすと笑う。
「あるじ様は本当に心配性ですね」
「心配するさ。娘が将来、どんな男と結婚するのか、気にならない親はいない」
「あるじ様がお婿さんになってあげるのではないのですか?」
「ちっちゃいころはそういってくれたけどな。今でもそう思ってくれているかどうか」
「お父さんのお嫁さんになる、は子供の常套句ですからね。そう口にしなくなったら、フィオナ様が大人になった証になるのかもしれません」
「早く大人になって欲しい反面、名残惜しくもあるな」
「時間をとめることができればいいのですが」
「それは名案だな。さっそく、家に帰ったら研究するか」
「……本気ですか?」
「時間も賢者の研究対象だよ。時間は不可逆だと主張する賢者もいるが、過去に遡れると主張する賢者もいるし、未来を見て帰った賢者がもいる、という文献もある」
「過去に戻れれば、悪いやつを倒して世界を平和にできそうですね」
「悪党の種は尽きないよ。ひとり殺したところで歴史は変わらない」
「ならば未来の宝くじや競馬のレース結果を予想して一儲けするというのは?」
「相変わらず守銭奴だな。未来が変わらない、という保証もないよ」
「上手くいかないものですね」
「ま、だが、時間をとめるのは、歴史にも未来にもなんの影響も及ぼさない。賢者としての知的好奇心も満たせるし、娘と末永く暮らせる。研究してみようかな」
冗談めかして言うと、クロエは微笑む。
「もしも成功したあかつきには、クロエもその空間においてください」
「承知した」
そう言うと、クロエは馬車の点検を始めた。
なにごともなければ明日にはリーングラード公国に到着するであろう。
やっと公国に帰還だ。
俺は帝国生まれの帝国育ちだが、帝国のように忙しない国よりも、リーングラードのように穏やかな時間が流れる国の方が性に合っていた。
娘の未来はまだ定まっていないが、娘には是非、この国で暮らして欲しい。
そう思っていた。




