大賢者ととんがり帽子
大魔導師コンラッドの死去、それから数日後、アルルはいつものとんがり帽子をかぶってうやってきた。
目には泣きはらしたようなあとはない。
心の整理はすでに付いているのだろう。
彼女は淡々と語った。
「コンラッド様が亡くなられました。それと遺産の件ですが、シーモア樣が魔術協会を通じて正式に発表されました」
ですのでもうカイトさんは知っていると思いますが、と前置きした上で、彼女はこう言った。
「師匠の遺産は弟子たちすべてに公平に分配されることになりました」
「らしいね」
「他人事ですね。ワタシの遺産が減るということはカイトさんへの報酬が払えなくなる。ということなんですよ」
「それはない。君の遺産目録の中に、『フラスコの中の小人の書』を見つけた。それは絶対回収する」
「むむ、めざといですね。遺産が減ってへこんでいるワタシを勇気づけようとは思わないんですか」
「思わないね」
「ひどい」
「そもそも、コンラッドの遺言は彼の意志どおり履行されたということだ。めでたいじゃないか。最高の弟子がその後継者となり、遺産を受け継ぐんだろう」
「独り占めとはいいませんが、兄弟子と二人占めしたかったです」
「と、こんなことをのたまう弟子にも遺産をくれたんだ。本当にできた人だよ」
コンラッドという魔術師は、遺産を自分が育ててた弟子に公平に分配した。最高の弟子とは自分が育てた弟子すべて、という意味であったらしい。
デガルトのようなナルシストな弟子にも、アルルのようなこすい弟子にも、また魔術の道を投げ出し、市井の生活を送っている人物にも分け隔てなく遺産を分配した。
無論、それぞれの適正に合わせ、送るアーティファクトや文献は選別したようだが、こと金銭に関しては金貨一枚の差もでないように調整されていた。
故人の性格が如実に出た遺言書ともいえる。
「なかなか惜しい人を亡くした。まあ、人間、80年も生きれば十分だけどね」
俺もそろそろ死にたいよ、とは言わない。今の自分にはフィオナという大切な娘がいるのだ。容易に死ぬことは許されない。
「さて、『フラスコの中の小人の書』は後日、送りますので、ワタシはこれで。――結局、カイトさんの勧めどおり、師匠に嘘をついてホムンクルス創造に成功したと報告してよかったです。師匠は満足した表情で死んでいきましたから」
「そうか。俺も死ぬなら満足げに死にたいな」
そう言い残すと、彼女の背中を見送った。
アルルが帰ると、入れ替わるかのように我が師匠がやってきた。
彼女は無遠慮に尋ねてくる。
「ほう、お前はフィオナをだしに使って、見も知らぬ老賢者の死に意味を持たせてやったのか」
「そんな大層なもんじゃありませんよ。ただ、賢者コンラッドの50年の研究が無駄ではなかった、と伝えたかっただけです」
「そこまでしてやる義理はあるまい。なんの関係もない老人に」
「関係なくないですよ。俺がリーングラードに行く際の書類偽造に協力してくれたんでしょう」
「まあな」
「それにこれはコンラッド殿のためというよりも、アルルのためにやったんですよ」
「アルルのためだと?」
「たぶんですが、コンラッド殿は、フィオナの正体に気がついていました」
「…………」
「師匠が書類を偽造したときに調べたのか、それとも屋敷で会ったときに気がついたのか、それは知りませんが、コンラッド殿はフィオナが『自分』が生み出したホムンクルスではない、と分かっていたはずですよ」
「どうしてそう言い切れる?」
「コンラッドさんは娘の髪の毛の色をこう表現しました。『太陽のように美しい金色なのだろうな』と」
「実際に美しいが?」
「ですが、本人はもう自分は目が見えないと言ってましたよ」
「娘も金髪だったのだろう」
師匠がそう言ったので、俺はあの研究室に置いてあったコンラッドの娘の遺髪を見せる。
それを見た師匠は、
「あ……」
という言葉をあげる。
「コンラッド殿の娘さんは黒髪だったんですよ。目が見えないのに自分が作ったホムンクルスを金髪に間違えるわけないでしょう。内面はともかく、外面は娘に似せて作ろうとしていたのに」
「すると、コンラッドは実験が失敗したこと、アルルが嘘をついていたことも承知でだまされた振りをしていた、というわけか」
「そうなりますね」
「ふむ、あやつらしいといえばあやつらしいが、あやつらしくないといえばあやつらしくない」
「と、言いますと?」
「あやつは虚言を忌み嫌うからな。自分をだますようなことも、自分が人をだますようなことも嫌う」
「だますとか、だまされるとか、そういうのではないですよ。単に最後に一生懸命自分のことを思って駆け回ってくれたアルルの気持ちに報いたかったのでしょう」
それを証拠に、と俺はコンラッドの遺産目録を師匠に見せる。
「アルルの分配分に、こんなものがあります」
「こんなもの?」
師匠は目を細めて目録を見る。
「主にホムンクルス関連や研究関連の蔵書や実験器具だな」
「それに一点だけ、場違いなものがあるでしょう?」
「場違いなもの?」
師匠は再び見るが、どれだか分からないようだ。仕方がないので説明する。
「とんがり帽子ですよ、あいつのトレードマークの。他の弟子には魔術に関係するものと金銭しか送っていないのに、アルルにだけ衣服を送っています。銀貨数枚で買えるものですが、わざわざそんなことをするのは、アルルを特別視していたのでしょう」
「なるほど、あるいは死んだ娘に面影を重ねていたのかもな」
「それは知りませんが、まあ、できの悪い子ほど可愛い、といいますからね」
俺がそう言うと、師匠は「違いない」と笑った。
「我が弟子はできがよすぎるからちっとも可愛くない。ま、その分、その娘が可愛いからプラスマイナスゼロだが」
師匠はそう言うと、娘のもとへ向かった。
今度こそ俺たちはリーングラードへ帰る。
しばらくこの師匠ともお別れだろう。
ならば邪魔などせず、思う存分『フィオナ分』を吸収させてやるのが、かわいげのない弟子のせめてもの配慮であろう。




