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コンラッドの死

 コンラッドの屋敷へ向かうアルルとフィオナ。俺も一応、同伴者として付いていく。


 屋敷には多くの人がいた。

 知らない人間ばかりだが、善い人ばかりそうだった。


 人は死の瞬間にそれまでの人生の価値が決まる、というが、このように多くの人間に惜しまれ、多くの人間に嘆かれるのだから、きっとコンラッドという人物は善い人間だったのだろう。


 俺や師匠であるイリスの臨終の間際には何人の人間がきてくれることやら。

 せめて娘だけでもきてくれればいいが。


 そんなことを考えながら娘の金色の頭部を見下ろしていると、

「お待たせしました」

 と、魔術師ふうの男がやってきた。


 数時間ほど待たされたのは、コンラッドの意識がなかったからである。


 彼の意識は混濁しており、一日のほとんどを夢の中で過ごしているとのことだった。


 もはや先は長くない。

 誰も口にはしないが、それは誰の目から見ても明白だった。

 俺たち一行は静かな足取りで室内に入った。

 コンラッドの寝室は質素な部屋だった。


 大賢者の称号を持つものの寝室には見えなかった。この部屋と比べれば、俺の師であるイリスの寝室が豪奢(ごうしゃ)を通り越して悪趣味に見える。


 部屋からもひととなりが分かるとは本当だった。

 そんな感想を浮かべていると、アルルはそっとコンラッドのもとまで駆け寄った。


 アルルは師の枯れ木のような手を握りしめると、

「大魔導師コンラッドの一番弟子、アルル、戻って参りました」

 と、気丈に言った。


 コンラッドは薄く閉じた目を開けると、天井を見ながら言った。


「その声はアルルか。相変わらず忙しない」


「堅実謙虚、元気いっぱい、努力根性がワタシのモットーですから」


 わざと明るく振る舞うアルル。

 その後アルルは師の容態を聞き、自分の近況の説明から始めた。

 数分の迂回だったが、それはアルルにとって必要な時間だったのだろう。


 アルルは「というわけでアルルはなんとかやっています」と締めくくると、話は変わるのですが、と続けた。


「……あのその、師匠の後継者の件なのですが」


 その言葉を聞くと、コンラッドは初めて口を開く。


「その件なら安心しろ。ワシの後継者はワシの最高の弟子にすると決めてある。遺言状はイリス・シーモア殿に預けてある。数日後、公開されるだろう」


「……つまり、師匠は数日以内に死ぬということですか?」


「そうなるな」


「いやです」


「いやもなにもない。天命だ。ワシは十分長く生きた」


「でも、師匠はやり残したことがあるじゃないですか。ホムンクルスを作り上げて娘さんと再会したいんですよね?」


 その言葉を聞くと、コンラッドはわずかに笑う。


「そうだな。そう夢想していたこともあった。だが、それは不可能だ。この50年間、一心不乱にホムンクルスの研究を重ねてきたのは娘ともう一度会うためだ。そのためには新たな生命を作り出すしかない。ワシはそう思ってきた」


「…………」


「だが、新たな生命を生み出して、娘の遺髪からホムンクルスを作ったとしても、それはワシの娘ではない。新たな人間だ。まったく違う人格を持った人間でしかない。そう悟るのに数十年のときがいった」


「じゃあ、師匠がしていた実験は、無駄だったのでしょうか? 意味はなかったのでしょうか?」


「この世に無駄な実験などないよ。ワシは数十年かけて、娘とはもう会えないと知った。少々時間が掛かったが、それさえ悟れずに死ぬのは、大賢者の呼称が泣くだろう」


 だが、と続ける。


「ホムンクルス創造に成功できなかったのは、一賢者として悔しくもあり、悲しくもあるな。ワシには無理だったが、弟子の誰かが引き継ぎ、その偉業を達成してくれればいいが――」


 コンラッドはそこで言葉をとめる。アルルが遮ったのだ。


「師匠、娘さんともう会うことはできませんが、師匠の実験が成功していた、としたらどうしますか?」


「ワシの実験が成功?」


「ええ、師匠の最後の実験は成功していたんです。あの迷宮にあった師匠の実験室にホムンクルスが誕生していたんです」


「ほう、そうなのか……。もしもそれが本当ならば、もはや思い残すことはないな」

「その言葉は信じていませんね。本当なんですよ。師匠はホムンクルスを作り出すことに成功したんです」


 アルルはそう言うと、コンラッドの上半身を優しく抱きかかえ、フィオナを視界に捕らえさせる。


 フィオナを指さし、「あの可愛らしい女の子が師匠の生み出したホムンクルスです」と断言した。


 指をさされたフィオナは最初こそ少し戸惑ったが、すぐに凜とした表情をし、コンラッドの前に歩み出た。


「は、はじめまして、わたし、フィオナといいます。……コンラッドさんが作ったホムンクルスです」


 少し怯えているのはフィオナは嘘をつくのが苦手だからだろうか。


 ただ、それでも必死でホムンクルスを演じている。――自分が本当にホムンクルスであることも知らずに。


「わたし、ホムンクルスです。証拠はないけど、ホムンクルスなんです」


 フィオナがそう真剣に言うと、コンラッドの表情も真剣になった。

 相変わらず視線が定まらないが、コンラッドはしっかりとした口調で言った。


「綺麗な声だ。お嬢ちゃん。お嬢ちゃんがワシの作ったホムンクルスだというのかね?」


「はい」


「そうか、よければ触らせて貰ってもいいかね?」


「え?」


「実はもう目がまったく見えないんだ。魔力も弱まっている。直に触れないとお嬢ちゃんがなにものであるか分からない」


「分かりました」


 そう言うとフィオナは一歩前に出て、コンラッドの横にかがんだ。


 コンラッドは定まらぬ視点のまま、手探りでフィオナを見つけ出すと、彼女の頭部に触れた。


「ああ、柔らかい。それに温かい。まるで人そのものだ。君がワシが作り出した生命体なのか」


「はい」


「そうか、ワシの実験は最後に成功したのか。娘を蘇らせることはできなかったが、娘と同じ姿をした少女を生み出すことができたのか」


「はい、そうですよ、師匠、師匠の作り出したホムンクルスは娘さんにそっくりです」


 アルルは言う。


「きっと、我が娘のように綺麗な金髪をしているに違いない」


「そうです。フィオナさんの髪はまるで黄金のように綺麗な金髪です。錬金術師の娘に相応しい黄金色をしています」


「そうだな、この目で見ることはできないが、太陽のように美しい金色なのだろうな」


 そう言うと、コンラッドはにこり、と笑った。

 その後、フィオナとアルルはしばし歓談する。

 他愛のない話を数時間すると、コンラッドはすうっと眠りに落ちた。


 その後、三日間、目を覚ますことはなかったが、最後に一度だけ目を覚ますと、最愛の愛娘の名前を口にした。


 そして大魔導師コンラッドは死んだ。

 大往生であった。多くの弟子に見守られ、多くの人に惜しまれての死であった。

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