アルルが選んだ道
先ほど娘が見つけた秘密の部屋。
そこに置かれた書架をどけるとそこにはもう一つの隠し部屋がった。
それを見たアルルはうなる。
「師匠はこんなところでホムンクルスの研究をされていたのですね」
「一応、ホムンクルスの研究は帝国では禁止されているからな。おおっぴらにはできなかったんだろう」
「あるじ様も山に引き籠もっていましたしね」
とはクロエの言葉だったが、実際そういうものだ。
ガチでやるならば人里離れたところで、ひっそりとやるしかない。
「しかし、こんな研究室があるだなんて、弟子のワタシでも知りませんでした。知っていたらお手伝いしたのに。どうして教えてくれなかったのでしょうか?」
「それは私的なことだからじゃないからかな」
「私的なことですか?」
「さっき、デガルトは言っていたろ。コンラッドは娘をこの世界に蘇らせるために人工生命体の研究をしていたって。たぶんだけど、コンラッド自体はホムンクルス事態に興味があったわけじゃない。死んだ娘さんにもう一度会いたかっただけじゃないのかな」
まあ、推測だけどな。
と、付け加える。
俺はそれを証拠に、とばかりに実験室の机の上、そこに大事そうに保管されている黒髪を手にすくう。
「その髪は」
「娘さんの遺髪だ」
「なぜ、分かるのですか?」
「日記に書かれていた。遺髪をもとに娘と同じホムンクルスを作るのが最終目的だと」
「なるほど」
アルルはそう言うと、部屋の中央に置かれた大きなガラスの培養液を見つめる。
「あれはなんでしょうか」
俺は実験室に置かれていた研究資料に目を通しながら答える。
「蒸留器に人間の体液、もしくは髪を入れ、それに数種類のハーブを入れる。それを40日密閉し腐敗させる。すると透明でヒトの形をした物質でないものができあがる。それに毎日、人間の血液を与え、馬の胎内と同じ温度で保温し、400週間保存すると、人間の子供ができあがる」
コンラッドの研究成果を口にした。
「師匠はここでホムンクルスを作っていたのですね。娘さんの遺髪を使って」
「ああ、おそらくね。そしてたぶん、製造を始めたのはちょうど400週間前だな」
「どうして分かるのですか?」
「この報告書にそう書いてある」
俺が日付を見せると、アルルは満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、この培養液の中にホムンクルスが存在するんですね」
アルルはそう言うと蒸留器の側まで駆け寄り、ガラス越しに中を見る。
濁った培養液の中は髪の毛がひらひらと舞っているだけだった。
「あれ? 人の姿の陰も微塵もありませんよ」
「失敗したんだろうな」
冷静な口調で言う。
「で、でも、これは我が師匠の生涯をとした実験なんですよね? 8年もの年月を掛けた研究成果なんですよね?」
「8年じゃないよ、日記にはこう書かれている。魔術師になったときから、いや、魔術師になる前からコンラッドはホムンクルスを創造することを夢見ていたようだ」
俺はそこで言葉を句切るとアルルに尋ねた。
「コンラッドはたしか遅咲きの魔術師として有名だったよな?」
「ええ、魔術学校は出ていません。たしか30を越えてからお師匠様のお師匠に指南を受けて、魔術師になった異色の経歴です」
「ならば娘の死をきっかけに魔術師を志したんだろうな。死んだ娘さんともう一度会うために」
俺はそう言うと、コンラッドの日記の日付を指でなぞった。
コンラッドがホムンクルス創造に着手したのは50年前、30前後のころのはずだ。
その頃からずっと研究を重ねているのは明白であった。
「すると、コンラッド様は50年もの年月を重ね、ずっと研究していたにもかかわらず、最後までホムンクルス製造に成功しなかった、ということでしょうか?」
クロエは控えめに、だが、淡々と真実を指摘した。
「そうなるな」
「そ、そんな……」
がくりとうなだれるアルル。
最初は失敗した研究成果を受け継ぐことに落胆でもしているのかと思ったが、違うようだ。
アルルは泣いていた。
「50年ものときをかけて研究してきたのに、師匠は結局、娘さんと再会できないというんですか? ただ、ホムンクルスを作るためだけに生涯を捧げてきたのに、なんら成果を残せなかった、というんですか?」
「…………」
沈黙によって答える。事実だったからだ。
ただ、ずっと沈黙しているわけにはいかない。
俺は彼女に問題を提示する。
「さて、ここで選択肢が浮かび上がるわけだ。君の師匠であるコンラッドは今、帝都で伏せているのだろう」
「はい……」
「ならばコンラッドはこの『最後』の実験が成功したか、失敗したか、それさえも分からないわけだ」
「そうなりますね。ベッドに伏せてからもう長いですし」
「ならば君はこの実験が成功したか、失敗したか、伝える義務ができたわけだ」
「ワタシが伝えるんですか?」
「当然だろう。君は賢者コンラッドの弟子だ」
「ですが、伝える勇気はありません」
「代わってもいいが、あとできっと後悔するぞ。大事な役目を果たせなかったって」
「…………」
アルルは沈黙する。
俺の言葉の意味を咀嚼しているようだった。
アルルという娘が勇気を振り絞ることに成功するには10分ほどのときが必要だった。
その間、俺はアルルを見つめていたが、アルルが決意を固めると同時にこんな提案もした。
「――ちなみにこういう手もある」
「こういう手ですか?」
俺は娘を下がらせる。別室へ向かうように指示する。
娘には聞かせたくない話をするのだ。娘は素直に従ってくれた。
「フィオナをコンラッドが創造したホムンクルスだとしてコンラッドの死を看取らせるんだ」
「そんな子供だましな」
「子供だましじゃない。娘は本物のホムンクルスだ」
「ほんとですかッ!?」
その言葉を聞いて怒ったのはクロエだった。
「あるじ様、フィオナ様の出生は門外不出の秘密です。容易に話されるのはどうかと」
「容易に話すわけじゃないよ。アルルは信用できる娘だ。それにもうひとり、その秘密を知ることになる人物はすぐに逝く。なんの問題もない」
その言葉でクロエは気がつく。
「つまり、コンラッド様にフィオナ様を見せて、それを持ってホムンクルス創造が成功したと思わせる、ということですか」
「そうなるな」
「そんなことをして意味があるのでしょうか? コンラッド様は死んだ娘に会いたいのですよね。フィオナ様は娘ではありません」
「だが、ホムンクルスだ」
「フィオナさんは本当にホムンクルスなんですか?」
「まあな。俺が偶然生み出した神さまの贈り物だ。大切な、大切な授かり物だ」
そう言い切ると、俺はアルルにせまる。
「娘をコンラッドの前まで連れて行き、こう嘘をつくことができる。師匠の最後の実験は見事に成功しました。娘さんそのものは蘇らせませんでしたが、師匠はホムンクルス創造に成功したんです。師匠の50年は無駄ではなかったんです、そう死の間際に伝えることができる」
「……師匠の50年は無駄ではなかった」
「コンラッドほどの賢者ならばフィオナがホムンクルスであることはすぐに悟るだろう。実の娘を復活させることはできなかったが、それでも心残りはひとつだけ減らせてあの世に旅立てる」
「娘さんに会うという願いはどうなるのでしょう?」
「それはあの世ですぐに再会できる。聖教会がいうように天国というやつがあれば、の話だけど」
その辺はもう宗教観の話だ。俺はあの世など信じていなかったが、それでも今、この場であの世などない、と言いきるほど無神経ではなかった。
ただ、もしもあるのであれば、そこで家族と再会できるのが筋というものであろう。
きっと、コンラッドも、アルルも、そして先ほど戦ったデガルトでさえそう願っているはずだ。
あとはこの娘、アルルの選択次第であった。
正直にコンラッドの研究は失敗した、と伝えるも善し。
娘を貸し、あなたの研究は成果を結んだ、と嘘をつくも善し。
どちらを選ぶかは、長年コンラッドを支えた彼女が選ぶべきであった。
そしてアルルが選んだ道は――。




