娘のスライム討伐
第二階層に入ると、娘はこう言う。
「お父さんはちょっと過保護だと思うの」
なにを指していってるのか、最初は分からなかったが、さきほどの戦闘を指しているのだろう。
「わたしはもう立派な大人だよ。虫さんが死ぬところは見たくないけど、モンスターは別なの。わたしも魔術師の卵なんだから、お父さんと一緒に戦えるよ」
娘はそういうと「えいっ!」と《火球》の魔法を唱える。
娘の手のひらから出る火の玉は、マッチを十本ぐらい束ねた火力だろうか。火精霊のくしゃみ程度の勢いであった。
気持ちは有り難いが、とても戦力になるとは思えない。
ただ、まあ、目隠しまでするのはさすがに過保護すぎるか。
「分かった。これからは気をつけるよ」
と、俺は娘と約束する。
まだ大人扱いするには早すぎるが、幼児扱いをする年頃でもないだろう。
俺はフィオナを魔術師の卵として扱うことを約束した。
そう約束した瞬間、目の前に丁度いい物体が現れる。
ぶよぶよとした生き物。
不特定で名状しがたい物質。
世間ではスライムと呼ばれる生き物が目の前に現れる。
一体だけだ。
手頃なモンスターだと思った。
あれを娘に退治して貰おう。
そう思った俺は娘にうながす。
スライムを指さしながら問うた。
「フィオナ、あのスライムを魔法で倒せるか?」
娘はうなずく。
「うん、倒せるよ」
と、元気よく言った。
「呪文を詠唱するね」
フィオナはそう宣言すると、魔法を唱える。《衝撃》の呪文だ。
「سحر الصدمة」
「偉いな。ちゃんとモンスターによって呪文を使い分ける気だな」
「えへへ、お父さんの授業をちゃんと聞いてるんだよ」
「数少ない授業を真面目に聞いているんだな」
自虐気味に言ったが、フィオナは気にせず続ける。
「スライムとは不特定のゼリー状のモンスター。身体の99%は水でできている」
「よくできました」
「中には毒を持ったもの、相手を溶かす危険なスライムもいるから油断しちゃ駄目なんだよね」
「その通り。まあ、この階層にいるスライムならそんな心配はないから、《衝撃》で吹き飛ばして大丈夫だぞ」
「うん、どんどん吹き飛ばす」
と、娘は衝撃を放ち、スライムを吹き飛ばしている。
基本的に攻撃魔法が苦手な娘だが、なかなか手際がいい。
呪文も数節で唱えられるし、解き放った《衝撃》もまっすぐ飛ぶ。娘の素直な性格を反映しているのだろう。
フィオナは次々とスライムを吹き飛ばし、消滅させる。
スライムは核となるコアを破壊すれば、死に絶えるのだ。
死に絶えたスライムは瞬く間に動かなくなり、ゼリー状だった身体が液状化する。
それはそのまま大地へと還元していった。
「さすがは我が娘だ」
と、フィオナを賞賛すると、アルルの方へ振り返り、こう言った。
「たぶん、このままならばなんの問題もなく、フィオナがスライムを全滅させてくれると思う。だが、一応、なにかあったら困るので君は娘を見守ってやってくれないか」
アルルはにかっと即答する。
「お任せあれ。こう見えても第5階級の魔術師ですよ。スライムなどには遅れをとりません」
そう言ったが、若干眉を下げ、尋ねてくる。疑問があるようだ。
「ところでカイトさん、どちらにいかれるんですか?」
「ちょっとした野暮用だよ。5分で帰ってくる」
「お小水ですか?」
「違うわ」
と、突っ込んでおくと、俺は目的の場所へ向かった。
フィオナが一生懸命に戦っている場所から、数十メートル先、そこには激戦を繰り広げているメイドさんがいた。
俊敏な動きで空を切り、相手を攪乱している。
戦うメイドさんことクロエが相手にしているのはでかいスライムだった。
二つ名付きモンスターである。
どんな二つ名が付けられているか、冒険者ギルドに登録していない俺が知るよしもなかったが、クロエが説明してくれる。
「このスライムの名は紅色に染まる巨魁です」
「なるほど、スライムのくせに強そうだ」
「実際、強いですよ。だからこうして先回りしてフィオナ様と遭遇しないように配慮しているのです」
「てゆうか、俺がそう頼んだんだよな」
「そうです。ですからあるじ様、早く、援護してください。クロエは物理特化なのでスライムは苦手なのです」
彼女はそう言うと、雄牛を吹き飛ばしそうなほど気合いの入った一撃をスライムに喰らわせた。
ぼこん!
という大きな音が響き渡り、それに見合うほどの大穴がスライムに空いたが、真っ赤なスライムは平然としている。
「見事な一撃だと、物理攻撃だとこれが限界か」
「そうなんです。いくら攻撃しても核にダメージが届かなくて
」
「まったく、初心者向けのダンジョンというのはいつの話だよ。こんな面倒なのに初心者パーティーが当たったら、一発で全滅するぞ」
「魔法使いがいないとそうなりますね」
クロエは他人事のようにそう言うと、疾風のような速度で下がり、後退して俺の後ろに陣取った。
彼女はかくはずもない汗をかくような素振りをする。
「やはり、戦闘は雅で優雅な機械人形のメイドには荷が重すぎます」
「雅で優雅ね」
「なんですか、あるじ様はご自身が作られた最高傑作にケチをつけるのですか」
「まさか、とんでもない」
たしかに当初は雅で優雅でおしとやかな機械人形を作ったはずだったのだが、いつの間にかこんな性格になっていた。
戦闘にも対応できるように強化装甲や特殊素材を用いたのがいけないのだろうか。
それとも俺の入力した魔法言語にミスがあったのだろうか。
そんな考察をしたが、それがまとまるよりも先に真っ赤なスライムが攻撃をしてきた。
紅色に染まる巨魁は文字通りの巨体で、雄牛を5匹くらいは丸呑みにできそうなほどの迫力があった。
最初は貫通力の高い魔法で核を砕こうと思ったが、やめておく。
それよりももっと良い方法を思いついたからだ。
俺はスライムの攻撃をかわさずに直接受けた。
そのままスライムに取り込まれる。
その姿を見たクロエが、
「あるじ様!」
と言ったような気もするが、それは耳に届かない。すでにスライムの中だからだ。
このスライムが強酸性の体液を持っていれば、俺は即座に溶かされていただろうが、このスライムはどうやら普通の体液の持ち主らしい。特に皮膚がビリビリしたりしない。
取り込んだ獲物を窒息させ、そのまま消化するタイプのようだ。
ならば魔法で空気を確保するだけでこいつの攻撃を完全に無力化できる。
実際、こいつの攻撃は完璧に無力化できていた。
あとはこいつの核を探して破壊すれば問題ないのだが、泳ぎ回ってもなかなか核が見つからない。
(まったく、当てが外れたな)
仕方ない。俺は賢者であって、冒険者ではない。この手のモンスターの生態を熟知しているわけでもない。
ここはあまりスマートではないが、内部から爆殺するか。
そう思った俺は、体内の魔力を解放して、《爆裂》の魔法を唱える。
強力な衝撃波がスライムの体内を伝わり、スライムは一瞬で四散する。
そのゼリー状の体液の一部は数十メートル先まで吹っ飛んだ。
これならば核も糞も関係ない。
これにて一件落着、そう思ったが、戦闘を終えると、メイドのクロエが恨みがましい目でこちらを見ていた。
彼女はにこやかに言う。
「さすがです。あるじ様、あの強力なスライムを一撃で倒すなんて」
「それほどでもないよ」
と返したが、クロエはその眉目をつり上げる。
「ですが、次、このような事態になったときは、事前におっしゃってくださいね」
彼女はそう言うと、自分に付着したスライムの粘液を払い落としていた。
「おかげさまで、クロエの大切なメイド服がぬちゃぬちゃです」
普段怒ることのないクロエだが、大切なメイド服を汚されるとさすがに頭にくるようだ。
次回から気をつけることにする。
だが、クロエの機嫌はすぐに直る。
「このダンジョンから帰ったら、新しいのを買ってやるから、あまりへそを曲げるな」
そう言うと、クロエは、
「だからあるじ様は大好きなのです」
と、深々とおじぎをした。




