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娘は虫が好き

 俺たちは遠足の準備を行う。

 秘宝があるという帰らずの迷宮は帝都の西方にあった。

 馬車で5日ほどの行程であろうか。


「思いの外近いのですね」


 とはクロエの言葉である。


「まあ、帝都から一番近い迷宮かもな。有名どころでは」


「ならば一番楽勝な迷宮なのでしょうか」


 と、クロエは気軽に言うが、とんでもない、と否定しておく。


「帰らずの迷宮の異名は伊達じゃないよ」


「あらあらまあまあ」


 と、少し困り顔になるクロエ。


「帝都から一番近い。それに新米冒険者にも人気の迷宮だ。立地的にもだが、難易度も」


「ならば安心安全ではないのですか?」


「一番オーソドックスで、一番慣れ親しまれている迷宮だが、その最深部に到達したものはいない。比較的浅い階層は探検し尽くされているが、その最深部に到達したものはいない」


「なるほど、ポピュラーな迷宮ですが、極めた人物はまだいない、と」


「そういうことだ。一応、公式の記録では、数百年ほど前にとある高名な冒険者たちが、99階層まで到達したらしいが、まだまだその下には階層が広がっていそうだと語ったそうだよ。ちなみにその冒険者たちはなんとか帰還できたが、生き残って帰ったものは、3人だけだったそうだ。8人くらいのパーティでな」


 その生き残ったものも、そのときの体験がトラウマになり、以後、迷宮に潜らなかった、と補足しておく。


 その台詞を聞いて眉をしかめるクロエ、「やっぱりフィオナ樣はお留守番をしていた方がいいのかもしれません」という言葉を発しようとしたが、それはアルルによってとめられる。


「ご安心ください!!」


 と、会話に割って入ってくるアルル。


「この地図には秘宝が置かれている階層が明記されています。第7階層です。ワタシ、この迷宮には何度も潜ったことがあるのですが、第7階層までなら大した魔物はいません。このアルルが一人でも無双できるほどの雑魚ばかりです」


 アルルは指折り、魔物の名前を挙げる。

 オーク、ゴブリン、スライム、大蜘蛛(ジャイアント・スパイダー)、オオコウモリ、凶暴猪(ワイルド・ボア)


「このアルルめが、片手で倒せるほどの雑魚ばかりです」


「ならば自分一人で行け」


 そういうとアルルは涙目になる。


「嘘です。ごめんなさい。ワタシは学究肌なんです。荒事は苦手で。とくに虫系モンスターは大の苦手で遭遇すると戦闘力が最大30パーセント下がるんです」


 どうやって戦闘力を計ったか気になるが、たしかに強そうには見えない。

 第5階級の魔術師とはいえ、一人で第7階層までおもむくのは無理だろう。


「娘だけでなく、この役立たずそうなとんがり帽子も守らないといけないのか」


 小さな声でそう漏らしたが、アルルの耳に届いてしまったようだ。彼女は憤慨する。


「失礼な、役立たずそうな、とはなんですか」


 と、抗議の意を述べると、こう続けた。

「役立たず『そう』ではなく、役に立ちませんよ。だからカイトさんを雇っているんじゃないですか」


 失礼しちゃうな、もう、と鼻息を荒くする。


「………………」


 言葉を失ってしまうが、自覚しているだけマシか。

 そう思うことにした。


 少なくとも足を引っ張らなければいい、そう思いながら馬車に揺られながら迷宮へと向かった。



 5日ほど経過すると迷宮に到着した。


 その間、大したイベントが起こらなかったのはワタシの日頃の行いがいいからです、とアルルは自慢げにいうが、そんなことはないと思う。


 迷宮に到着するなり、手荒い歓迎を受けた。

 迷宮に入り、第一階層の草原エリアに降り立った俺たち。


「ここはワタシの庭のようなものです。近道を知っているのでついてきてください」


 と、啖呵を切るとんがり帽子の魔法使いの後ろについていくと、さっそく厄介ごとと遭遇した。


 第二階層へと続く階段へのショートカット。

 そこにある小さな森で、俺たちはモンスターと遭遇する。

 それも第一階層では滅多に見られない大蜘蛛とだ。

 アルルは前言どおり、「ぎゃー!」と悲鳴を上げる。

 それを見て思う。この女性は本当に虫が苦手のようだ、と。

 それに運もない。


 大蜘蛛は第一階層に現れることは少なかったし、それにこんな群れをなして襲ってくることはない。


「ひい、ふう、みい」


 平然と数を数えるクロエ。

 一方、フィオナも案外、へっちゃらな顔をしている。


「怖くないのか? フィオナ」


 フィオナは首を横に振る。


「全然」


「普通女の子は虫が苦手なものだけどな」


「それは偏見だよ、お父さん」


 と、フィオナは主張する。


「わたし、基本的に動物はみんな好きだよ。牛さんも虫さんもカエルさんも蛇さんも」


「そういえば師匠の屋敷の庭でも虫を平然と捕まえてたもんな」


 カブトムシを捕まえて、それを屋敷の女中にプレゼントしようとして一騒動起きた事件を思い出す。


 幼かったフィオナは、いつも世話になっている年配の女中に御礼をしようと、花飾りとともにカブトムシを送って女中を卒倒させたことがあるのだ。


 無論、悪気は一切なく、ただただ女中を喜ばせようとしただけなのだが。

 フィオナは今でも納得いかない、と腕を組みうなっている。


「うーん、おかしいの。虫さんはあんなに可愛いのに。とくにカブトムシは強くてかっこ可愛いのに」


 それには同意だが、限度というものがある。

 フィオナが女中にプレゼントしたカブトムシの数は30匹にもおよんだ。


 小さな箱の中でかさかさとうごめく甲虫類は、普通の女性にはGと呼ばれる生き物と大差ないだろう。


 それを受け取った女中は、さぞ、難儀したに違いない。

 そう思ったがいわないでおく。


 娘も普通の女性は昆虫が苦手なことは理解しているだろうし、別に世間の風潮に合わせてフィオナが昆虫嫌いになる必要はなかった。


 女の子がすべて虫を嫌う必要はなかったし、虫が好きな女の子がいてもいいではないか。


 そう思った俺は、クロエにフィオナに目隠しをするように伝えた。


「構いませんがどうしてですか?」


「虫が好きなフィオナに見せたくないシーンがあるんだ」


「なるほど、まあ、これほどの数ですし、それに大蜘蛛は話し合いが通用する相手でもないですしね」


「だな」


 見れば5匹ほど集まっている大蜘蛛の群れは、物欲しそうにこちらを見ている。

 我々がとても旨い獲物に見えるようだ。


「これは冒険者の『味』を覚えてしまった蜘蛛だな。簡単には追い払えない」


 そう思った俺は、無詠唱で魔法を唱える。

 《火球》の魔法だ。

 俺の目の前に現れた大きな火の玉は、意思を持つかのように大蜘蛛に降りかかる。

 瞬間、燃え上がる大蜘蛛。


 声帯がないため、悲鳴は上げないが、熱さに苦しみながら悶え狂う様は少し残酷だ。


 幸いとフィオナはクロエによって目隠しされているのでその光景は見せずに済んだが、代わりにアルルが震え上がっていた。


 彼女は信じられないものを見るかのような目でこちらを見てくる。


「アルルも見たくなければあっちに行っていいぞ、大蜘蛛くらい、俺一人で始末できる」


 最初は蜘蛛が悶え苦しむ姿に覚えているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 彼女は首を横に振りながら真剣な表情をした。


「そうではありません。その魔力に驚いているんですよ」


「驚くようなことか? 君はコンラッドの弟子だろう。これくらい見慣れているだろう」


「見慣れているから驚いているのです。あなたの魔力は我が師と同等、もしくはそれ以上かもしれません」


「そこまでじゃないだろう」


「いいえ、そこまでですよ。あなたは本当にただの賢者なのですか?」


「今は一介の魔術師だよ。それも薄給の学院教師だ」


 そう言い切ると、生き残った大蜘蛛たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 どうやら蜘蛛たちもこいつには敵わない、と認識してくれたようだ。

 良かった。これ以上、蜘蛛が焼け焦げる匂いを嗅がなくて済む。

 それにフィオナも目隠しせずに済む。


 そう思った俺は、クロエに目隠しを解除させると、娘の手を引き、第二階層へと向かった。


 アルルはその光景をぽかんとした顔で見つめていた。

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