迷宮探索という名のピクニック
スイーツ店をあとにすると俺たちは屋敷に戻った。
そこで師匠はこう宣言をする。
「さて、私はこう見えて忙しい。あとはお前らでなんとかするように」
と、いそいそと執務室へ消えた。
フィオナを拐かさなかった、というところを見ると、本当に忙しいのだろう。
彼女はああ見えても帝国の宮廷魔術師、それに魔術師協会の重鎮も兼ねている。
今まで付き合ってくれていた方が例外で、本来ならばこのように忙しなく働いている方が日常なのだ。
とんでもない性格の持ち主ではあるが、その勤勉で真面目なところには頭が下がる。
そこが弟子である俺と師匠であるイリスの大きな違いであった。
無論、真似をしようとは思わないが。
働き蟻には働き蟻の生き方があり、キリギリスにはキリギリスの生き方がある。
俺は実験に明け暮れながらのんびり娘を育てる方が性に合っていた。
そんな感想を浮かべていると、アルルが話しかけてきた。
「ところでカイトさん、秘宝のありかは分かりましたか?」
アルルは応接間のソファーに寝っ転がりながら、揚げポテトを頬張っている。
まるで我が家のような悠然とした態度だ。
その実力はともかく、態度だけは大賢者級だ。
ちなみに彼女の魔術師としての階梯は第5階級だった。
とてもそのような実力者には見えないが、おそらくではあるが、師の七光りであろう。
大賢者コンラッドの弟子ならば、階梯試験も甘めになるし、師の助手をしていれば、研究成果くらい残せる。
そんな感想を抱いたが、言葉にはせず、こう言った。
師匠から借り受けた帝国の詳細地図――。
それも軍事機密に当たる古代遺跡や迷宮群と、コンラッドの地図を照らし合わせてみたのだ。
「さすがはカイトさんです。手際がいい」
「褒めても何も出ないぞ」
「お父さんはすごい!」
娘に対しては反応する。軽くその金髪を撫でる。
「ずるいです! するいです! ワタシも撫で撫でしてください」
「撫で撫でという歳でもないだろうに――」
丁重にアルルを無視すると、俺は続けた。
「さて、師匠から借りた帝国の機密情報によると、この地図に示されている場所は、帰らずの迷宮と呼ばれている古代遺跡だな」
「古代遺跡――」
ごくり、と唾を飲むアルル。
「そこに師匠の秘宝が隠されているんですね。それを見つければ最高の弟子だと認めて貰えるんですね」
「さてね、それはどうだか知らないが、まあ、あの地図に書かれている場所がここだよ」
「いえ、間違いないです。以前、師匠は言っていました。ワシはとある古代遺跡にワシの生涯を掛けて作り上げた秘宝を隠したって。きっと、それです。それを手に入れればワタシが最高の弟子だと認められるはずです!」
「なるほどね、ま、現状はそれしか手がかりがない。そこにいって秘宝とやらを手に入れるしかなさそうだな」
俺がそう締めくくると、フィオナが「わーい!」と飛び跳ねる。
嬉しそうに両手を挙げていた。
どうやら娘は古代遺跡にまで着いてくる気まんまんのようだ。
クロエに早速おねだりしている。
「クロエ、古代遺跡に行くから、ランチボックスを作って! うんとね、ハムサンドと、ツナサンドがいい! あとねあとね、デザートはプリンがいいな。練乳をたっぷり掛けたやつ」
クロエは「はいはい、わかっていますよ」とうなずくと、俺の方を見つめてきた。
その視線は、この後におよんで娘を連れていかない、とは言わないでしょうね、という意味が込められてた。
ため息交じりにクロエをたしなめる。
「お前は俺をいさめる立場だろうに。娘を危険な場所に連れて行くんじゃない、って」
それにたいしてクロエは婉曲的に返す。
「あるじ様、あるじ様はすでにフィオナ様をどうでもいいことに巻き込んでいます。なのでこれ以上、事態は悪化することはありません。ならばフィオナ様をともなって、社会見学をさせるのもいいではありませんか」
「どういう論理だ」
「古代遺跡など、普通の子供なら一生足さえ立ち入れません。いい経験になるのではありませんか」
「のんきに言ってくれるな」
俺はため息を漏らすが、クロエは気にも止めずに続ける。
「それにあるじ様が一緒に向かわれるのです。なにか問題でもありますか? あるじ様は最強の賢者です。万が一、という事態も起こりようがないと思うのですが」
「それは過信だな」
「いえ、信仰ですよ。クロエは機械人形ですが、神を信じています。あるじ様がついていれば、フィオナ様に万が一のことなど起こりえませんから」
クロエはそう言うと穏やかに微笑んだ。
そんな笑顔を見せられてしまえば、今さら駄目です、などと言うこともできない。
それに娘はもはやお出かけモード全開で、自分の部屋からリュックサックを持ってきていた。
リュックサックの隙間から、娘の友達、テディ・ベアのユーノが顔を覗かせている。
彼も無言で連れて行ってくれ、と言っているような気がした。
もはや抵抗できなそうだ。
「これでは迷宮探索ではなく、ピクニックだな」
クロエはにこやかに肯定する。
「あるじ様とフィオナ様が一緒ならば、地獄の底でも楽しい遠足と一緒ですよ」
彼女はそう締めくくった。




